苻登4  即位の日    

苻丕ふひ敗死後、秘書を務めていた寇遺こうい

苻丕の息子である苻懿ふい苻昶ふちょうを連れ、

杏城きょうじょうから苻登ふとうの元に出奔した。


苻丕の死を確認した苻登、

まずは苻丕のための服喪を発する。

全軍、白い衣服に着替えた。


苻登は苻懿を主として仰ぎたい、

と申し出る。が、人々は言う。


「苻懿様では、まだ幼すぎます。

 この苦難を乗り越えられますまい。


 国が乱れている時には、

 成長した主をこそ立てるべき、と

 春秋にも示されています。


 姚萇ようちょう呂光りょこう慕容垂ぼようすいによる包囲は、

 この国における

 最悪の苦境と申し上げても良い。


 その中、苻登様はこの地にて

 大いに奮戦なされ、

 みごと姚萇めを退けられました。


 この一勝、天地に苻登様あり、を

 知らしめたものと申せましょう。


 どうかその大いなる武を振るわれ、

 失われたる都をお取戻し下さい。


 社稷こそが第一であります。


 そう子臧しぞうは君子でありながら、

 しん厲公れいこうによる人事を尊重し、

 自らが国公となることを

 辞退いたしました。


 また、春秋季札きさつ

 君子ではありましたが、

 末子であることを理由に

 王位を辞退しております。


 彼らの謙譲は讃えられるべきもの。

 しかし、この存亡の危地において、

 彼らのような節操に、

 どうしてこだわっておれましょう?


 今、指導力高き主の元動けねば、

 中興など、どうして果たせましょう!」


そのため苻登は皇帝に即位。

太初たいしょと改元した。386 年のことである。




及丕敗,丕尚書寇遺奉丕子渤海王懿、濟北王昶自杏城奔登。登乃具丕死問,於是為丕發喪行服,三軍縞素。登請立懿為主,眾咸曰:「渤海王雖先帝之子,然年在幼沖,未堪多難。國亂而立長君,『春秋』之義也。三虜跨僭,寇旅殷強,豺狼梟鏡,舉目而是,自厄運之極,莫甚於斯。大王挺劍西州,鳳翔秦、隴,偏師暫接,姚萇奔潰,一戰之功,可謂光格天地。宜龍驤武奮,拯拔舊京,以社稷宗廟為先,不可顧曹臧、吳劄一介微節,以失圖運之機,不建中興之業也。」登於是太元十一年僭即皇帝位,大赦境內,改元曰太初。


丕の敗せるに及にび、丕の尚書の寇遺は丕の子の渤海王の懿、濟北王の昶を奉じ、杏城より登に奔る。登は乃ち丕が死問を具さとし、是に於いて丕の發喪を為し行服し、三軍を縞素とす。登は懿を立て主に為さんと請わば、眾は咸な曰く:「渤海王は先帝の子なると雖ど、然れど年は幼沖に在らば、未だ多難に堪えず。國亂るるには長君立つるが『春秋』が義なり。三虜は跨僭し、寇旅は殷強、豺狼は梟鏡なれば、目を舉ぐらば是れ、自ら厄運の極みにして、斯より甚だしきは莫し。大王は西州にて挺劍し、秦、隴を鳳翔せば、偏師は暫しば接し、姚萇は奔潰し、一戰の功にて、天地に光格したりと謂いたるべし。宜しく龍驤武奮し、舊京を拯拔し、以て社稷宗廟を先に為し、曹臧、吳劄が一介の微節を顧みるべからず。以て圖運の機を失わば、中興の業は建たざるなり」と。登は是に於いて太元十一年に僭りて皇帝位に即き、境內に大赦し、改元して太初と曰う。


(晋書115-15_規箴)




引用するエピソードが春秋偏重なのは、きっとエピソードの典拠が古ければ古いほどいい、みたいな感じなんでしょうね。似たようなエピソードが秦漢の時代にあっても「つい最近の話だし」になっちゃう。そう言う意味では、春秋や史記しきから引用できた方がつおい。


こう言う引用認識をしていられると、少し引用に対する基準が見えやすい。また一方で「このひとのフォロワーですよ」とアピールする意味では「この人」にまつわる事跡も重要。つまり苻堅としては春秋より光武こうぶのエピソードから引っ張る方が重要だった。


ただ苻堅が光武の再来を願ったのは「主無き中原を再び統べる」であり、苻丕はともかく、苻登が願う再興では、もう光武だと根拠が薄くなってしまうところはある。なので進言では光武でなく春秋を選択した、つまり「引用元の権威を高める」ことにしたのかもしれない。涙ぐましいのう……。

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