第一部 エピローグ

 ――とまあ、そんな感じで俺的にはかなり良い感じに収める事ができた。

 

 そう思っていたんだけれど。

 うん、一体どこで間違えてしまったのだろうか。

 フルスモークされた真っ黒いハイエースの後部座席で、俺はひとり考えていた。

 両脇には例の黒服。

 そして一番後ろの席には谷岡女史。

 誰も、さっきから一言も喋らない。

 そのあまりにも重苦しい雰囲気は、何の説明をされなくても


ああ、俺なんかやらかしちゃったんだな。


 と思わせるに充分だった。

 俺達を乗せたハイエースは高速道路やらなんやらを一時間くらい走った後、唐突に止まった。

 フルスモークの窓だから当然周りは何も見えなかったけれど、スライドドアが開いた先はやはり真っ暗な森の中。

 左側に座っていた黒服がきびきびとした動きで降りたと思ったら、右側の黒服が懐から拳銃を取り出して俺のこめかみに押し付ける。

「降りろ」

 簡潔なその言葉に従い、腰を上げて降りようとしたら背後からいきなり蹴り付けられた。

「うわあっ!?」

 そのまま車から転げ落ちる。

 良く見てみたら、俺を蹴飛ばした黒服はさっき鳩尾を殴った奴だった。こんな形で意趣返しとは人間の小さい野郎だ。

 ……なんて現実逃避じみた事を考えながら、立ち上がろうとした俺は再び蹴り飛ばされて無様に転がる。

 今度は何だよと思い、見上げてみると。


「まったく。余計な事をしてくれたね」


 俺を蹴った相手は、谷岡女史だった。

 彼女も懐から拳銃を取り出し、俺に狙いを定める。

「無毒のフグ? 一体誰がそんなのを頼んだ? 私はあなたに、『父の魂を救ってくれ』って言った筈だけどねえ」

 いつものどこか間延びした口調だけれど、そこに普段はある飄々とした雰囲気は一切感じない。

「で、でも……谷岡さんも、本当はお父君を殺したくは無かったんでしょう? 『親の死を望む子供は居ない』って言ってたじゃないですか」

「ああ、そんな事誰が望むもんか。でもね……父は、今日死ななきゃいけなかったんだよ」

 一瞬だけ悲しそうな表情を見せた後。

 谷岡女史は一切の感情を殺した顔になって言った。


「だからここに来る前、私が撃ってきた」


「なっ!? い、一体、どうして……」

 呆然とする俺に、彼女は絶対零度の眼差しを向けて。

「言ったろう? 私達の商売ってのは、そういうもんなんだよ」

 彼女が顔をくいっと振って促すと、脇に控えた黒服が電子煙草を取り出して渡す。

 受け取ったそれを大きく一口吸いつけてから、再び俺を見据えて。

「今、私達の会社は結構な危機にあってね。これを乗り切るには他の有力な会社と合併統合するしかないんだよ。私がそこに嫁ぐっていう形でね……でもね、それには邪魔だったんだよ。父が。かつて『伝説の侠客』なんて言われていた男は、存在しているだけで良くも悪くも色々と影響があってねえ」

 再び大きく煙草を吸い込み、吐き出す。彼女の吐いた煙がまるで煙幕みたいに辺りを包んだ。

「父もその辺の事は感づいていたみたいでね。だから『最後にフグの肝を食ってみたい』なんて我侭めいた事を言ったんだよ。出来の悪い娘としては、せめて父の死にたいように死なせてあげたいと思っていたんだけど」 

 苛立たしげに拳銃を振りながら。

「おかげで私が自分で父親を殺すハメになってしまったじゃないか!」

 初めて激昂した姿を俺に見せた。


 ……なるほど。

 俺が、良かれと思って行った事は完全に裏目となってしまった訳か。


「これは完全に私の八つ当たりだけどね」

 改めて俺に狙いを定めて。

「あなたには本当に失望したよ。これからも仲良くできると思っていたんだけれど」

「……俺も、そう思ってました」


「ほんと。残念だよ、『慎吾』さん」


 最後に、律儀にも俺をファーストネームで呼んで。

 彼女は引き金を引いた。


 ぱんっ! と乾いた音が響く。

 不思議と痛みは感じない。

 撃たれた左胸がやたらと熱く感じて、その次は急激に眠気が襲ってきて。

 意識を失う直前、脳裏に浮かんだのは『理不尽さすがヤクザ理不尽』という思いと、『最近のヤクザはグロックなんか使ってんだな』というかなりどうでも良い事だった。

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