巴旦杏の実は食い尽くされた

りょう(kagema)

第1話


          白


〇〇薄暗い部屋の中にいた。〇〇目の前には黒々と艶々とした髪の毛の真っ白い顔の少年がいて、彼は彼には少し大きすぎるように思われる白いワイシャツだけを(つまり他には何も身に着けずに)ボタンを全て開けて羽織っていた。彼のお腹は真ん丸に膨らんでいて、〇〇◯まるで何かを身ごもっているように思えた。

「僕のお腹の中には月がいるんです」

 少年は大事そうに嬉しそうに、ニタニタとした少々気味の悪い笑顔を浮かべてこっちを向きながら、その膨らんだお腹をさすって言った。

 ◯◯彼をレイプした。か弱くか細い少年の腕を強引に掴むと、青白く儚い彼をいとも簡単に押さえつけることができた。抵抗するにも力の弱すぎた彼はなされるがままに、目には涙を浮かべつつ、痛みを噛み殺しながら、静かに犯されていった。

 侵されつくした後、彼は天井のどこか一点をじっと見つめて泣いていた。

 彼の股からは、赤黒い血がツーっと流れ出した。


          黒


 真っ黒い衣服で全身を包んだ少年が夜の公園をふらふらと歩いているのが見えた。砂場には壊れた飛行機の玩具が埋もれていた。月は昇っていなかった。猫が鳴いた。民家はたちまち立ち消えた。

 少年は隣のベンチに腰掛けると、とても暗い深い夜のような声で〇〇話し掛けて来た。

「太陽が憎いですか?」

 彼が一言話すと夜空の星が一つずつ消えていく。

「僕は憎いです。あれは僕達を焼き殺そうとしているでしょう。身体なんていらない、身体なんてくだらない、身体なんて持っていても精神を惑わせるだけだと。そうは言わなくても、結局どこか根底では僕達の身体を馬鹿にしてる。

「月はなんで満ち欠けをするか知っていますか? 空に完全な球体は同時に一つしか昇ることができないからです。もし夏の日が長い日に、太陽がまだ空にいる内に満月が昇って来たとしても、じっと静かに色を殺して身をひそめなければならないのです。その時の月の色というのは骨の色ですよ。太陽が殺したんです。太陽は僕達の肉体を焼き尽くし、月を殺す」

 少年はポケットから渦を巻いて燃えるような真っ赤なビー玉を取り出した。

「だから僕は太陽を殺しました。これが太陽の死骸です。」

 殺せ、殺せ、殺せ。

「あなたにあげます。どうしようと勝手です」

 少年はそう言ってビー玉を手渡すと、ふらふらとふらふらと夜空と同化した闇の中へと溶けていった。

 受け取ったビー玉は確かに太陽のようで、それでいてちっぽけなただのビー玉だった。〇〇塀に向かってビー玉をぶん投げた。クシャリという小気味のいい音を立てて、真っ赤な血を吹き出しながらビー玉は割れた。血まみれ。


          幽


 「私」は目を覚ますと安堵した

「ああ、夢だったか」

 気味の悪い夢だった。

 カーテンを開けて白濁した日光を全身に浴びると、「私」は喉の渇きを感じて灰色の砂を齧った。


テレビ「太陽の濁りはますます一層深刻化し、無政府主義者の活動が今まで以上に問題となりそうです」


 何もわかっちゃいない。

 家の中だというのに、釘バットを持った黒い服の青白い少年がこっちを見つめてボーっと突っ立っている。少年のバッドは「私」の脳天をカチ割って脳髄がはじけ飛んだ。「私」は死んだ!

 お前は死んだ!


          白幽黒


 月を流産した少年は首に値札を下げて寂れた下品なレンガの繁華街をさまよった。「ラブドール一万円」

ラブドールみたいに欲望に抱かれて。

「もうこの世界に月は昇りません。月は昇りません。あなたが殺したのです!」

その時血まみれの幽霊が通りかかった。

「太陽も死んだよ。太陽の死骸を渡された。もうそれも粉々になったけどね」

「お前だ! お前が月を殺したんだ! ぼくをレイプしたんだ!」

 少年は物凄い権幕で物凄い権幕で。

「知らない。端から一人称のない幽霊みたいな語り手だった。一人称を持った瞬間に殺されてしまったよ。だから、知らない。君を犯したのは誰でもあり得る語り手だ」

「じゃあ、太陽を殺したのは誰? お前を殺したのは誰?」

「どっちも黒い服の少年だったよ。君と瓜二つの」

「その子とは仲良くなれそうだよ。ねえ、お前のこともう一回殺してもいい?」

「いいよ、いくらでも殺せるさ」

 少年は道路のど真ん中で幽霊の首を絞めた。幽霊の意識がなくなり何度目かの死を遂げると、少年の前には生者も死者もまぜこぜの長い行列ができていた。皆一万円を払って少年に殺されに来たのだ。少年は怖くなって逃げ出した。

 死者を掻き分け掻き分け、崩れかけの橋の下までやってくると、そこには頭から足までドス黒い服に身を包んだ少年に瓜二つの少年がいた。

「君が太陽を殺したんだね」

「そうだよ」

「あの語り手を殺したのはなんでだい?」

「人を殺すことにさえ理由がいるのかい? 息苦しい世の中だね。君はぼくだろ。なら、理由なんて聞かなくても分かるはずだ」

「ジキルとハイドかい?」

「いや、違う。現に君だって人を殺したじゃないか。それより君、月の死骸はどこだい? 流産したあと出てこなかったかい?」

「いいや、ただ血が出てお腹が凹んで終わりだったよ」

「おかしいな」

 彼は歯グソみたいに思考した。

 音のないサイレンが街中に響き渡る。空襲警報だ。砂場の戦闘機が墜落する。堕落する。侵略戦争が始まった。堕落、墜落。月はどこだ。ぱぱぱぱぱ。

 空は白濁し、海が受精する。燃え尽きない戦闘機の残骸が太陽のように地を照らす。月はどこだ。ぎぎぎぎぎ。

 少年たちはガソリン臭い太陽から逃れるために、地下のバーに潜り込んだ。


男A「紙面につららは垂れ下がり、アナーキストが火を放つ」


男B「空でも陸でも金の音、キャピタリストが笑い出す」


 豚の血のカクテルを二人は飲んで、酔いが回るとそのまま眠りに落ちた。

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