第17話 王都殺人事件 前編
「何やってんのかねアタシは……」
地平線に沈む太陽をのんびり眺めながら肘をついてため息を溢す。
これまで家にマリウスが来た事は何度かあった。
それはアタシを実家へ連れ戻そうとしたり、ディルの結婚式が執り行われる事を伝えに来たりだった。
今日も王都で起きている殺しについてアタシの身を心配して教えに来てくれたのは理解した。
他の闘剣に関係している連中や姪のシャイナ相手なら寝間着だったりダラしない格好でも良かったけど、なんとなくマリウスに笑われるのが嫌だったので慌てて着替えた。
途中にハプニングもあったが、自分の中での一丁羅を着てもてなしたつもりだった。
公国の話や殺された連中の話をしていると、若いあの頃の自分が戻ってきたような気がした。
アタシが強い事を証明してやる。
犯人は許せないが、それよりもあの時の挽回をする好機が巡って来たと思った。
騎士団と協力すれば犯人の特定も早いだろうし、戦いになれば自慢の剣がある。
この王都には自分を慕ってくれる人間が多くいる。彼らを守りたいという気持ちに嘘はない。
だけど、マリウスの口から出たのはあの時と同じだった。
これ以上関わるな。じっとしていろ。
また仲間外れだった。
自分の感情を抑えきれずに気づいたら手が出て殴り飛ばしていた。
あぁ、やってしまったと思ったが後には引けない。
アタシはマリウスを怒鳴り散らして追い出した。
一度もこちらを見る事を無くアイツが部屋から出て行った後はそのまま床に座り込んだ。
仲直りなんてもう一生無理かもしれないね。
その後はずっとウジウジしているのが嫌になって部屋を出た。
明日は試合の予定が入っていたが、そんな気分にもなれなくて書き置きを残した。
「2、3日バックれるかねぇ……」
手持ちのお金ならばそんなもの簡単だろう。
闘剣士のトップリーグ選手ともなればファイトマネーはかなりの物になる。
例え引退しても老後まで暮らせるだけの貯金はある。
住んでいる場所の家賃はタダだし、闘剣以外に興味が無かったので同じリーグの選手よりも貯めている方だ。
闘技場の運営からは物凄く怒られるだろうが、第三位の選手も似たような事をしているが、除籍処分にはなっていない。
チケットの賠償金も何試合かすれば稼げるから本当に休んでみるのもアリだ。
「アンジェリカさーん!そろそろ時間っすよ」
「わかったよ」
王都をぐるりと囲む城壁の上で悩んでいたが、見回りをしている衛兵に呼ばれてしまった。
この場所は朝から夕方までの時間は一般開放されて見学が出来る。
平日の真ん中というのもあって人が少なく、考え事をするのにはピッタリだったがそれも終わり。
考えがまとまる前に降りるように言われてしまった。
「明日の試合見に行きます!絶対勝ってくださいね」
「あー……応援ありがとうさん」
ファンだと名乗った衛兵に曖昧な返事をしてその場を去る。
道行く先々で王都の人達からエールを送られる。
それが今は堪らなく辛かった。
アタシはコイツらの期待を裏切るのかぁ……。
トップリーグ選手の試合ともなればチケットは高額であり希少だ。
給料を闘剣の観戦に注ぎ込む者もいれば、一生に一度でも生の試合をと田舎から遥々くる者もいる。
アタシにとっての一試合が人生で一回きりのヤツもいるか……。
上手く思考が出来ない。
何もかもを投げ出していっそ王都から逃げて……行く先はどこだ?
公爵家を出て、闘技場を出て、それで自分には何が残る?
「あ、剣……」
縋るように腰に帯剣していた刺突剣に手を伸ばして気づいた。
アタシは魂の現し身とも呼べる剣を持っていなかった。
片時も離さず、いつも身近な場所にあった自分の象徴を家に置いて来てしまった。
「何やってんのかねアタシは」
剣の事すら忘れるくらいにショックを受けるなんてまだまだ子供だ。
偉そうにシャイナに男を墜とす方法だの、剣士としての心得だのを言っていた自分が恥ずかしくなる。
気づいてしまったら違和感が止まらなくなり、一旦自宅に戻って剣を取りに行こうと決意した。
その後は酒場でヤケ酒でも飲んで今後について考えよう。
そう思って自宅への近道をしようと路地裏に入った。
ガルベルトの王都はとても栄えているが、光の裏には影がある。
賑やかな場所もあれば人通りの少ない場所もあり、この路地裏は浮浪者や柄の悪い連中がコソコソと集まっている。
闘技場のトップリーグ選手の知名度は伊達じゃない。
例え不良達が束になっても勝てない実力があるのは周知の事実だ。
田舎から名を上げに来た新参者が闘技場の選手に喧嘩を売って返り討ちにされるのはよくある事だ。
だけどアタシは妙な違和感を感じた。
路地裏に人がいない。
この時間なら寝床を探す浮浪者がボロ布をまとって地面に寝転んでいてもおかしくない。
なのに誰もいない。
「……チッ。よりにもよってかい」
その場から引き返して元の大通りに戻ろうとした直後、シュッ!っという音がした。
咄嗟に右に避けると、地面にナイフが刺さった。
「隠れてないで出てきな」
路地裏を陰から数人出てくる。
黒いローブを被っていて顔を仮面で隠してはいるが、只者では無い。
さっきの投げナイフといい、マリウスから聞いた情報といい、間違いない。
「アンタらが犯人ってわけさね」
腰を低くし、いつでも動けるように構える。
武器を持たないが、別に無手で戦えないわけではない。
護身術の類いも習得はしているし、闘技場で武器を落とすなんて日常茶飯事だ。
(ただ、プロの刺客相手は初めてさね)
冷や汗が出る。
刺客達はゆっくりと散会してアタシを取り囲むように動く。
どこか一点に突撃して包囲網を抜ける?
いや、それだと背後からナイフを投げられて詰む。
それにこいつらを野放しにすれば次の被害者が生まれかねない。
「いいさ、かかってきな」
何かしら相手から武器を奪おう。
それさえあれば戦える。
「………やれ」
刺客の一人が声を出すと、全員が一斉に襲い掛かった。
鉤爪や短剣、鎖鎌を取り出して迫り来る敵。
最初の一撃、短剣持ちの相手の懐に潜り込んで胸に掌底を打ち込む。
そのまま怯んだ刺客を盾にするように鉤爪を持った敵に突き出す。
「がっ!?」
同士討ちの形になり、短剣を持った刺客が地面に倒れる。
そのまま地面に落ちた短剣を拾おうと手を伸ばすが、鉤爪の方がリーチが長くて弾き飛ばされてしまう。
「そう簡単には行かないみたいだね……」
まだ刺客は四人いる。
倒れている一人も起きがった。
傷は浅かったようでしっかりと立っている。
状況は最悪だ。
さっきのは上手く不意をついたが、次は同じようにはいかない。
刺客も素人ではない。仲間が倒れたとしても止まらずにこちらを殺しに来る。
公国の暗部、そのやり方はアタシもよく知っている。
仲間同士で殺し合いをする蠱毒で生み出された暗殺者。
どんな非道で外道な方法にも手を染め、例え自分の命と引き換えにでも任務を達成する。
戦場で戦った相手がそうだった。
そのリーダーと思わしき相手にアタシは勝てない事を悟ったし、ディルがそいつと引き分けなかったら全滅もあった。
あの時と今では状況がまるで違う。
頼れる仲間もいない。
自分が積み上げてきた剣術を振るう武器がない。
丸腰で、絶体絶命というのはまさに現状を指す。
「アタシの首はそう簡単にやらないさね」
敵を一人でも多く道連れにすれば次の犠牲者が出ないかもしれない。
時間が稼げるかもしれない。
アタシが死んだとなれば闘技場や騎士団が総出で動く。
そうなればもう王都内で動く事は出来なくなる。
あの馬鹿と仲直り出来なかったのは心残りだったが、後であの世で話す時間は沢山あるだろう。
「闘技場第六位。女剣士アンジェリカ。参る!」
赤い髪を振り乱して、最後の戦いが始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます