姚萇5  行かせねぇよ  

姚萇ようちょうが自立したとき、長安ちょうあんでは

慕容沖ぼようちゅう苻堅ふけんが盛大に争い合っていた。

姚萇もまた長安を狙いたかったが、

そこで慕容沖と争うことになれば、

被害も甚大なものとなる。


そこで息子の姚崇ようすうを人質として差し出し、

慕容沖と同盟を組むことにした。

そして自身は北地ほくち郡に進出。

そこで兵を鍛え、兵糧を集めにかかる。

いざ何かが起これば、

すぐに応じられるようにである。


この動きは、周辺の人間にどう映ったか。


これより前、苻堅がしんから略奪してきた

李祥りしょうら数千世帯の人間が

敷陸ふりくという地に住まわされていた。

彼らが、ことごとく姚萇に帰順。

さらに北地、新平しんへい安定あんていの地に住まう

きょう人ら十万世帯あまりも、

またことごとく帰順。


そりゃそうである。

戦うやつより、戦わないやつのほうがいい。

後ほど戦いに巻き込まれるとしても。


ただ苻堅としては、

姚萇に人が集まるのはいただけない。

なので諸将を派遣、

背反者を奪還しようとしたが、

ことごとく失敗した。


やがて慕容沖、ついには長安に迫る。

さてどうするか、姚萇が意見を求めると、

配下の見解は一致していた。


咸陽かんよう取っちゃいましょうよ!!」


……う、うん。んう?

いやあなたがた、長安の北西に

この当時も咸陽郡ありますけど、

これ、長安を旧名で呼んでますよね?


というわけで、姚萇は答えている。


「慕容沖らは在りし日を取り戻したいと

 願う者らで構成される。

 もし奴らが無事苻堅を討てたら、

 燕の地に戻りたいと考えるだろう。

 そんな奴らが、いつまでも

 ここで守りを固めなどすまい。


 いいか、我らはここで、

 いちど兵力を嶺北れいほくに移す。

 そこで力を蓄え、苻堅軍が疲弊し、

 慕容沖軍が撤収したところで、

 うまうまと関中を手に入れるのだ。


 我が兵の刃は血にまみれず、

 座視しているだけで天下が転がり込む。

 これこそ春秋の昔、勇者の卞莊子べんそうし

 二頭の虎に戦わせて、

 疲弊したところで両者を討ったという、

 かの故事にも通じよう」


雲中うんちゅうという地に、宋方そうほうという前秦将がいた。

かれは苻堅のピンチを聞き、

三千の騎兵を率いて長安に赴こうとする。

そこに登場! われらの姚萇さんです。

県から軍を派遣、宋方軍を打ち破る。

宋方は単身逃亡、副官の田晃でんこう

残存兵力とともに登降した。


その後姚萇は兵を動かし新平を奪取。

さらに安定をも陥落させる。

これにより、嶺北エリアの勢力は

ことごとくが姚萇に降った。




時慕容沖與苻堅相攻,眾甚盛。萇將西上,恐沖遏之,乃遣使通和,以子崇為質於沖,進屯北地,厲兵積粟,以觀時變。苻堅先徙晉人李祥等數千戶于敷陸,至是,降於萇,北地、新平、安定羌胡降者十餘萬戶。堅率諸將攻之,不能克。萇聞慕容沖攻長安,議進趨之計,群下咸曰:「宜先據咸陽以制天下。」萇曰:「燕因懷舊之士而起兵,若功成事捷,咸有東歸之思,安能久固秦川!吾欲移兵嶺北,廣收資實,須秦弊燕回,然後垂拱取之。兵不血刃,坐定天下,此卞莊得二之義也。」堅甯朔將軍宋方率騎三千從雲中將赴長安,萇自貳縣要破之,方單馬奔免,其司馬田晃率眾降萇。萇遣諸將攻新平,克之,因略地至安定,嶺北諸城盡降之。


時に慕容沖と苻堅は相い攻め、眾は甚だ盛んなり。萇の將に西上せんとせるに、沖に之を遏せらるを恐れ、乃ち使を遣りて通和せしめ、子の崇を以て沖が質と為し、進みて北地に屯じ、兵を厲し粟を積み、以て時變を觀る。苻堅は先に晉人の李祥ら數千戶を敷陸に徙したらば、是に至りて萇に降ざば、北地、新平、安定の羌胡にて降ぜる者十餘萬戶たる。堅は諸將を率い之を攻むれど、克す能わず。萇は容慕沖の長安を攻むるを聞き、進趨の計を議さば、群下は咸な曰く:「宜しく先に咸陽に據し以て天下を制すべし」と。萇は曰く:「燕は懷舊の士に因りて起兵し、若し功成り事捷ざば、咸な東歸の思いを有さん。安んぞ能く久しく秦川を固めんか! 吾れ、兵を嶺北に移し、廣く資實を收め、秦の弊じ燕の回りたるを須め、然る後に垂拱し之を取らんと欲す。兵は刃に血せず、坐して天下を定む、此れ卞莊が二を得たるの義なり」と。堅の甯朔將軍の宋方は騎三千を率い雲中より將に長安に赴かんとせば、萇は貳縣より要え之を破り、方は單馬にて奔り免れ、其の司馬の田晃は眾を率い萇に降ず。萇は諸將を遣りて新平を攻ましめ、之を克し、地を略せるに因りて安定に至り、嶺北の諸城は盡く之に降ず。


(晋書116-5_妙計)



兵は刃に血せず(笑)


苻堅と会ったときに苻堅ラブをあれだけのたまうくせに、動きじゃ苻堅の首締める気まんまんじゃねえかwww


いやー、いいですね、姚萇さん。慕容沖と比べると、そのヤバいまでのクレバーさが際立ちます。のちに苻登ふとうが嘆くのもわかりますわ、戦略射程がずば抜けて長い。そのうえ手段を選ばない。しかもこのひと、あれだけ転戦で功績上げたってことは戦術レベルの指揮も一級品でしょ? むしろこんな化物とほぼ五分の戦い繰り広げた苻登何者だよって感じです。


改めて姚萇やべえと感心しきりなのでした。


って、十六国春秋と合わせて見たら、このとき苻堅に包囲されて干上がりかけてたのかw さらっと書いてるけどめっちゃあぶねえ橋渡ってんじゃん姚萇さん……w

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