第212話 ラーセンの郊外
大国との勝利に大いに賑わうファーラシア王都ラーセン。
特にここ数日は各地から貴族が集まり、代々の国王即位式ですら霞むほどの壮大なお祭り騒ぎになっていた。
多くの貴族は、世話係も含めて数人から数十人にも及ぶ人間を連れてくる。
連れてこられた彼らは通常と異なる業務故に、特別手当てを受け取り財布のヒモが緩んでいるので、王都の豊富な品々に目移りしながら物を買い漁り、商人は
売上が上がれば、臨時ボーナスと言う形で労働者に還元され、彼らもまた普段買えない物を購入する。
普段買えない物とはすなわち、各地から集まった珍品や特産品であり、手持ちの資金が心許ない貴族が王都で換金するために持ち込んだ代物だ。
物流網の未熟な世界では希に起こる流通の大循環だった。
誰も彼もが浮かれる中で、苦々しい思いをしている男が1人。
王都の郊外にある豪奢な屋敷のソファーで、端正柳眉な顔立ちを酒で真っ赤に染め上げて、くだを巻く初老の男だ。
「どいつもこいつもレンター、レンターと私を蔑ろにしよって!」
バリンっと音を立てて、テーブルに置いたグラスが割れ、破片が手に刺さる。
「グオォォ!
誰か! 誰か!」
痛みに悶えながら、声を張り上げてメイドを呼ぶ。
「アルフォード様!
何を為さっておいでですか!」
「うるさい!
さっさと私の治療をしろ!
後、陛下と呼べ!」
やって来たメイドに呆れられながらも名前で呼ぶなと反論する男。
「既に退位されているではありませんか……」
手に刺さった陶器片を取り除きながら、更に呆れるメイドだったが、先王アルフォードはめげない。
「レンターの奴が勝手に王を名乗ったのだ。
親不孝者め!」
……常日頃から職務をロッド宰相に丸投げして、それでもストレスから病気になった男の台詞ではない。
そう思っても一介のメイドに反論する勇気はなかった。
「あいつが王位を継いだ途端に、ダンジョン攻略者のマウントホークだの、その契約者の真竜種だのが現れおって!
今ではすっかり名君扱い!
対して私は!!」
まともに公務をしたとは聞いたことがありませんし、あなたが相手ではマウントホーク様もさっさと国を見限ったのでは?
そう言ってやりたい気持ちを抑え、
「これも巡り合わせ。
運が悪かったのでしょう」
と宥める。
「うるさい。
ならば親より運がいいレンターが悪いんだ!
そもそも奴の王位継承も私は!
ギョケー!」
禁句を口走ろうとするアルフォードの傷口をギュッと押して、その口を封じる。
「アルフォード様。治療中に暴れないでください」
「これはお前が!」
「……治療中に死に急ぐような発言は為さらないでください」
「……」
遠回しの表現が通じないと判断したメイドは直球で、発言を諌める。
その台詞を聞けば、自分は上司に報告する義務があり、そうなれば目の前の男の命は風前の
かといって黙っていれば自身が罪に問われかねない。
……言わせないのが正解なのだ。
「チッ! 新しい酒を持ってこい!」
「これ以上はお身体に障ります」
「フン!
私が死んだところで誰が悲しむと言うのだ!
妻も側室達も平然と見限りおった!」
「私が悲しみます!」
投げたりになっているアルフォードにメイドが真剣な表情で返す。
先王妃や先代の側室達が王宮に残っているのは、目の前の男の尻拭いだが、そんなことも分からずにいるアルフォードに、しかし、メイドは真摯に答える。
「アルフォード様が亡くなられれば、今の楽な職場から過酷な王宮勤務に逆戻りなのですから!」
「……」
「ですから、私のためにご自愛ください」
「ええい!
貴様なんぞ解雇だ!
さっさと出ていけ!」
「私はアルフォード様の監視として、陛下に任命されておりますのでアルフォード様が何を言おうと関係ありませんよ?」
「……」
「それでは失礼します」
……地位を失った男に残るのはそれまでに築いた信用や人望だけである。
彼の今の扱いがこれまでの行いの報いであるが、それを受け入れられるだけの度量があれば、今頃もう少し多くの人間が訪ねてきただろう。
そんな男の元に今日は珍しく来客があった……。
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