第26話 あなたはもう幸せです

 「よかった。ようやくママがそのことに気づいてくれて。そのことが伝えたくて、アタシはまた、アンタのところにやってきたんだから」

「またってどういうことよ?」

「えっ…?だから、または、またよ」

 私はなんだか不思議な気持ちになった。いや、天使とおしゃべりしている時点で、もう十分不思議なんだけど。

 この天使とは初めて会った日から初めてではないような気がしていた。懐かしい匂いとでも言おうか。

「またって、私たちは一度会ってるってこと?」

 天使は体を起こすと、

「ママ、少し歩こうよ」

と言った。

 天使はどう言葉を紡いだものか、思案に暮れているように見えた。いつの間にか太陽は西に傾き始めていた。風が木々を揺らす。木漏れ日は柔らかく、でもしかし、逆光に遮られて天使の顔はハッキリとは見えなかった。

 「知らない方がいいこともあると思うんだよね」

 声色に寂しさが滲んでいた。天使は黙って、私の隣に腰を下ろした。周囲の人から見れば、独り言を話す奇妙なおばさんに見えるのだろう。なにせ、天使が見えているのは私だけなのだから。

 「私と以前、会ってるってどういうことよ?」

「うん…、だからさ、それを話すと、もうママとは本当にサヨナラしなくちゃいけないの。それはアタシが神様と約束してきたことだから」

 気がつくと私は天使の手を握っていた。その温もりとは裏腹に、手は小刻みに揺れていた。

 「でも…、もうお別れの時間なのかもしれないな。ママとは今日でお別れ」

「えっ…、何言ってるの。お別れなんてヤダよ。こんなにいっぱい話ができるの、あんただけなんだからね」

 私、ほろほろ泣いてたみたい。でも、なんだか動揺してしまって、もう訳がわからない気持ちになってしまったの。

「ママ、お話できるのはアタシだけじゃないでしょ?アンタには素敵な旦那がいるし、翔也や柚月がいるし、ママ友だってできたじゃない?」

「でも、アンタほど私のことわかってくれてる人、いないよ」

 「アタシの役目は終わったの…」

天使は寂しそうに視線を落とした。その先には、私の手があって、今度はその手を天使の大きな手が包み込んだ。

 「ママさ、天使の役目って覚えてる?」

「天使の役目?」

「そう、天使の役目…。アタシたち天使はさ、ちゃんと役割を持ってこの世界にやってくるのよ」

 そういえば、初めて会った日、天使はそんな話をしていたっけ。ふと思い出して、私はまた胸がギュッと締め付けられた。

 「ママを幸せにするために生まれてくる…」

その言葉を聞いて天使は満足そうに笑みを浮かべると、夕日をまぶしそうに見上げた。

 「ママ、あなたはもう十分幸せです」

 天使がこのまま消えてしまう気がして、私は天使の衣を必死に掴んだ。涙が止めどなくこぼれ落ちる。

「アタシ、一度ママに出会ってるんだよ。正確に言うと、顔を合わせてないんだけどね」

 それ以上聞きたくない気持ちを必死にこらえて、私は天使の言葉を待った。

「正しくは、宿ったことがあるんだ。アタシ、ママのお腹の中に」

 わかってた。わかってたよ、私。知ってたんだ、本当は。 


イジワルな天使の教え14

 『あなたはもう幸せです』

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