高校のアイドルは毒舌レビュワー ~僕の官能小説をレビューできるもんなら、やってみろ!~【改訂版】

宇枝一夫

文芸部への誘(いざな)いと毒舌レビュー

 県立月止西つきどめにし高等学校二年女子、神野美香かんのみか


 容姿端麗、頭脳明晰。

 芍薬しゃくやくのようなスラリとした脚に肉付きの良い太もも。

 牡丹ぼたんのような、堂々としたヒップ。

 さらに百合ゆりのように、歩くたびにたわわに揺れるバストは同学年男子のアイドル、女神と言っても過言ではない。


 僕、石黒真いしぐろまことも、一年の時に同じクラスになった瞬間、彼女のとりこになったのである。


 そして、二年生も同じクラスなったが、違う意味で彼女の”虜”になってしまった。


 二年の授業が始まった、とある放課後。

 文字通り彼女に生け捕りにされ、資料室という名の牢屋に放り込まれた。


 ドアを閉められた資料室は完全なる密室。

 そこへ思春期の男女が二人っきりでいるこの状況。


 健康な男子高校生ゆえ、妄想することは一つである。

 僕の脳裏にはこれまで思い描いてきた、最新鋭VR(ヴァーチャルリアリティ)をも凌駕する妄想が瞬時に構築された。


『石黒くん。私、ずっと前から貴方のことを……』


と、神野さんがシャツのボタンを外し、スカートをたくし上げて白いパンティーを晒しながら告白→即イチャラブ妄想から


『美香は真様の奴隷です。はしたない私をどうかお仕置きしてください……』


と、あ~んなことやこ~んなことして神野さんを調教する妄想が、ほんの数秒間で走馬灯のように駆け回った。


(お父さん、お母さん。真は今日、大人になります! 生んでくれてありがとう! そして、アブノーマルな世界へ旅立つ幸福をお許し下さい!)


 今では、ただ、懐かしい……。


 改めて資料室を見渡すと、真ん中には閲覧用の長机が二つ、縦に向かい合わせで置いてあり、左右には分厚いファイルや古い本が並べられた移動式の本棚が鎮座していた。


「そこに座りなさい」


 神野さんのルビーのような妖しくも、一切の感情のない澄んだ命令が投げキッスのように、リップの塗られた唇から僕の鼓膜に届けられた。


 そういうプレイも興味なくはないけど、”チェリー”な僕は彼女の命令、いやいや、指示通り、長机の真ん中のパイプ椅子に座る。


 神野さんは無言で、僕の真正面に座った。


 いつも遠くから眺めていたアイドルが、身を乗り出しなんとか手を伸ばせば、指先がお○ぱいの、その頂に咲く小さな蕾に届く距離にいる。


 さらに


『あっ! 消しゴム落としちゃったぁ!』


とわざとらしく叫んで机の下に潜り込み視線を落とせば、頬擦りしたい膝から脛、そして足の先、逆に視線を上げれば指先でプニプニしたい熟れた御御足おみあしが目の前に佇んでいる。


 ……そんな下ネタに浮かれていた自分もいましたね。  


 神野さんはカバンから果物のマークが刻印してある最新鋭ノートパソコンを取り出すと、僕を見つめながら唇を開いた。


『では《解凍かいとうMAGURO》”先生”。って……改めて口に出すとひどいペンネームね。先生がカクヨムにアップした秀作、


《解凍マグロは冷凍ミカンの死体を盗む》


の、これも、なんというか……ミステリーどころかあらゆるジャンルに当てはまらないどうしようもない題名ね。ゴホン、レビューを始めます』


 ……何で僕のペンネームを。


 い、いや、確かに、この前の始業式の自己紹介で、趣味は高一からネット小説を書いているってぶっちゃけたけど、ペンネームは言ってないし、さらにサイト名から作品名まで、なんで……。


「……美しくも妖艶な神野さんが知っているんだ? って顔に書いてあるわよ。解凍MAGURO先生……」


 彼女は女豹のような妖しい笑顔をする。

 おっと、あとで洗顔しておこう。

 

「ペンネームをどうこう言うのはレビュワーとしてルール違反だけど、簡単に本名が推測できるようなペンネームは控えた方がいいわよ」


 い、いや、そんなことはどうでもいい! だってこの小説の主人公とヒロインは……。


「名前でもう一つ。主人公とヒロインの名前も変えた方がいいわね。だって主人公のマグロとヒロインのミカン、この二人のモデルは……」


 やめてくれ! 


『石黒君と、私でしょ?』


 ……終わった。僕の高校生活。


「あらすじは……華麗に盗むことに悦楽えつらくを見いだす《”麗”盗れいとうミカン》。彼女は作中におけるヒロインね。そして彼女を捕まえようとする主人公のイケメン高校生名探偵、《黒真くろま》」


「……」


「冒頭はよくあるストーリーね。麗盗ミカンは知留渡ちるど警部の警備をかいくぐったり、黒真探偵を出し抜いたりしてお宝を盗むんだけど、ここからはちょっと面白いわね。責任を取って黒真探偵は探偵を廃業。そして盗むことに快楽を見いだした《”快”盗かいとうマグロ》として、新たな人生を歩む」


 逃げ出したいけど、脚が固まって動けない……。


「そして、快盗であるマグロが欲しいのはただ一つ! 『麗盗ミカンの”心”』!」


 絶望の岩がゆっくりと頭の上に落ち、顔をうつむかせる。


「心を盗むってことは、マグロはミカンに好意を持って、彼女のすべてを手に入れたいって事よね。これを作者であり主人公のモデルである石黒くんと、ヒロインのモデルになった私に当てはめると……


『石黒くんはこの私、神野美香の心、そして体も手に入れたい。題名には死体とあるけど、それはあくまでカモフラージュ……。本当に欲しいのは私、神野美香の美しき肢体したい。例え、どんなことをしても手に入れたい……』


ってことで、よろしいかしら?」


 春の陽気なのに、僕の体はガタガタ震えだした。


「……その様子じゃ、今日は各話のレビューを聞くことが出来なさそうね。それじゃあ」


 彼女は僕の机の上に、入部届の紙を置いた。

 ”?”を顔に上書きして、ゆっくりと視線を上げる。


「文芸部って今年から私一人なの。新しい部員が欲しいなぁって思っていたら、石黒君が小説を書いているって聞いて、“勧誘”したのよ」


 再び紙に目を落とす。

 ……これが……勧誘ぅ??


「……もちろん、入部してくれるんでしょ? 石黒真くん❤」


 男を籠絡させる神野さんのウインクは、今の僕にとっては何人をも凝固させるメデューサの呪いにしか思えなかった。


 断ったら……その先は破滅しかない。

 震える手で、なんとか入部届に名前を書いた……。


 ― ※ ―

  

 次の日の放課後。


「さぁ石黒君、行きましょ」


 二年男子のアイドルは、わざわざ僕の机に来て、部活へといざなう。


「う、うん」


 リュックを背負い、家から持ってきたノートパソコンのカバンを抱えて、彼女の後ろをついていく。

 おそらく僕ら以外の生徒は、あっけにとられているんだろうな……。


 それでも資料室までの道中、目の前を歩く神野さんのお尻に目がいってしまう。

 堂々と拝める状況なのに、なぜか罪悪感が僕の体を駆け巡っていた。


 しかし、罪悪感の中で行うちかん……いやいや、弛緩は、思春期の高校生男子にとって何物にも変え難い甘い誘惑。


 人間の目が前についている以上、僕は僕は堂々と神野さんのお尻を弛緩したのであった。


 ……変換ミスは……してないよね?


(もしここで逃げ出したら……)


 一瞬沸き起こる理性が、そんな考えをよぎらせてしまう。


 ”ガラッ”と神野さんの手で資料室のドアが開けられた瞬間、僕の文芸部での懲役、いや、活動が始まった。


「あ、ちゃんと家からノートパソコンを持ってきてくれたんだ。うれしい! 本気で部活動に取り組んでくれるんだね」


 初めてだろうか?

 神野さんの純粋な笑顔を見たのは?


「で、でも父のお下がりだから、全体的な性能は神野さんのよりかなり落ちるけどね……」


「ううん、『弘法筆を選ばず』よ。それでは改めまして、文芸部へようこそ! 解凍MAGURO先生!」


 部活動開始の合図のように、神野さんは僕のことをペンネームである“解凍MAGURO先生”と呼んだ。


(こんなに喜んでくれるなんて……僕はなにを考えていたんだ……)


 僕を抱きしめるように両手を前に伸ばして喜ぶ神野さんを見て、今さっき逃げ出そうとした自分を恥じていた。


「安心して解凍MAGURO先生。レビューは一話ずつにするから」

「う、うん、よろしくお願いします……」


 こうして神野さんによるレビューが始まった。


「……ちなみに、この台詞は誰が喋っているの? 黒真探偵? ミカン? それとも知留渡警部? ストーリーの流れから口調まで誰にでも当てはまるんだけど?」


「美術館ってどんな建物? 西洋風? 和風? それともビルの中?」


「ミカンが狙う『砂漠の薔薇』ってなんとなく宝石っぽいけど、せめてダイヤとかルビーとか書かないと価値や姿形が読者に伝わらないわよ」


「そもそも初登場時のミカンはどんな服装をしているの? レオタード? セーラー服? 確かに暗闇でわかりにくいだろうけど、それはあくまで知留度警部や黒真探偵目線の話でしょ? せっかくのヒロインなのに服装すら描写されていなければ、解凍MAGURO先生のようなさえない男性読者の目に留まらないわ」


 挙げ句の果て……。


「ミカンって私をモデルにしているんでしょ? 私って普段こんながさつで頭の悪い話し方していたかしら? それに文章から推測できるミカンの体もなんか貧相ね。だって解凍MAGURO先生のようなさえない男性読者が大好物なパンチラどころか、胸の揺れる描写すらないもの。リアルの解凍MAGURO先生は昨日からあんなにも私の胸や、今日だってここに来る途中、顔の筋肉を弛緩させながらあんなにもお尻をガン見していたのにね❤」


「か、神野さんって……後ろに眼がついているの?」


 とりあえず変換ミスはしてないようだ。


 挙げ句の果ての果て……。


「主人公が現役高校生名探偵で、ヒロインが同じクラスの学校のアイドルなのは、まぁよくある設定だからひとまず置いといて、主人公のイケメン設定については改善の余地があるわね。いくら作者は物語における神で、どんな設定をしてもいいけどこれは悪手だと思うわ」


「えっ? そ、そうなの?」


「こういった小説の主人公は解凍MAGURO先生のようなどこにでもいる、もてないさえないどうしようもない男性の容姿をモデルにした方が読者は自己投影できるし、何よりその方が読者もミカンの肢体を手に入れたい実感が湧いて、読書に集中できるわ。下手に主人公をイケメン設定にすると嫉妬と妬みと悔しさで読書どころじゃなくなるからね。解凍MAGURO先生も思い当たる節があるでしょ? 漫画やアニメ、そして……現実リアルでもね❤」


 神野さんはすべてのさえない男子のコンプレックスをえぐり取るような、死神の鎌を振り回した。


 聞いての通り、神野さんのレビューは僕の容姿まで踏み込んだ、魂を砕くほどの毒舌。

 それを息継ぎなしのマシンガントークで、僕の鼓膜をドラムのように叩く。

 しかもそのすべてが的確すぎて、反論の余地すらなかった。


「ふぅ……とりあえず今日はこんなところかしら? これじゃあレビューというより推敲ね。直す場所が多すぎて時間がかかっちゃった」


「……ご、ごめん」


「あら、私は別に気にしてないわよ。むしろここまでひどいとレビューも推敲もやりがいがあるからね❤」


 神野さんはとどめの一撃を僕に食らわせたのであった……。

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