国境を越えて

おじん

国境を越えて

国境を超えたぞ!


無線機などの貴重な装備は全て取り外されているので指揮官から大きな声で伝えられたのがお昼の前。私が窮屈な車内で懸命に背を伸ばした所で殺風景な荒れ地と破壊された国境しか見えなかった。


砲塔にしがみつくように外を見ているハンナは他の景色も見えているのだろうか。銃弾から身を守るために横に細い隙間のような窓を見ながらレバーを操作して戦車を動かす。


小さな頃に街の陸軍パレードを見た時に大きさにびっくりして一緒にいた祖母に「私も乗りたい!」と言ったことを思い出す。


それを聞いた祖母は微笑んで「あれは兵隊さんしか乗れないんだよ」と言った。しかし理由も分からず戦争が始まって二度目の春を過ぎたあたりに私たち若い女性も招集された。


あの時見た戦車は今は旧式のようで倉庫に眠っていたのだが新たな前線に設置する固定砲台として使うために私たちが操縦して運んでいるのだ。車内は狭く大きな振動が体に響いて不快極まりない。


冬のはずなのにエンジンからの熱で前髪がおでこに張り付く。おしゃれもある程度は頑張っていたと思うのだがサイズが女性には大きすぎる軍服は一番小さいサイズでも不格好になる。


「ニーナ!これ食べて」


砲塔に張り付いていたハンナが寝転がるように姿勢を低くして密閉された味のしないビスケットを渡してくる。


「ありがとう…早く戻らないとまた怒鳴られるよ」


ハンナは同じ街に住んでいてよく遊んだ。同い年とは思えない呑気な性格の女の子。戦争に向かっているのに旅行するように笑顔なのだ。


私もあれくらい考えない性格ならば…。


ハンナが運転が上手ならば運転を交代出来るのに、何度も何度もエンストしたせいで指揮官に怒られたハンナ。私が運転するしかなくなったのだ。振動で痺れる手を擦りながら平坦な道でギアを繋ぐ。



・ ・ ・



何もなかった荒野に一本の川が流れている。その周りには小さな街が川に沿って存在していた。よくみると大通りには同じ軍服を来た人間が闊歩している。


街に入る前に止まれとの合図が下る。


「これから、指示した場所に陣地を作成する」


渡された地図を見て戦車を移動させる。エンジンを始動させて燃料の残りを確認する。この戦車は固定砲台として使うため燃料が片道分しか入っていない。


私たちにとっては大きな戦車でも戦車の中では小さな方で砲塔は人力で操作できるのらしい。私たちの戦車は小高い丘の上だった。


到着するとあらかじめ用意してあった土嚢を戦車の周りに敷き詰めていく。戦車を完全に覆うことで攻撃から身を守るのだ。


中に入っている戦車砲の弾薬を装填しやすい位置に移動する。終わった時には私とハンナの腕は疲労でもう動かないのでは無いのかと思った。夜になると二人で砲塔の中で寝る。


次の日、タンクに貯めておいた水で顔を洗うと周りを見張りながらビスケットを食べる。


「ニーナちゃん、美味しいね」

私は全く同意できない。ハンナは何を食べても同じことを言うのかも。


「そうかしら、味がしないから分からない」

少し嫌味だったかも。ハンナはそんなこと気にせず遠くを見ている。


「私のお兄ちゃんも元気かな~」

唐突に遠くを見てハンナが呟く。


ハンナのお兄さんは戦争に行っている。ここより先の最前線。国境から数時間のこの位置に新たな前線を作っているということは戦況は芳しくないのだろう。


ハンナはそのことに気が付いているのだろうか。言えるわけがない。ハンナが兄を慕っているのは街で良く見たことがあるから。


「じゃあ、中に入るから…」


狭くて鉄の匂いのする砲塔に先に戻る。



・ ・ ・



ふたりで小高い丘まで食料を持ち運ぶ最中。川沿いの街から耳をつんざくサイレンが鳴る。驚いて地面に落としたのであろう食料をハンナは拾い集めている。


「ハンナ!いいから急いで戦車に戻って早く!」

私の大声にハンナも走り出す。

遠くの空から航空機のものである高いエンジン音が聞こえてくる。


戦闘機……はやく戻らないと


軍事教育で戦車の中なら戦闘機からの銃撃程度なら耐えられると教えられた。手の筋が切れるのでは無いのかと思う程の力を入れて砲塔の扉を開く。


鈍い発砲音が聞こえる。その場に伏せる。戦車の装甲に銃弾が当たって弾ける音がこだまする。


ハンナはどこ?


戦車の車体の下でうずくまっていた。


「バカ!早く入りなさいって!」

外に降りて軽いハンナの体を抱きかかえて砲塔の中に逃げ込む。


銃弾の音がこだまする砲塔内。本当に貫通はしないのだろうか。ハンナの上に覆いかぶさって耐えるしかない。弾丸を撃ち尽くしたのか戦闘機のエンジン音は遠ざかっていく。


キューポラから顔を出して周りを確認する。地面に開いた無数の弾痕。塗装が剥げた装甲を見て少しでも遅かったら自分がこうなっていたと思うと血の気が引く。


川沿いの街は酷いありさまだった。人の悲鳴が遠くから聞こえてくる。ハンナの様子を確認する。


街の美少女として有名だったハンナの顔には涙がとめどなくこぼれていた。


「ハンナ?大丈夫…」

ハンナの泣いた顔なんて今まで見たことがない。


「ニーナちゃんにも言ったことないけど私、本当は怖くてたまらないのっ!」

涙は止まらない。


「お父さんも死んじゃったし、お兄ちゃんも生きてるか分からない…」

今の銃撃で恐怖が抑えきれなくなったのだろう、涙を止めることが出来ない。


「大丈夫だから、大丈夫だから…」

ハンナが呑気だなんて間違いだった。私より恐怖を感じていて、懸命に明るく振る舞っているのだ。


抱きしめる力が強くなる。




 

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国境を越えて おじん @ozin

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