どんでん返しファクトリー

星 太一

常時生産中

 1,

 演劇部の練習の一環でアドリブ劇を行った。監督は顧問の神風。

「そこで王子、台詞!!」

「貴様だけは……許さん!!」

「いいねいいね」

「ほう! ならば止められるか? 止めてみせろ!」

 剣を抜いた。

「いざ、勝負!!」

 目の前でプラスチック製の剣が交わる。

 顧問の空想上では火花が飛び散った。

 カッカッカッ、カシーン!!

 ――と、悪役の剣が王子の剣をはねた。

 キタ!!

「覚悟しろ……コリアール王子!!」

「ぐっ……」

「ここで渾身のどんでん返し!!」

 顧問が唾を飛ばし、メガホンで机を殴った。

「分かりました!」

 ――と、突如部員の天月の声が聞こえ、メリメリメリ! と音を立てながら、剣を喉元に突き付けられた王子の背後に結婚式場が現れた。


「違う、そっちじゃない」


 どんでん返しには「舞台の大道具をうしろへたおして、次の大道具ととりかえること(・しかけ)。(引用元:三省堂現代新国語辞典 第五版)」という意味もある。


 * * *

 2,

T「チーズケーキ作った時の恥ずかしい話してやるよ」

M「どうせ砂糖と塩間違えたんだろ」

T「え!? どうして知ってるんだよ」

M「大体の話がそうだわ」

T「そっかー、まあそうだよなー……」

M「で? だから何だよ? 真逆どんでん返しでも作るつもりだった?」

T「ああ、今ここにあるから味見してみる? って言おうと思って。良い感じにしょっぱいぜ?」

M「……そうくる!?」

T「くぅー……! しょっぺっ!」

M「だろうな」


 * * *

 3,

 とある漫画家AとBの対決。テーマはズバリ、「渾身の一コマ」

 Aの「ドン!」に対し、Bは「デン!」で返した。

 ……どんでん返し。


 * * *

 4,

 どうしてそうなるん? ねえ?

 んん……恐ろしや、人間の想像力

 で? どう読むの、これ

 んしゅたるあほると? へえ、意味は?

 返事? マジで? ――あん? 嘘?

 しれっと嘘つくなっつっただろ!!

 ↑どんでん返し


 * * *

 5,

「んくっ、んくっんくっ、ッカァー! それでさァ、シュキー教室でしゃあ! マキちょんとお隣になっちゃったわけなんだにゃん!」

 ぐでぐでに酔い潰れる昂を白い目で大登ひろとと杉田が眺める。彼らは中学からの知り合いだ。

 マキちゃんとのなれそめの話をしているのだが、もうこれで十五回目である。

 そろそろ耳にたこが出来てきた。

「こいつ、酒に弱いのか?」

「酒乱だったら首根っこに鎮静剤打ちこみますよ」

 眼鏡の奥で大登の切れ長の瞳が無邪気に煌めく。

「物騒な話は止めろよ」

 杉田の濃いため息がやれやれと言っている。

「でえ、かみかじぇさぁーん、かみかじぇひろとしゃーん」

「酒くさ!! お前、何杯飲んだんだよ?」

「ええ? ジョッキをにひゃい。ひっく」

 そう言いながらでへへと顔を幸せそうにとろけさす。

 幸せな野郎である。

「それでひゃあ、しょのお、みきぽんのお電話びゃんごうを」

「みきぽん?」

「ああー、あはは、間違えちった。まーきぽん、まきぽん!」

「ああ、そういう話だったな。――じゃあ、良い頃合いだし。良い事教えてやるよ」

「ふぇ?」

 常時ニヤけてご機嫌な昂に大登が真顔で迫る。


「私がマキだ」


「……!?」

「ブーッ!!」

 突如酔いが覚める。ついでに杉田が口の中の物を吹き出す。

「これは私だ。女装癖とかそういうのがあるわけでは無いのだが、何せ髪が長かったし、まつげは長かったし、お前はによによしてるしで、仕方なくお前の前ではマキちゃんでいた――」

「テエェェエエメエェエエエ!?」

 その夜卍固めが炸裂したのは言うまでもない。

「……で? マジ?」

「嘘」

「こおぉのやろおぉおおお!!」

「でもこのスキー教室のはマジ」

「ええええええええ」

 賑やかな夜は更けていく。


 * * *

 6,

「待てゴラアァァアア、オムソビャアァァッ!!」

 二羽のカラスが必死になって人間の後を追いかける。

 その手にはオムそばの入った袋が提げられており、彼らの視線はそれに釘付けになっていた。

「ひいぃぃいっ! カラスこっちくんな! しっしっ! しっ!!」

 バサバサバサッ!

 クルッポクルッポ。

「のおぉぉぉおあ!? ハト邪魔、ハト邪魔!! ぐおおおおお!!」

 そこに現れた大量のハトが人間の足元にむらむらと群がる。――予定通りだ。

「今です、隊長!」

「オォムソビャアアアア!!」

 参謀と呼ばれるカラスの合図で隊長と呼ばれるカラスは素早くオムそばの入った袋の下に移動する。

 ビニール袋つついて破り、オムそばを頂くと言う作戦だ。

 つん、つん! びり!

「あ! 俺のオムそば!!」

 やった! これで遂に――

「なーんてな?」

「……!?」

 人間の口元がニヤリと笑う。

「食らえ――!」

 ジャキッ!


「「超極大滅殺砲・卵麺式ファイナルオムそばクラッシュ」」


 メコ!

 ズバアァァァアアン!!!

 一羽のカラスが盛大に吹っ飛んだ。

「タイチョオォォォォォオオオ!!」

「俺のオムそばに手を出すには十億年早かったな! がっははは!」

「古川先輩、手作りのバズーカでカラスさんを吹っ飛ばさないで下さい! カラスさんが可哀想ですよ!」


 彼らのオムそば奪取の道のりは酷く、険しい。


 * * *

 7,

「今度……こそ……! お、おぉむそ、びゃあああ!!」

「た、隊長……!」

 そのカラスの体は既にぼろぼろだった。

 手作りバズーカをもろに食らい、その後、封印されかけたり、昇天させられかけたり、宝石に閉じ込められそうになったり、持ち帰られそうになったり、唐揚げ屋に追いかけられたり……散々あったが、これで遂に最後である。

 これまでの数々のえげつない危機が彼を強くした。今では札対策も高温の油対策もバッチリで、オマケに筋肉も少しついた。

 彼は今や無敵のカラス。――何にも負ける気がしない……!!

「隊長! 今です!!」

 音もなくオムそばの袋に近付く。人間は全く気が付いていない。

 つん、つつ、つつつつつ!

 正確に効率よく、しかも高速でそのビニルを破る。

 そして遂に時は来る。

 ビリリリリッ!!

 たっぷりの麺を蓄えたアツアツ卵が頭上から降ってくる。

 ――やった!!

「ああっ! しまった、僕のオムそばが!」

 人間が慌てて手を伸ばすも、もう遅い。地面との距離的にこちらの方が圧倒的に早い。

 チャンスだ!

 参謀とその他大勢がこちらに向かって飛んできた。

 よし、あとは――


 ずし!!


「あづうぅぅぅううい!!」

 突如として降ってきたずっしり重たいオムそばに踏み(?)潰される隊長。

 しかも重い上に、熱い。

「ギャアアア、隊長! すぐ何とかします!!」

 参謀は彼を助ける為に彼の上に乗ってるずっしり重たいオムそばをついばみ始めた。

 その流れに乗っかって、その他大勢、またの名をハト達もオムそばをついばみ始める。

 隊長は多くの鳥、そしてオムそばに踏み潰されながら思った。

「……の戦いはまだ始まったばかりなのである」

 ――と。


 * * *

 8,

 アドリブ劇はまだ続いている。

「食らえ、必殺……! ロイヤルストリームアタックボンブワー!!」

 来た……、キタキタキタキタキタ!

「場面変更! 大道具、今度こそ渾身のどんでん返しだ!」

 神風の合図が飛ぶ。

「――あ、は、ハイ!!」

 後ろでどたばた聞こえる。

「天月! 早く!!」

「ハイ!! お待たせしました!」

 スチャ!

 スチャ……? 

 その場にいる全員の頭の上にクエスチョンマークが飛び交う。


「行け!! 超極大滅殺砲・卵麺式ファイナルオムそばクラッシュ


 ズドガボオォオオオン!!

「あぶっ!!」

 間一髪で避ける。

 部室の壁に穴が空いた。

 風が寒い。

 部員の大半が呆然としているがそのままぽけっとしているわけにもいかない。取り敢えず演技を続ける。

「ど、どうしてお前が……」

「はあーっはっはっは! 良くやったね、王子。――しかし、それで終わりじゃつまらないよ。もっと遊ぼうよ? ね? コリアール……」

「ぐ……! ここまで来て!」

「いつでもおいで。歓迎するよ?」

 にやりと薄い笑みを零す大道具係、天月光貴。

 ふわふわの茶髪の彼に似合わないその暗黒に思わず王子役の黒影快人の額を汗が流れる。

「ああもう、カーット! カットカットカットカットカットオォ!」

 と、ここで顧問、渾身の中断。

 その場に立ち込めていた暗黒がその瞬間姿を消した。

「おい天月! 今のは何だ」

「はい、渾身のどんでん返しです」

「だからそっちじゃないってば!!」

 勢い余ってブリッジをする顧問。

 今日も皆元気である。

「それにそのばかでっかい大砲は何だ!」

「ハイ! オムそばの恨みであります!」

「……オムそば」

「お祭りの日になけなしのお金で買ったオムそば……それをカラスさんに盗られたんです」

「それで、バズーカ……?」

「ハイ、『明治街のお祭り、オムそば被害者の会』の会員、古川さんに譲ってもらいました」

「カラスさんなんてさん付けしてるのに?」

「食べ物の恨みは壮大なのです!」

 その瞳に火――いや、炎を灯して熱く語る光貴。

 その無邪気さに周囲が白い目を送る中、一人、拍手を送る者がいた。

 少し荒っぽい青年の首に腕を回し引きずってきた青年だった。

 彼は少し長い直毛を持ち、眼鏡をかけている。

「中々面白い子だな……君、科学は好き?」

「あ、兄貴!? 今日来たのかよ!」

「ようよう」

 突然乱入してきた青年に顧問が酷く驚いた。――どうやら知り合いらしい。

「どういう事だよ、大登!?」

 首に腕を回されている青年が苦しそうに大声で叫ぶ。

「どういう事です!? 先生!」

 こちらも大騒ぎである。

「私の双子の兄貴だ。伝説の科学部ニトロ事件の真犯人だよ」

「……なんか、納得ですね」

 二人をきょろきょろ眺めて生徒達が妙に納得する。

 顔も雰囲気も良い感じにそっくりだ。

「よう、昂、紹介してやる」

「アアン!?」

 良い所で大登が首に腕を回している青年――昂に囁く。

「こいつが私の妹、神風マキだ」

「マキちゃん!!?」

 昂の目がかっと見開き急に顔を赤くした。


 * * *

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どんでん返しファクトリー 星 太一 @dehim-fake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説