第190話 ライオル解放

 ライオル占領を命じられたサザーラント帝国第31大隊は、続く命令でライオル死守を命じる任務を受けるが、それと同時期にゼイム軍によるダンベーイ占拠の報告を聞く。

 それによる衝撃は隊の上から下まで例外なく混乱に陥れる破壊力を持っていた。

 ゼイム王国は総力戦の構えだとしか思えず、そんな相手と最も接敵しているのが自分達である。

 …そのストレスは半端ない。

 しかも、別の部隊が『解放の道街道』で帝国軍帝都駐留軍と対峙しているらしいとも聞く。

 第31大隊を纏めるギョットは現状の敵軍兵力を5万以上と推測している。

 地方都市で行政府が置かれているダンベーイを電撃的に制圧出来るなら4万以上の兵士が必要だろうし、精鋭である帝都駐留軍と対峙することが出来るなら、1万の兵士が必要と言う試算だ。

 これはゼイム王国の総動員兵力としか思えず…。

 不退転の構えでゼイム王国が向かってきている状況と言うことで、そして、この戦争の勝敗は帝国の敗けであるとも考えていた。


 この規模の戦争となれば、1年以上は決着に時間が掛かる。

 国力ではゼイム王国の方が圧倒的に下でも、ゼイム王国の後方はイグダード王国にファーラシア王国とビジーム都市連合で同盟関係にあるのに対して、サザーラント帝国は後方に休戦状態の敵国を多数抱えている。

 その国々が動けば、サザーラント帝国は二面作戦を展開する必要が出てくるが、それ自体は問題ない。

 ゼイム王国は陸軍、旧宗主国勢は海軍の領分だ。

 兵力的にも負けはしないが、…問題は食糧だ。

 サザーラント帝国は北部へ侵攻する時は旧宗主国勢力から足りない分の食糧を購入し、逆に宗主国勢力と戦う時はゼイム方面から調達していた。

 今回はゼイム王国との戦争であるが、これまでのような短期決戦とはならない可能性が高く、そうなれば、宗主国勢力も攻勢に出るかもしれない。

 かつてイグダード侵攻戦で起こったと言う『飢餓の行軍』の悪夢が再び起こるかもしれない。

 エルフの治めるイグダード王国は深い森となっており、当初の帝国の思惑を裏切って1年経っても、1番南東の町1つも落とすことが出来ず、その機会を逃さぬ宗主国勢力が食料供給を止めた。

 あの時は餓死者が3000人を超える事態となり、当時の皇帝は引退。

 軍上層部は全員責任を取って処刑となったと言う。

 以降エルフは帝国では恐怖の象徴となっている。

 

 しかし、今回はそれ以上だ。

 既にダンベーイが占拠されているのだ。

 無敗であると言う帝国の歴史に汚点が刻まれた。

 ダンベーイを取り返すまで戦争は終わらないだろうし、その時まで自分達が生き残るには…。


「大変です!

 エルフ達が攻めてきました!」


 そんなことを考えていたギョットは、真っ青な顔で駆け込んでくる兵士の声を聞いて、光明を見出だす。


「停戦の使者を出せ。

 俺が交渉に行く!」


 兵士に指示を出して、帝国軍の礼服に着替える。

 一世一代の大舞台だと気を張って。





「そなたが帝国の使者であるか?

 こなたはイグダード巫爵領主ジェシカ・イグダードである」

「巫爵?」

「うむ。

 聞き慣れぬ爵位であろう?

 真竜様の元に降り、王位を返上した時に真竜様から拝命した位階である。

 この位は領地の運営権の全てを委ねられたものであり、実質は大公位相当であると聞き及ぶ」

「はあ…」


 ギョットは、目前のエルフの言っていることを呑み込めなかった。

 エルフの言が正しければ、それは自ら自分の王位を破棄して、真竜とやらに降ったと言うことだ。

 何故そのようなことをするのか?

 そもそも本当に目の前のエルフは、イグダードの女王だった女か?

 しかも自分達の軍を攻撃する理由もいまいち分からない。

 ゼイム王国とその真竜の関係が分からなかった。

 当然と言えば当然で、帝国も自分達が真竜に率いられた勢力と戦っている事実を末端兵に伝えるわけもない。

 サザーラント帝国兵の認識はあくまでもゼイム王国との戦争だ。

 まさか旧イグダード、レッドサンド、ゼイムの3国とファーラシア王国貴族の一部を含む勢力が相手とは思っていないわけだ。


「まあいい。

 こなたらはお前達を殲滅し、サザーラント軍へ横撃を与えるだけである」

「待ってくれ!

 我らは降伏する。

 そちらの軍へ加えてはもらえないか!」

「うん?

 祖国を裏切る気か?」

「帝国からはライオルの死守を命じられた。

 こんな小さな柵しかない村にたった100人の兵士で何が出来ると言うのか!

 帝国上層部の命令は死兵となり相手に損害を与えることにすぎないのだ!」

「うむ。

 貴様らにとって、サザーラントは命を懸ける価値もない国と言うのか!」


 ギョットの必死の表情に愉悦の笑みを浮かべるジェシカ。

 自分達は死ぬ覚悟で戦うほど、イグダードを大事にしている。

 彼女の中で霊樹イグダードの価値がサザーラント帝に勝ったと言う図式が完成したのだ。

 …これほど嬉しいことはなかった。

 ジェシカは、ギョットを中心とした第31大隊を受け入れ、来る帝国軍本隊との戦いで先鋒を任せることにした。

 第31大隊はギョットの説明に従い、大半はイグダードの旗下に加わったが、この気に亡命を考えた一部は隊を離れて、北の方に旅立っていくのだった。

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