第14話 すべてはうまくいくようにできている
「翔也さ、小学校のときの先生、葉山先生だっけ?覚えてる?」
私は何気なく尋ねた。いつも通り、遅く起きてきた翔也は一目散にテレビゲームの前に陣取った。私の声に一瞬煙たそうな顔を見せた。
「そりゃ、覚えてるけど」
「そう。お元気なのかな?」
「たまに、メールをくれるよ」
「それなら、遊びに来てもらえばいいのに」
それを聞いて、翔也はひときわ怪訝な表情を見せた。
「なんだよ、急に。先生が来てた頃は、あんなにひどい態度だったのに」
私は声にならなかった。翔也の前では普段通りに振る舞っているつもりでいた。
「俺、恥ずかしかった。あんなに俺のこと気にかけてくれてるのに。まるで先生を悪者みたいに扱う母さんが恥ずかしかった…」
黙り込む私に一言、
「今さらこんな家に来てほしいだなんて頼めるわけないだろ」
と言うと、ゲームのコントローラーをソファに投げつけ、自分の部屋へと吸い込まれていった。
私はただ呆然として、持ち主のいなくなったコントローラーを見つめていた。
私は、私のことすらコントロールできない人間だった。それなのに、みんなをコントロールしようとしていた。思い通りにいかないことに、イライラしてばかりだった。
少しだけ外の空気が吸いたくなって家を出た。このままいたら、息が詰まりそうだ。
マンションを出て、大通りを越える。すると、そこそこのサイズの公園がある。青々と茂った木々に囲まれた公園は、規模こそ大きくはないけれど遊具があり、近所の幼稚園が園児を連れて遊びに来ていた。
なんだか騒がしいけれど、それはそれで心地が良い。
園児の声を聞きながら、ベンチに腰を下ろした。
すると、
「よっこいしょ」
と言って同時に座る影が飛び込んでくる。そこには羽を生やし、頭上に輪っかを携えたおっさん顔の天使がいた。
「あんた、外を出歩いても大丈夫なの?」
私は驚いて尋ねた。
「大丈夫に決まってるじゃない。あんた以外、アタシの姿は見えていないわよ。まあ、たまに薄っすら見える子もいるみたいだけど。ほら…」
と言って幼児を指差した。
指の先にいる子どもが一人、不思議そうにこちらを眺めていた。
「あの子、うっすらアタシの気配を感じてるのよ。まあ、はっきりと見えてるわけじゃないけどね。だんだんそうやって天使としての能力を失っていくわけね」
「どういうことよ?」
「アタシたち天使も、あんたたち人間も、元を辿れば同じってこと。子どものころっておママごとに没頭しながら、自由に何かを演じたり、途方もない夢を描いたり、妖精とだってお話ができた。そのころはみんな天使だって見えてた。でも、だんだん世間の常識だとか価値観に触れるうちに、天使も見えなくなっていくのよ。あんたたちはそれを大人になるって表現してるんだけど」
天使の言っていることは半分は理解できたけれど半分は理解できなかった。でも、それで良いような気がした。
「ねえ、私さ、翔也にひどいことしちゃったなぁ。今日はすごく反省しちゃった」
そうつぶやく私に天使が質問した。
「うまくいってることは何ですか?」
「えっ…、そんなのないよ。ダメなところばっか」
「うまくいってることは何ですか?」
天使は有無を言わせぬ態度で、しつこく私に尋ねた。それで私は仕方なく、自問自答することにした。
そういえば、翔也と言葉を交わしたのは久しぶりだったかもしれない。中学生になって反抗期に拍車がかかった。もうずっと話らしい話などしたこともなかった。
だから、けんか別れになったとは言え、これは小さな一歩だったかもしれないな。
「今日、翔也と話せたこと。翔也があの先生のことを大切だと思っていたことが知れたこと。それがわかっただけでも大きな一歩だったかもしれない」
それを聞いて、天使は満足そうな笑みを浮かべた。
「翔也にとってあの先生は、唯一の理解者だった。学校に行きたくないという本当の気持ちを表現できたのは、あの先生だったからかもしれないわね」
そう言うと、天使は園児の方をまた指差した。
「そして、人生は必要なタイミングで必要な出会いがやってくるものよ」
天使が遠くに目をやる。その視線の先を追いかけて、私は目を丸くした。向こうからやってくるのは、例の先生だったからだ。
「そんな偶然ってある?何だか作り物の物語みたい」
天使はニヤニヤ意地悪な笑みを浮かべる。
「何を言っているの?私たちは誰もが物語の住人なのよ。そして、そのストーリーを選んで生まれてきたのも自分なの」
先生がこちらに近づいてくるのが見えた。
「でもね、ママ。忘れないで」
私は視線を天使に戻した。
「この世界は選択の連続だから。あの先生に声をかけるのも、声をかけないのもママの選択。その選択の連続が、今という瞬間をつくるんだからね」
そう言うと、天使の姿は瞬く間に見えなくなった。
イジワルな天使の教え7
『人生は選択の連続。すべてがうまくいくようにできている』
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