尹緯3  剛直のひと   

尹緯いんいは引くことを知らず、

また、どこまでも清廉であろうとする。

憧れの人は三国呉さんごくご張昭ちょうしょう

「ぶっ叩いてでも君主を導く」ぐらいに

覚悟完了しまくった人である。


姚萇のそばには、段鏗だんけんという人がいた。

これがまー、なかなか、

よろしい性格の人だったようだ。

ただ博識であったため、姚萇ようちょうに気に入られ、

侍中としてそばに置かれてた。


やつを可愛がるなど、ありえんです!

その巨体を揺らし、姚萇に迫る尹緯。

だが姚萇、シカトする。


ぐぬぬ、ならばヤツの価値を落すしかない。

尹緯、それからちょくちょく

公衆の面前で、段鏗のだめっぷりを

あげつらい、辱める。

段鏗さん、しんどい。


話を聞いた姚萇、尹緯と討論する。


「お前が学問を嫌うのはまぁ、いい。

 が、学者まで憎むことはないだろう」


「学問は憎んでおりません。

 段鏗がクソだ、と言うだけです」

 

蕭何しょうか気取りか?

 お前はその自己評価に見合うのか?」


劉邦りゅうほうは蕭何と共に低い身分から

 立身してまいりました。

 故にはじめから尊敬しあっております。

 いま、陛下は既に尊くあらせられる。

 故に、布衣にある私の真価を

 低く見積もっておられるのです」


「お前が蕭何レベルであるはずがなかろう!

 何を根拠にほざくのだ」


「ならば、伺いましょう。陛下は劉邦と、

 どちらが優れていると思われますか?」


「及ぶはずがあるまい!

 そしてお前も蕭何には、遠い。

 だから、甚だ遠いといったのだ!」


「いいえ。

 陛下は劉邦と見劣りいたしません。

 違いは、段鏗のようなクズを

 そばに置いたか、否か。

 この点のみでございます」


ほげっ!


劉邦が佞臣を

遠ざけたとは、よく言われることだ。

そして、姚萇自身も内心では

段鏗の性分を理解していたのだろう。


なので返事につまり、最終的には

段鏗を北地ほくち太守とした。

まぁ、依然要職では、ある。



393 年に姚萇が死ぬと、

尹緯は姚興ようこうと共に苻登ふとうを滅ぼした。

姚興のこの業績は、全て尹緯の力による。

(なにせ尹緯、姚興から反対された作戦で

 苻登を打ち破っている)


姚興政権でも立身。

輔國將軍、司隸しれい校尉、尚書左右僕射を歴任、

また清河せいが侯に封爵された。




緯性剛簡清亮,慕張子布之為人。馮翊段鏗性傾巧,萇愛其博識,引為侍中。緯固諫以為不可,萇不從。緯屢眾中辱鏗,鏗心不平之。萇聞而謂緯曰:「卿性不好學,何為憎學者?」緯曰:「臣不憎學,憎鏗不正耳。」萇因曰:「卿好不自知,每比蕭何,真何如也?」緯曰:「漢祖與蕭何俱起布衣,是以相貴。陛下起貴中,是以賤臣。」萇曰:「卿實不及,胡為不也?」緯曰:「陛下何如漢祖?」萇曰:「朕實不如漢祖,卿遠蕭何,故不如甚也。」緯曰:「漢祖所以勝陛下者,以能遠段鏗之徒故耳。」萇默然,乃出鏗為北地太守。萇死,緯與姚興滅苻登,成興之業,皆緯之力也。曆輔國將軍、司隸校尉、尚書左右僕射、清河侯。


緯が性は剛簡にして清亮、張子布の為人を慕う。馮翊の段鏗が性は傾巧にして、萇は其の博識を愛し、引きて侍中為らしむ。緯は固く諫め以て不可と為せど、萇は從わず。緯は屢しば眾中にて鏗を辱しめ、鏗が心にては之に平らかならず。萇は聞きて緯に謂いて曰く:「卿は性にて學を好まざるか、何ぞ學なる者を憎めるを為さんか?」と。緯は曰く:「臣は學を憎まず、鏗が正しからざるを憎みたるのみ」と。萇は因りて曰く:「卿は自ら知らざるを好まんか、每に蕭何と比ぶるに、真に何如なるや?」と。緯は曰く:「漢祖と蕭何は俱に布衣に起ち、是を以て相い貴さる。陛下は貴中に起ち、是を以て臣を賤しむ」と。萇は曰く:「卿は實に及ばず、胡んぞ不と為せるや?」と。緯は曰く:「陛下は漢祖とで何如?」と。萇は曰く:「朕は實に漢祖に如かず。卿の蕭何に遠きこと、故より如かざること甚しきなり」と。緯は曰く:「漢祖の陛下に勝せる所以は、能く段鏗の徒を遠ざくを以て故のみ」と。萇は默然とし、乃ち鏗を出だし北地太守と為す。萇の死せるに、緯と姚興は苻登を滅し、成興の業は皆な緯の力なり。輔國將軍、司隸校尉、尚書左右僕射、清河侯を曆す。


(晋書118-33_言語)




姚萇との会話がキレッキレ過ぎて怖い。


いやね、尹緯さん自身は、別に「自分が蕭何レベルだ」とは、この会話上においては言ってないんですよ。たぶんつねづねそれに類することは言ってたんだろうけど、ここではあくまで姚萇が蕭何を持ち出してきたから、自らも議論のトリガーとして据えただけ。


「自分が何者であるか」の発言は徹底的に避け(ただし、めっちゃすげえ俺、の部分はむしろ積極的に主張してる)、かつ姚萇についてはきっちり賛美した上で、「だからこそ段鏗を遠ざけるべき」というはじめの議論から逸れずにいる。相手をとことん立て、でもその論旨は潰す。こわっ……この人マジでこわっ……。


この辺、蕭何と劉邦とのやり取りで、似たような何かを見いだせたりするんでしょうかね。あとここでのやり取りが劉秀りゅうしゅう鄧禹とううじゃないのも何やら象徴的だよね。「俺は敬愛する苻堅ふけんさますら乗り越えなきゃいけないんだ!」的な姚萇の意気込みを感じる。

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