第16話 嫌いなのはお互いさまです!

 

 王都にある国で一番デカい闘技場。

 何百年の歴史がある建物で、一万人以上の人間を収容出来る場所だ。

 ガルベルトで闘剣士になった奴は誰しもがこの夢の舞台に立とうとする。

 闘技場の試験に合格した新人は王都にあるもう一つのこじんまりした方で試合をしているから暇潰しに観戦するならそっちをオススメする。

 この最大級の闘技場はトップリーグとその次に控えるリーグと、御前試合なんかの特別な試合しか行われない。どれも満員御礼でチケットの入手が困難なくらいだ。


 一番のメインはトップリーグの優勝争いやチャンピオンと国王が推薦したスペシャルゲストとの試合だったりするんだが、ここ数年はシャイナの嬢ちゃんと殿下の試合が人気だ。

 きっかけは嬢ちゃんが陛下の推薦で当時のチャンピオンを負かしたのが始まりだった。

 翌年には殿下が推薦されてまたまた当時のチャンピオンを倒した。


 闘技場に正式に登録されている闘剣士ではない学生なのに凄まじい実力を持つ天才達と称され、公の場で試合する回数も少ないから希少性も高くてチケットの値段が釣り上がっている。

 まぁ、俺は殿下の護衛という立場で立ち見出来るからいいけどな。

 昔は俺も陛下の推薦でチャンピオンと戦ったが負けちまった。あれは仕方ないんだよ。

 ただの騎士が百戦錬磨の闘剣士で一番強い相手に勝てるはずが無いんだ。

 シャイナの嬢ちゃんや殿下、それとディルが異常なんだよ。


 話が逸れちまったが、今回の目的はこの闘技場の近くにある集合住宅だ。

 闘剣士達が多く住んでいる場所で、その中でもとびきり豪華な建物。トップリーグの選手だけが住める場所にアイツは住んでいる。

 金が貯まったら自分で家を建てたりする連中が多い中でアイツは家を出てからずっとここに住んでいる。


「よぉ、団長さんじゃねーか」

「おう。最近の試合も調子いいじゃねーか。頑張れよ」

「勿論だぜ!」


 騎士団長として、それ以外にも闘技場に通うファンとして闘剣士達に顔が知られているので声をかけておく。

 中には手合わせをしたいという奴もいたが、仕事中だし手荷物も遠慮しておく。

 借家を管理している婆さんに挨拶をして階段を登ってアイツの部屋の前に着く。


 二日酔いもあったし、酒臭くないかを確認してドアをノックすると声がした。


「誰だい。今日のアタシは休みのはずだよ」

「おいアンジェリカ。俺だ、マリウスだ」



 ガタガタッ!!!!



 ……なんか凄い物音したけど大丈夫か?


「おい!入るぞ!」

「ちょっ!?」


 鍵はかかっていなかったようなのでドアを開く。

 もしや何者かがアンジェリカを狙って侵入したのかもしれない。

 そんな心配をしながら手荷物を地面に放置して部屋に押し入ると、そこには下着姿の赤い髪の女が居た。

 そんじょそこらにいる同じ年の女とは違う鍛え上げられた肉体の美しさに目を奪われる。


「……よう」

「さっさと出てけどスケベ!!」


 顔面に靴が飛んできて俺は大人しくドアを閉めた。




 少々お待ちください。




「いきなり入ってくる奴があるかい」

「さっきのはすまん」


 くっきりと靴の跡がついた顔をさすりながら俺は謝った。

 今のアンジェリカの服装はよく闘技場で見るようなバトルドレスを着ている。

 なんで自分の部屋で勝負服を着ているんだコイツ?と思ったが、騎士団の制服にマントまで付けている俺が言えた台詞じゃないな。


「粗茶だよ。飲め」

「あぁ、助かる」


 来客をもてなす用のティーセットはあったようで、紅茶が注がれて俺の前に出されている。

 室内は広くて、俺が借りてるアパートより豪華そうな調度品がいくつもあった。

 トップリーグの闘剣士って儲かるんだなと室内を見ていたらアンジェリカに怒られた。


「あんまりジロジロ見るんじゃないよ」

「おう」


 一瞬、懐かしいコップと共に大量の空になった酒瓶があったが見なかったことにしておく。


「で、今日はいきなり何の用なんだい?」

「お前に話があってだな」

「昨日も会った時は何も言って無かったじゃないか」

「今朝入った情報なんだよ」


 頭のスイッチを切り替えながらメモを取り出す。

 アンジェリカはそこに書いてある情報に目を通すと、眉をひそめた。


「知っている名前が多いね」

「同じ戦場に立った連中がいるからな。狙われて殺されたっていうのが俺の見解だ」

「死体は?」

「刺されたり斬られたりしたのもあった。ただ、それ以外に外傷が一切ない死体もあった」


 全員が同じ死に方なら犯人の特定に繋がるのに、そこはバラバラだった。


「書いてある死亡推定時間の中には同時刻のもあるみたいさね」

「単独ではなく、複数犯だと俺は見ている」


 死んだ奴らは年寄りこそ多いものの、どいつも戦場を経験している奴らだ。

 そう簡単に殺されるような連中じゃない。


「手練れの集団か。よく集めたもんだよ」


 メモを俺に返すアンジェリカ。

 俺も全くの同意見だ。

 よくこれだけの連中を殺したと思う。ただの殺し屋には出来ない犯行だ。


「偶然じゃ無いんだね?」

「偶然でこれだけの猛者が死ぬかよ。間違いなく他殺だ。それも組織的な」

「目星はついてるのかい?」

「恐らく……俺の推測だが公国の暗部だと思う」

「はぁ?」


 俺の意見にアンジェリカが首を傾げた。


「戦争はもう終わってんだよ。何で今更暗部が出てくるのさ」

「俺が知りてぇ。だが、つい最近も暗部絡みの事件があったんだよ。これはその延長だと俺は睨んでる」


 思い出すのは親友の結婚。

 偶々ディルに押し付けたとはいえ、アレも公国の暗部絡みだった。

 トトリカ・ファームオルは暗殺技術を仕込まれた偽りの花嫁だった。

 それを本気で好きになって結婚したディルは凄え奴だよ全く。


「大公の老害達の企みかい?」

「だったら話は早かったんだがな。精鋭部隊として公国に出向いてお偉いさんを問い詰めたが、誰も知らないらしい」


 終戦直後なら兎も角、今ではブリテニアとガルベルトには大きな国力の差がある。

 もしも再び戦争になれば前回より短い時間で制圧されるのが目に見えているし、そうならないように賠償金で相手の懐を弱らせているのだ。


 こうなると何も情報が無い。

 トトリカ・マックイーンとなった彼女に話を聞いても、元から死ぬ前提で今回の任務に選抜されたので必要最低限の情報しか持っていなかった。

 そんな彼女の付き人として何者かと繋がっていた従者のスパイは捕縛時に舌を噛んで自決した。


「それなりに権力や影響力のある奴が首謀者なんだが、イマイチ計画も雑でな。絞れないのが現状だ」

「それでアタシに何の用さ。黒幕退治の人手でも借りに来たのかい?」

「ちげーよ。犯人達の狙いが戦争で活躍した連中なんだ。テメェもターゲットに入っているだろうから注意しとけっていう警告だ」


 騎士団でも無いやつに借りが作れるかよ。

 まぁ、副団長が俺に内緒でシャイナの嬢ちゃんに潜入捜査させた事件もあったが、一応は騎士見習いだからな。殿下にバレないように後始末なんかもしたが、コイツはただの一般人だ。


「アタシを誰だと思っているんだい」

「相手はやり手だぞ。警備員もいる屋敷に住んでいる貴族ならまだしも、こんな街中にいるお前なんて格好の的なんだよ」

「むしろ好都合じゃないのさ。アタシが囮になって犯人を捕まえてやるさ」

「駄目だ。テメェはこれ以上関わるな」


 どうしてこいつはいつも好戦的なんだよ。

 頭が痛くなって来たぞ。


「あぁ?」


 ダン!と乱暴にティーカップがテーブルに置かれる。

 低い声で不機嫌そうに俺を睨むアンジェリカ。


「けっ。またそうやって


 眉間にシワが寄って血管が浮き出ている。

 これはキレてるな。


「そうだ。犯人の確保は王都を守る騎士団の仕事だ。一般人が首を突っ込むな」

「アタシは弱くない」

「テメェは貴族でも騎士でもねぇんだ。大人しく闘技場で、」


 戦っていろ。

 そう言い切る前に俺の顔面に拳が飛んできた。

 俺はそのまま椅子ごと後ろにひっくり返った。


「な、何しやがる!?」

「悪いね。そのムカつく顔につい手が出ちまった」


 残っていた紅茶が俺にかかるわ、椅子の足は折れちまうわで散々な状態だ。

 何より殴られた部分が超痛い。


「自分の事は自分でどうにかする。お堅い騎士様の世話なんていらないよ。わかったらさっさと消えな。それとも更にブサイクにされたいのかい?」

「……ちっ。用は済んだから帰る。ちゃんと忠告はしたからな」


 ヨロヨロと立ち上がり、俺は振り返る事なくアンジェリカの部屋を出た。

 階段降りてる途中で管理人の婆さんに心配されたが、何でも無いとだけ言って俺は騎士団の詰所に戻るのだった。








「あら、マリウス団長。ご機嫌よう」

「シャイナの嬢ちゃんか」


 日が暮れる頃に詰所に戻ると珍しい来客がいた。

 赤い髪に制服姿だった少女はかつてのアイツによく似ていた。

 年の離れた姉妹でも通用しそうだと思ったが、今はそんな茶化す気分でも無かった。


「お師匠様の所に行っていたのですか?」


 血の繋がりのある叔母と姪であるとはいえ、公爵家に籍が無いアンジェリカを叔母様とは呼べないので、彼女はお師匠様と呼んでいる。

 一子相伝のレッドクリムゾン流を教えているので間違いでは無い。


「……まぁな。ちょっと野暮用で」


 詳しい内容をまだ見習いの彼女に話すわけにはいかないので濁しておく。


「本当は今日、お師匠様に稽古してもらう予定だったのですけれど、体調が悪いと断られてしまいましたわ」


 アイツ、シャイナの嬢ちゃんと予定があったのにあんなに飲んでいたのかよ。酒瓶から見ても家に帰ってまた飲んでたな。

 それについては俺にも非があるか。


「俺が会った時はもう元気そうだったぞ」

「それは良かったですわ」


 俺に張り合って深酒したせいなのは伝えない方がいいな。


「もしかしたら団長さんが来たから治ったのかもしれませんわね」

「それはねーだろ。だって俺殴られて追い出されたし」


 腫れは引いたが、まだズキズキと痛む。

 アイツ、本気で殴りやがったな。


「お師匠様がそんなに怒るなんて、いったい何をしたのですか?」

「別に大した事はしてねぇよ。ただ……」


 事件に関する部分は伏せながら俺はシャイナの嬢ちゃんに今日の出来事を話した。


「……はぁ。これだから男って」


 話が終わると、彼女はゴミでも見るような冷たい視線を俺に向けた。


「な、なんでしょうか……」


 アンジェリカの鋭い眼光とは違う。最恐と名高い悪役なんて闘技場で呼ばれるのも納得の絶対零度の蔑んだ目だった。

 思わず年下相手に縮こまってしまう。


「お師匠様から聞いた昔話と同じ事してますよ団長は」

「昔話?」

「戦争の最後にお師匠様を王都へ送り返した話です」


 昨日も夢に見た出来事だった。

 アレがきっかけで俺達三人の仲は悪くなってしまった。

 大人になって多少は薄れていたと思っていた出来事は今でもアイツの中に強く刻まれていたようだ。


「アレは、あぁでもしないとアイツが突撃するから仕方なくだなぁ」

「では、どうしてお師匠様に突撃させなかったのですか?」

「死にかねないだからだよ」

「それは団長や将軍もだったのでは?」

「そうだけどよ……」


 ぐいぐいと俺を問い詰めるように話すシャイナの嬢ちゃん。

 なんだか副団長に説教されている時と似ていて反論し辛い。


「団長はどうしてお師匠様だけ選別から外したんですか」

「……危ねぇからだよ。アイツがあのまま戦場で死ぬのが心配で外した」

「団長はお師匠様に死んで欲しく無かったんですよね?」

「当たり前だ!アイツと俺はディルも含めてずっと一緒だったんだ。誰か一人でも居なくなるのは嫌だったんだよ」


 あの三人でいる時だけは楽しかった。

 辛くて苦しい戦場で踏ん張れたのも二人のおかげだ。

 二人とも親を亡くして苦しかったのに精一杯頑張っていた。だから俺も負けていられないと思ったんだ。


「それ、お師匠様も同じですよ」

「アンジェリカが?」

「いつもです。お師匠様から剣を教えて貰う時は闘技場ではなく戦場や将軍、団長についての話ばかりですわ」


 そんな事、初めて聞いたぞ。


「団長がお師匠様達を大事に思っていたようにお師匠様も団長達を大切にしていました。そんな中で一人にされたらどれだけ悔しいか。そして心配で悲しいか考えた事はありますの?」

「恨まれる覚悟はしていた」

「結果として生きていたんですから、お師匠様も今はもう恨んでいません。ですが、今回の件はお師匠様にもう一度同じ思いをさせようとしたんですよ?」


 返す言葉が出なかった。

 アイツは俺を恨んで公爵家を飛び出したんだ。今まで持っていた何もかもを放り出して。

 それと同じような事をアイツに押し付けようとしていたんだ俺は。


「そりゃあ、殴られて当然だな」


 剣を抜いて殺されなかっただけマシだった。

 俺はアンジェリカをまた傷つけた。


「……もう合わせる顔がねぇや」

「私がぶっ殺しますわよ?」


 自嘲気味に呟いた言葉に鋭過ぎる反応が返ってきて耳を疑った。


「悪いと思ったら素直に謝れ。相手の本音も聞かずに勝手に決めつけるな。いい年した大人なんでしょ!?そのくらいしっかりしてください!」

「は、はいっ!」


 俺はビシッと敬礼をしてしまった。

 それだけの圧があった。


「返事しましたね。だったら今すぐにお師匠様所に謝りに行ってください。昔の事も、今日の事も包み隠さず素直に自分がどう思っているのか、今後どうしたいのか伝えて折衷案を決めてくださいね!わかりましたか!!」

「イェッサー!」


 のちに騎士団達はこう言う。

 あれは今までで一番綺麗な団長の敬礼と返事でしたと。

 それは俺の知らない話だ。


「副団長。これから団長は不在にしますので、さっきの話はまた今度お願いします」

「わ、わかりましたシャイナ様!」


 副団長以下、騎士団の連中までかしこまっているんだけど、俺の立場がねぇな。

 まぁ、今はとりあえずアンジェリカに謝りに行かなきゃならねぇ。


 俺はお前が嫌いだ。

 強がりなところも、危なっかしいところも。


 ずっと見てきた俺だから分かる。

 俺とお前は同じ場所を見ていたんだ。

 敵わないもう一人の仲間の背中をずっと一緒に追いかけていた。

 俺の隣に立っているのは親友のディルだ。死ぬ時もアイツが一緒なら怖くない。


 だけどさ、俺はお前が死ぬのが怖い。

 あの時だってもしも俺が生きて帰った時にお前が王都で待っていてくれればそれだけで嬉しかった。


 俺の大切なものを、背中を安心して任せられるのはお前しかいないんだよアンジェリカ。








 しかし、俺がアンジェリカの家に辿り着いた時にはアイツの部屋は無人だった。

 テーブルの上には紙が一枚だけ。


『捜さないでください。ーーーアンジェリカより』






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