苻堅2  離反      

本題に入る前に、淝水ひすいまでの苻堅ふけん

ざっとまとめておこう。


前秦の皇統は苻洪ふこうの勢力を引き継いだ

苻健ふけんが立ち上げ、その息子の苻生ふせいが継いだ。

苻健の弟、苻雄ふゆうはそのサポート。

となれば、苻雄の息子=苻堅は本来、

前秦皇室のサポート的な立場である。


が、「苻生が暴君であった」ため

クーデターを起こし排除、苻堅が皇位に。

正直どこまで苻生が暴君だったかは

非常に疑問の残る所なのだが。


ともあれ、これに引け目を感じたか、

苻堅は即位後みずからの称号を下げ、

「天王」と称するようになった。


前秦の覇権を握った苻堅は、

まず国内の反苻堅勢力を一掃。

ちなみに苻生の暴君ぶりを疑えるのは、

ここで多くの苻氏勢力が

謀叛を起しているためである。

要は苻堅を正統として

認めないものが多かったのだ。


そんな彼らを踏みつぶしたのち、

苻堅は対外戦略に打って出る。


ここで大いに苻堅を助けたのが

漢人参謀の王猛おうもうと、

腹違いの弟の苻融ふゆうである。


彼らの力も借り、

見事中原統一をなしとげた苻堅。

ただし、二人の見立ては、

たとえ中原を支配できたとしても、

東晋とうしんを滅ぼせるだけの力はない、

と言うものだった。


王猛は今わの際に東晋征伐は

してはならない、と言い残し、死亡。

苻融は懸命に苻堅を諌止したが、

止めきれなかった。


そうして引き起こされた東晋征伐の大軍。

総勢百万と号されているが、

益州えきしゅう方面、荊州けいしゅう方面、そして兗州方面、

以上三方面の軍を合計しての兵力である。


苻堅はそのうち、兗州方面軍にいた。

兵力は、自称三十万。

それでも東晋軍八万五千に較べれば

圧倒的な兵力差である。


両軍は淮水の支流、淝水沿岸で対峙。

そして、この戦いで前秦軍が惨敗を喫する。

そこで、苻融も死亡。


命からがら長安に逃げ帰ってきた苻堅は、

慕容垂ぼようすいの、慕容泓ぼようおう慕容沖ぼようちゅうの離反を

被り、攻め立てられるのだ。


 ○


苻堅は参謀の権翼けんよくと語る。


「そなたの言葉に従わないでいたら、

 鮮卑を付けあがらせてしまった。


 今更やつと関東の地を争うなど、

 望むべくもない。


 いまは、慕容泓のこわっぱを

 どうするか考えねばな」


権翼は答える。


「この事態を長引かせてはなりません。


 慕容垂は山東の制圧で手いっぱい。

 こちらにまで手を伸ばす暇は

 ございますまい。


 今はとにかく、慕容暐どもです。

 やつの宗族が長安ちょうあん周辺に多数おり、

 いつ牙をむくとも限りません。

 これこそが国の危機であり、

 何度でも将を派遣し、

 滅ぼしてしまうべきです」


そこで苻堅は苻熙ふき蒲阪ほはんに配し、

苻睿ふえいに五万の兵を持たせ、

竇衝とうしょうを副官、姚萇ようちょうを軍事顧問に配し、

華澤かたくにいる慕容泓らを襲撃させた。


この頃、更に慕容沖も河東かとうで起兵。

兵力は二万。蒲阪を攻めてくる。

苻堅、苻睿の軍を割き、

竇衝を蒲阪の救援に向かわせた。


やや兵力を削がれた苻睿だったが、

自らの武を頼みにしており、

敵を軽んじ、配下将を

気に掛けることも少なかった。


苻睿の接近を聞き、慕容泓は

はじめ潼関どうかんの東に抜けようか、と

撤退を始めた。


奴らが退いている!

今が追撃のチャンス!


苻睿、突撃の命令を掛けようとした。

が、それを姚萇が留める。


「鮮卑は関東に逃れたい、

 と考えております。

 ならばただ追い立て、潼関の外に

 出してしまえばよろしいでは

 ございませんか。


 そこを妨げてごらんなさい。

 奴らは窮鼠となりますぞ」


武功にはやる苻睿が

姚萇の言葉に従うはずもない。

華澤にて交戦。苻睿は敗死した。


この結果を受け、苻堅は激怒。

このままでは殺される、

そう察した姚萇は、反旗を翻した。




堅謂權翼曰:「吾不從卿言,鮮卑至是。關東之地,吾不復與之爭,將若泓何?」翼曰:「寇不可長。慕容垂正可據山東為亂,不暇近逼。今暐及宗族種類盡在京師,鮮卑之眾布於畿甸,實社稷之元憂,宜遣重將討之。」堅乃以廣平公苻熙為使持節、都督雍州雜戎諸軍事、鎮東大將軍、雍州刺史,鎮蒲阪。征苻睿為都督中外諸軍事、衛大將軍、司隸校尉、錄尚書事,配兵五萬以左將軍竇沖為長史,龍驤姚萇為司馬,討泓于華澤。平陽太守慕容沖起兵河東,有眾二萬,進攻蒲阪,堅命竇沖討之。苻睿勇果輕敵,不恤士眾。泓聞其至也,懼,率眾將奔關東,睿馳兵要之。姚萇諫曰:「鮮卑有思歸之心,宜驅令出關,不可遏也。」睿弗從,戰于華澤,睿敗績,被殺。堅大怒。萇懼誅,遂叛。


堅は權翼に謂いて曰く「吾は卿の言に從わず、鮮卑は是に至る。關東の地、吾の復た之と爭い得ずんば、將に泓を若何せんか?」と。翼は曰く「寇は長かるべからず。慕容垂は正に山東に拠りて乱を為すに、近逼せるに暇あらざるべし。今、暐及び宗族の種類は盡く京師に在り、鮮卑の眾の畿甸に布せるは、實に社稷の元憂なれば、宜しく將を重ねて遣わし之を討つべし」と。堅は乃ち廣平公の苻熙を以て使持節、都督雍州雜戎諸軍事、鎮東大將軍、雍州刺史と為し、蒲阪に鎮ぜしむ。苻睿を征せしめ都督中外諸軍事、衛大將軍、司隸校尉、錄尚書事と為し、兵五萬を配し、左將軍の竇沖を以て長史と、龍驤の姚萇を以て司馬と為し、泓を華澤にて討たしむ。平陽太守の慕容沖は河東にて起兵し、眾を有すること二萬、進みて蒲阪を攻むれば、堅は竇沖に命じて之を討たしむ。 苻睿は勇にして果して敵を輕んじ、士眾を恤えず。泓は其れの至るを聞くや、懼れ、眾將を率いて關東に奔るに、睿は兵を馳せ、之を要えんとす。姚萇は諫めて曰く「鮮卑は思歸の心あり、宜しく驅けて出關をせしめ、遏むべからざるなり」と。睿は從う弗く、華澤にて戰えば、睿は敗績し、殺を被る。堅は大いに怒る。萇は誅を懼れ、遂には叛す。


(晋書114-1_尤悔)




権翼「あのさぁ天王……」


このひともだいぶ苦労してそうですよね、なんかしおらしいよう装っても、結局苻堅、こっちのいう事なんてひとっつも聞きゃしねえ。ここで慕容泓を潼関から追い出しておけば、と言う if は、まぁあまりにも前秦にとって都合のよすぎるものなのですけれどね。そして姚萇のとばっちり感。このひとの行動もまた面白い。ここで苻堅が姚萇を慰撫できていればと言う if も、また前秦にとっては都合のよいもの。


ここまできれいにモノガタリモノガタリされると脚色も疑いたくなってこようもんですが、脚色して誰が得すんのかよくわかんないしなあ。

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