第4話 訳あり公国の花嫁と最強と呼ばれた将軍様(ディルside)

 

「ちょっと時間いいか?」


 城で行われる定例会議。貴族と騎士団と王とが情報や意見を交換する堅苦しい会議の終了直後にディルは声をかけられた。


「なんの用かな騎士団長殿?」

「他人行儀な言い方はよせよディル。俺とお前の仲だろ?」


 わざとらしくかしこまったディルにやれやれと首を振るのは近衛騎士団の長、マリウス・シルファーだった。

 体躯の良い赤茶色の髪の男で、ディルの学生時代からの友人である。

 今でこそ互いに部下や大きな責任を持つせいで昔ほど気軽に絡む事は減ったが、仲は良好だった。


「場所を変えようぜ」

「この会議場では駄目な案件か?」

「あぁ」


 短く、それでいて真剣な様子のマリウス。

 これは何か厄介事があると察したディルはまだ人の残る会議場を出て、城の庭園の中、人目の無いバラのアーチへと足を運んだ。


「ここなら大丈夫そうだ」

「悪りぃな」

「構わないさ。それで、話というのは?」

「公国についてだ」


 公国。

 そのワードはマリウスに、そしてディルに大きく関わる。

 彼等が今の地位にいるきっかけになった国だからだ。


「戦後処理の途中なのはお前さんも知ってるよな?」

「勿論。賠償金の代わりに向こう十年の関税撤廃に捕虜の全解放、それでもまだ払えきれないって話だったな」

「そうそう。王様が派手に暴れたおかげであちらさんは憔悴しきってる。……今回の縁談もその一つだ」


 議題にも上がった公国貴族の嫁入り。

 両国の友好の為と言われているが、実際は戦争でやらかした貴族の娘を好きにしていいから支払いを少し待ってくれという内容。

 正直、旨味が少ないが表向きの関係修復の為のアピールには効果的な案件だった。


「俺が秘密裏に仕入れた情報なんだが、その嫁入りしてくる相手はファームオル家なんだと」

「あまり聞かない名前だな。大公クラスの家か?」

「いいや。下から数えたが早いくらいの家柄だな。一回目だしまずは様子見に下から……って所だろ。いきなり上層部の娘をはいどうぞとはいかんさ」


 マリウスは懐からタバコを取り出して火をつけた。


「吸うか?」

「遠慮しておく。お前は仮にも騎士団長だろうに。他の騎士達が見ているかもしれんぞ?」

「いいんだよ。トップがだらしなかったら下がしっかりするさ。団長の仕事は王様の護衛だけど意味無いしな」


 実際には国王を体を張って止める係なのだが、それを言っては不憫なのでディルは口を噤んだ。

 その代わりに話を戻す。


「そのファームオル家がどうかしたのか?」

「嫁いでくるのはファームオル家当主の隠し子らしい。妾ですらない遊び相手の子だとさ」

「意味が分からないな。最早人質の価値すら無いではないか」

「そうなんだよ。厄介払い?にしても王国に差し出すのは意味不明だ。何か裏があるんだろうが、公国はウチに喧嘩売るくらいの馬鹿だからかえって考え無しかもしれん。お手上げだ」


 間違いなく嫌な香りはするが、何が潜んでいるかわからない。それでいて無視できない内容ときた。


「普通なら迎え入れるのはウチの下位貴族なんだろうが、どこにするか悩んでてな。最近代替わりした伯爵家とかどうだ?」

「あそこの当主はまだ子供だ。周囲のフォローが無いと領地経営すら任せられないんだ。これ以上厄介事を増やすな」

「やっぱり?……どっかにいねぇかな。都合が良くて問題発生しても独断で対処出来て、あちらさんが喜んで嫁入り先としてオッケーしてくれるような独身貴族様……おやおや?」

「ーー最初からそれが目的か」


 惚けた顔をしてこちらを見てくる友人に拳を一つお見舞いしてやりたい衝動に駆られる。

 昔からこうだ。そのせいで将軍なんていう面倒な役職に任命された。


「マリウスでは駄目なのか?」

「俺は家督継がない自由人だならな。次男坊らしく騎士の地位で満足してんだよ。相手も将軍家なら下手な行動はしないさ。警戒させて時間を稼いで、裏を調べる時間を作ってくれ。後は引き受ける」


 偽りの夫婦生活を送れという依頼。

 友人とはいえ地位はディルの方が上。断る事は出来る。

 ただし、その場合は他の誰かが割りに合わない厄介事に巻き込まれてしまう。


「はぁ。独身貴族同盟も解散のようだな」

「助かるぜ将軍様」

「来季の闘技場の観戦チケットは任せたからな」

「うっ……善処するぜ」.


 いつも貧乏くじを引かされるのは自分だと諦めるディル・マックイーン。

 けれど、公国相手なら後始末は自分達がつけなくてはならない。間違っても戦争を経験していない下の子達に、その更に先に禍根を残さないように。






 やってきたのはどこか冴えない様子の令嬢だった。

 演技なのか、それとも素なのか。

 とりあえずは自由に泳がせてみようとディルは判断した。

 周囲へのアピールも忘れないように休みの日には外へ連れ出した。

 面倒事の代価として用意させたチケットは有効活用した。トップリーグの観戦は毎回人気で将軍としてのコネを使っても抽選券を手に入れるだけで精一杯。

 出所は怪しいが、苦労して手に入れさせたのだから利用しない手は無い。


 嬉しい誤算だったのは、トトリカを連れて行くと彼女の仮面が崩れかけて理解出来ない!といった面倒くさがりな素顔が覗けたような…気がした。


 偽りとはいえ、捜査の為とはいえ、


 初めての結婚生活というのは思いの外楽しかった。


「私は幸せ者だ」


 未だに彼女が裏の顔を見せる事はなく、楽しい闘技場通いや下に控えている王子や公爵令嬢のもどかしい恋愛模様も眺められる。


 このまま時が進めばいいのに……と願った。








 その時が来たのはごく普通の日だった。


「庭園の中に随分と物騒な代物があるわよ将軍」


 毎度恒例の決闘を終えた若人二人にいらぬ世話を焼こうと家に招待した時だった。


「ん?美しい庭じゃなかったか」

「あぁ、ジーク王子は花の種類なんて興味無い方でしたね」

「なんだその言い方は。まるで自分はお花が好きなんです〜とでも言いたいのか?貴様が好きなのは珍しい武器の数々だろう」

「そうですよ。珍しい武器の中には特殊な効果を発揮するのもあるわ。……毒を使った暗器とかね。木を隠すなら森の中、毒花を隠すなら花壇の中というわけね」


 トトリカは紅茶を淹れる為に台所へ行ったのでこの場には居ない。


「なっ!?ならアイツは」

「流石だなシャイナ嬢は。ーー彼女は多分暗殺者だろうな」

「知っていて側に置いているの?」


 眉をひそめてディルを見るシャイナ。

 それが当然の反応だろう。


「裏が取れたのはつい最近だ。彼女の付き添いでやってきた使用人が間諜として捕まって取り調べを受けている。トトリカ嬢もその一員だろう」


 予想はしていた。

 覚悟はしていた。


「将軍。何故そんな危険人物を側に置いている。調べがついたなら即刻捕まえるべきだろう」

「なんででしょうな……今のところ彼女から実害を受けていないから……いや、約束をしたからですかね」


 何度か熱い夜を共にした日、確かそんな日の事だ。


『トトリカ嬢は最近ピアノをよく弾いているな』

『よく見てらっしゃいますね』

『いや。埃を被っていた飾り物が音を出しているのが不思議でね。それに熱心な君の顔が珍しいと思ったから』

『そう言われると恥ずかしいですわ。ただの暇潰しですのに。ーーでも、ちょっと期待しておいて下さい。いつかディル様に聞かせてあげたい曲を練習していますから』


 ーーあぁ、あの時のベッドの上で見た恥ずかしそうな彼女の顔。あの時既に私は……。


「庭園で見た花は一部が抜き取られていたから毒の生成は済んでいるでしょうね」

「俺が犯人で仕掛けるなら今日この場だが、もしかして……」

「ジーク王子にしては勘が鋭いですね。多分その通りだと思うわ」


 来客の二人はヤル気満々だ。

 これ程感が鋭いなら後は任せてもいいのかもしれない。


「トトリカ嬢が戻って来た時に二人には頼みがあるのですが……」










 目論見は成功した。

 毒が入っていたのはディルのティーカップだった。

 ジークやシャイナを狙う可能性があったが、公国の馬鹿が、散々ディル・マックイーンに煮湯を飲まされた連中なら確実に自分を狙うという確信があった。


 遠回しに飲めないと伝えるとトトリカは仮面を捨てて襲いかかって来た。

 しかしジークとシャイナによって防がれてしまい、意識を失った。


「これからどうするつもりだ?」

「まずは騎士団に引き渡して尋問ですな。それが終われば……」

「死刑は免れないでしょうね。私達が目撃者ですし、彼女は将軍の命を狙いましたから」

「暗殺を未然に防げて良かったな。将軍にもしものことがあれば俺は誰を倒せーー目標にすればいいのか困るからな」


 そう、これで良いのだ。

 自らを囮にした作戦は成功した。


 ーーしかし、本当にそれで良いのか?


「お二人共、私からもう一つお願いをしてよろしいでしょうか」







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