どんでん返しってなんだ?

八木寅

第1話 どんでん返しってなんだ?

「なぁ、ぽん助、どんでん返しって何か知ってるか?」

 俺は友達の狸に聞いてみた。


 俺は猫だけど、俺の遊び相手は狸のぽん助しかいない。だから、気になるこの疑問も、ぽん助にしか聞くしかない。


「どんでん返しだって? それがどうしたの?」

「俺のメシくれるやつが、昨日テレビ見ながら、どんでん返しが凄いって騒いでたんだ」

「へぇ。そうか……今日は天気が良いけど冷えるよね」

 ぽん助は、頭を掻いて空を見上げた……。


 嘘が下手な野郎だ。この鬱蒼うっそうとした森の中からは空がちらりと見えるだけだ。ため息が出る。


「どうせ知らないんだろ? 今日はホント冷えるから、コタツに潜りに行くわ」

「え、待ってよ。知ってるって、エリザベート」

 メシくれるやつの家に行こうとした俺をぽん助は止めやがった。

「だから、その名で呼ぶな」

 俺が不機嫌な顔で、そう言わざるをえないのを、ぽん助は知っている。


 俺にメシくれるやつが、俺を変な名で呼んでいたのを知られてしまって以来、それを茶化してくる。


「俺には他にも名があってだな」

「わかってるよ。サンバン。親にそう言われてたんでしょ?」

「そうだ。で、どんでん返しはなんだ?」

 俺はぽん助をしっかり見てやるが、ヤツは「えっと……」と、また掻いている。

「そんなに掻くとお前のおやっさんみたいに禿はげだぬきになるぞ?」

「うるさいな」ぽん助は俺を軽く睨んでくると、「あ、そうだ!」と走り出した。

 俺は仕方なく追いかける。ぽん助についていく俺は、どこに向かっているかすぐ分かる。

「こっちの方面てことは、コレクションか?」

「うん。正解」

 ちょっと盛り上がった場所(雑多な物をいつもぽん助が埋めている)に着くと、ぽん助は掘り返し始め、色々放り出していく。

 その中から、大きめのお椀を手にするとひっくり返し、笑顔で差し出してきた。

「ん? なんだ?」

「どんぶり返し……」


 スパーン‼


 お、思わず猫パンチを出してしまったじゃにゃーか! おっと、感情を乱して猫言葉になっちまった。こういう時は……落ち着くためには……なめるにかぎる!


「どんぶりじゃなくて、どんでんだ! じゃなくてだ」

 俺は自分の身体をなめまわしつつ、ぽん助に鋭い目つきを向ける。

「そっか……」

 ぽん助は肩を落としてお椀をコレクションの山に戻していく。


 ちょっと傷つけてしまったかな。反省しよう。俺は、すぐカッとなってしまうからな……ん? ちょっと待て。アイツまた怪しい笑顔で……


「これは、どうかな」

 ぽん助はコレクションから何か手に掴み、俺のとこに持ってくると、広げてみせた。それは――

「どんぐり?」

「うん。リスさんに借りてたどんぐり。それをリスさんに返しにいけば、どんぐり返し――イタッ」


 どや顔のぽん助に、俺は高速連続猫パンチをお見舞いした。

 反省しようとした俺がバカだった。


「あのな、どんでん返しは凄いものなんだぞ。どんぐり返しのどこが凄いんだ。しかも、リスさんは冬眠中だから、今は返しに行くなよ」

「あ、そうだった。行くとこだったよ。ありがとサンバン」

「バカにはしっかり教えないとな」

「じゃぁ、そんなバカに聞くなよ」

 ぽん助がふくれっ面になったが、いつもふくれた面してるから、いまいち感情が伝わってこない。

「ああ、悪かったな。気になっちまってな」

 俺は軽く謝ると、木々を見つめた。

「……どんでん返しって、なんだろう……」

 俺の問いに答えるかのように葉がざわめいたが、なんの解決にもならない。


 風がやむと、静まり返った。


「ねぇ、凄いことなら知ってるけど、来るかい?」

 ぽん助が静寂を破り、性懲しょうこりもなくしっぽを振って俺をさそう。

「とりあえず、見てやる」

 座り込んでいた俺は目を細めて立ち上がった。

 ぽん助はまた駆けだした。俺も続く。


 しばらく行くと、開けた丘の上に出た。

 すると、ぽん助は体を丸くかがめて、グルグル回って……あっという間に下までいった。

「どうだ、凄いだろ?」

 ぽん助は息を切らしながら楽しそうに丘を登ってくる。

「……これ、でんぐり返しだろ? どんでん返しじゃないし、なにが凄いんだ?」

 俺の眉間にしわがよる。

「これ、凄い速いんだ。これなら、サンバンの俊足に負けないと思うよ。凄いでしょ?」

「ふん! やってみないとわからないだろ」

 俺は本気で走るべく、腰を高くし頭を低くしてポーズを決める。この走り出しで、高速スピードが出るのだ。

「よし。しょーぶだ! 位置についてよーい、どん!」

 ぽん助の掛け声で、ぽん助と俺は同時に出た。ぽん助は転がり、俺は走る。

 丘は面白いように軽く走れ、風のように駆け抜ける。

「勝った!」

 そう先にぽん助が叫んだ。

 タッチの差でぽん助に負けた。ぽん助なんかに、俺が。

「いや、もう一回!」


 次は俺が勝った。

 けど、なんだか楽しくなってきて――


 何回繰り返しただろうか。辺りは暗くなりだしている。

「そろそろメシの時間だ。また明日な」

「うん。また明日!」

 共にそれぞれのウチへと向かう。

 俺は足取り軽く、メシをくれるやつのとこに急ぐ。


 今日も楽しかったな……

 あれ? なんか考えていたような……

 なんだっけ? うーん。ま、いっか、今日も楽しかったんだし。

 人生、楽しければそれで良し。いや、メシが食えれば――


「ニャーオ!」

 家に入った俺は、メシをもらうため、自慢の猫なで声をならした。

 メシが食えれば幸せだ。このカリカリを食らう時間が俺は好きだ。


「エリザベートちゃん、いっぱい食べるんでちゅよー」


 メシをくれるやつが変な言葉遣いしてるが、俺のほうがまともに話せる気がする。

 ただ――


「ねぇ、あなた、昨日のドラマのどんでん返し凄かったよねぇ」

「そうだなぁ。どんでん返し凄かったなぁ」


 時々人間が話してる言葉が分からないときがある。

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