第1話
谷岡女史に八つ当たりで撃たれた後――
気が付いたら俺は見知らぬ所にひとり立っていた。
周りは霧が掛かったみたいにぼやけていて視界も悪く、間接照明みたいにはんなりとした光に包まれた不思議な空間。温かくもなければ寒くも無く、辺りは静寂に包まれている。
「ここは……あの世なのか?」
思わず零した独り言に、
『そう思って頂いてかまいません』
どこからか厳かな、それでいて柔らかい声が響いた。
「!?」
驚いて辺りを見回すと、いつの間にか目の前に立っていたのはひとりの――
いや。『ひと』では無いだろう。
そこに立っていらしたのは、金色の長い髪をたなびかせた、あまりにも美しい女性。
美しい? ……いや、そんな単純なものでは無い。身に纏ったその雰囲気は高貴などという言葉でもいい表す事のできない、まさに神々しいとしか言い様の無い姿。
「……女神……様?」
俺の問いに、彼女(と言って良いのか判らないけど)は母性を感じる柔らかい笑顔で頷きを返してくれた。
『三浦慎吾。あなたは今、不幸な死を遂げてしまいましたが……あなたの善行をわたしは全て見ておりました。わたしはあなたの全てを知っております。その慈しみの心を……その仕事に対する真摯な想いを……』
――ああ、やっぱり俺死んだのか。
まあ、あんな至近距離から心臓を撃たれたんだから、そりゃあ死んでない方がおかしいけれど。
「そうか……俺、殺されたんだ……」
口にしてみると、じんわりと実感が湧いてくる。
料理ばっかりして来た、むしろ料理しかして来なかった人生だったけれど。
――嗚呼、もっと料理をしたかったなあ。
結局心に浮かんで来た思いは、それだった。
理不尽に殺された事でも無く。
様々な仕事を残して来た店の事でも無く。
ただただ単純に。
もっと料理をしたかった。
それだけが無念として、俺の心に重く伸し掛かっていた。
そんな俺の心を、当然女神様はお見通しな訳で。
『慎吾……あなたにはふたつの道があります……ひとつはこのまま輪廻転生の理に従い、新たな命となって再び生まれ往く事……もうひとつは今の記憶を持ったまま、異なる世界へと転移する事です……』
そう言って俺の目を見つめて、女神様はにっこりと微笑み。
『あなたのその無念、異世界で晴らしてみてはいかがですか?』
金色に輝く瞳に俺を捉えて、そう言った。
こうして俺は異世界とやらに転移する事となった。
エルフやらドワーフやらの闊歩する、まるで中世ヨーロッパ風のRPGみたいな。
今まで住んでいた世界とはあまりにも異質な世界に、板前として再び。
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