第6話 ちびっ子伯爵様とぶっ飛びメイド
「書類の整理が終わったら各村への挨拶回り、城でのパーティーに研究成果の確認……」
ある屋敷の執務室。屋敷の主人として仕事をしているのはまだ幼さが色濃く残る少年。
大人用のイスなのでクッションを積み重ねて座っている。足は宙ぶらりんだった。
「仕事が多過ぎるよ……」
少年の名はアラン・エルロンド。つい最近エルロンド伯爵家の当主になった。
父であるイヤソン・エルロンドが病死。母はアランを産んですぐ亡くなったため、家督を自動的に継ぐことになってしまった。
親戚や横の繋がりも少なく、先代のイヤソンがしていた事業のせいで交友の深い貴族が殆どいない。
イヤソンは事業を成功させるための研究で屋敷にいる事が多く、アランとしてはいつも父が居てくれる事に嬉しさを感じていたが、それがあまり良くない事だったと最近になって気づいた。
「へへーい!そろそろ休憩にすんだぞ坊ちゃん!」
そして、仕事とは別の悩みの種が一つ。
「坊ちゃんと呼ぶな。僕はもうエルロンド伯爵だぞ」
「お堅いなぁ坊ちゃんは。そんなんじゃ将来ハゲるんだぞ?」
「ハゲんわ!」
ハーゲ、ハーゲと机の周りで自作のダンスを踊る少女。
身長はアランより頭ひとつ分大きいが、そもそもアラン自体が小柄なので女性としては平均的か。
水色の髪と所々にスリットが入って、設計ミスでもした?と言いたくなるようなメイド服を着ている。
「はぁ……やる気無くなったお菓子食べたい」
「そう言うと思ってホラ!芋!採れたて新鮮だぞ?」
「新鮮なのは見た目で理解したけど調理は?」
差し出されたのはまだ土のついたままの芋。
伯爵家で行っている事業に関係するが、生のまま食べられる食品ではない。
「面白い事を言う坊ちゃんだぜ。メイドは坊ちゃんが作るの待ってるよ」
「そんな気がすると思った。……台所に行こうか」
イェーイ!と盛り上がるメイド。
誰もいない寂しい屋敷もこのメイドと一緒なら騒がしい。むしろ騒がしくてアランは困っているのだが。
メイドが伯爵家にやってきたのはまだアランの父が顔色を悪くしながらも当主として仕事をしていた頃だった。
歴代の伯爵達が集めていたコレクションを質に出さないといけないレベルで財政が傾いていた時代。使用人達が賃金の未払いで次々に減っていった。
そんな中、街へ行ったイヤソンが連れてきたのがこのメイドだった。
『メイドだぞ!よろしくね坊ちゃん!!』
今まで屋敷にいたのは、年老いた老夫婦や昼間だけの子持ちのおばちゃんだけだったので、年がそんなに離れていないお姉さんが来た時はアランも驚いた。
状況が状況だったので、たった一人でも屋敷の仕事を色々とこなせるマルチなメイドなのか!?と期待もしたものだった。
『食い物?とりあえず焼けば食えるんだぞ!』
『洗濯って全部水に浸けて干すだけだぞ!』
『この皿は弱いなぁ。メイドが落としただけで割れたんだぞ!』
結果は真逆だった。
ただでさえアランが屋敷の事に手を貸す異常事態だったのが更に悪化した。
このメイド、見た目だけで中身がポンコツだったのだ。
アランは父に、どうしてこんなの拾ってきたんだ!もっとまともな人間は居なかったのか!と言ったが、住み込みだけで給料が要らないと言われたら黙るしか無かった。
お金は大事。仕事は時間をかけて覚えさせよう。
その結果、アランの家事スキルが上がって、メイドは後始末の掃除だけ上手くなった。
「んー、やっぱイマイチな味だ。80点だぞ」
「それって何点満点なんだ?」
「100点満点だぞ!」
高評価じゃん。十分に美味しいって意味じゃん。
アランも蒸しただけの芋を食べる。味付けはしていないけどしっとりと甘い。
芋といえばバターを添えないと味が薄いのだが、庭で試験的に作っている新種ならそのままでも食べれそうだった。
アランは近いうちに事業に実が生りそうだと思った。
「そういえば坊ちゃん。さっきお手紙が届いたんだぞ!……メイド読めなかったけど」
「簡単な言葉なら読み書き出来るようになったのに?どこからなんだ?」
メイドがたわわな胸から取り出したのは装飾の施された封筒。封をするシーリングに使われているのは王家の紋章だ。
「どこから取り出しーー城から!?」
アランが伯爵になった時以来の城からの手紙だった。
それはそれとして、手紙を収納していたメイドの谷間は謎だ。今もあそこからタオルやらなんやらが出てきている。
急いで中を開いて確認すると、確かにメイドには難しい言葉や言い回しで書いてある。
アランは父の仕事を観察したり、たまに手伝っていたから問題なく読めたが、気になったのは内容だった。
「どうしたの坊ちゃん?難しい顔になっているんだぞ?」
「城からの呼び出しだった。しかも全員強制参加みたいだ」
差出人は国王では無く、王子であるジークから。
何でも全員に周知したい事があるから必ず参加するようにと念を押してある。
何を話すのかは書いていないが、コレは渡りに船だ。
伯爵になって以降、引き継ぎや領内の事で手一杯だったので、初めての他の貴族と共に参加するイベントになるだろう。
これを機に他所の情報を仕入れたり、あわよくば次期国王である王子と仲良くなればいくらか融通を聞かせてもらえるかもしれない。
「付き添い人を一人だけ連れて行けるみたいだから、それまでにしっかり礼儀作法、マナーを覚えるんだ」
「メイドそういうの苦手なんだけど、坊ちゃんのためだし人肌脱ぐんだぞ」
やれやれ、といった様子で了承するメイド。
本来なら慣れない主人をサポートするのが役目なのだが、その辺はアランも諦めた。
とりあえずはこのポンコツメイドに余計なことを言わないようにさせるのと、パーティー中は何もせずに黙って立っておく事を叩き込もうと誓うのだった。
後日。
パーティーの当日にちょっとお高いけど貸し切った馬車で城へ向かうと、大勢の貴族達が既に集まっていた。
「坊ちゃん。二人だけならいつもみたいに馬だけでよくなかった?」
「貴族には見栄が必要なんだ。そもそも本来なら自分専用の馬や馬車を持っているんだよ。うちだって昔は馬小屋があったんだ。今は物置小屋になっているけど」
手痛い出費だが、背に腹は変えられない。
自分の足すら用意出来ない弱小貴族だと舐められては困るのだ。
「それより、城に来たからには約束をしっかり守るんだ」
「わかったわかった。メイドは空気。置物。端っこで飲み食いしながらフィーバータイムだぞ!」
「後半の戯言についてもう一度話し合おうか」
嫌な予感しかしない。
アランは少しだけお腹が痛くなった。自分の事で精一杯なのにどうしてメイドの世話までしなくてはいけないのだろう。普通は逆だよね?
とはいえ、メイド一人で留守番させておくのも恐ろしいので割り切るしかないのが現状だ。
「冗談だぞ。メイドは普段食べられない豪華なご飯さえあればジッとするんだぞ!」
「従者向けじゃなくて貴族用なんだよぁ……。まぁ、頼んでいくつか包んでもらおう」
ちゃっかり空の器を用意しているアラン。
芋料理ばかりだと飽きちゃうからしょうがない。
「坊ちゃん。他の貴族相手に怖くなったらメイドの胸に飛び込んで来ていいんだぞ?その為に今日はノーブラなんだぞ!」
「頭痛くなってきた……」
パーティーの開始前から疲れ切ったアラン達を乗せた馬車は遂に城門を潜るのだった。
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