第二話 最低で劣悪な感情

 私は普通の高校生だった。目指したいものがあり、仲良しの友達グループがあって、部活とバイトを両立して。だからいじめられてたりとかはなかった。そもそもそんな友達だったら嫌って近づかないし。部活はどんなに辛くても引退まで頑張った。結果は残せなかったけどそれでも満足はする内容だった。平凡というか散文的というか、そんな高校生活を送っていた。至って普通だった。

 私はアパレル会社に勤めることを目指していた。だから部活引退後は服を縫う技術を鍛えたり、こういう服にはこの生地をなんて色々考えたりしていた。充実していた。でも自分の時間を大切にしすぎた結果、少なくなってしまった時間がある。友達との会話の時間だ。

 部活だったら部活中は洋服のことなんて考えないし友達との会話のが多かったから友達との時間なんて考えなかった。部活終わりだって疲れ果てたことを理由に洋服の勉強をせず、友達と近くのジャンクフード店に行ったりした。だから思い返すと友達との時間は長かったのだ。それに気づけなかった。

 先生は私を評価した。帰りのホームルーム、教卓で先生はクラスメイトに対して言った。素晴らしく、評価するべきことがあります。りんさんは放課後部活もないのに被服室やパソコン室を使って一生懸命将来のため洋服の勉強に勤しんでいます。みなさんも燐さんを見習って将来についてもっと努力してみましょう、と。

 内心はものすごく嬉しかった。いや、嬉しい一言で言い表せないくらいの感情が渦巻く。誰かに評価されたいと思ってやってたわけじゃなく、自分が自分の将来を考えてやってたことが評価されたのだから。模範生だと言われたちょっとした優越感、それが私を満たしてくれた。ただ友達から視線は部活をやってた頃とは違い、薄い壁を感じた気がした。

 その日の帰りは足取りが重かったのを覚えてる。重い鎖が身体中を縛り付けるような、長くて動きのはやい蛇が体内を這いずり回るような、気持ちの悪い感覚。初めての感覚。ここから日々奇妙な吐き気のするような感覚を味わってきたと思う。

 グループのメンバーのあの目。まるで高嶺の花を見ているような、捕まった囚人の牢屋を見ているような目。ただその目からは尊敬も侮蔑も感じなかった。感じたのはもうここにはいないんだ、というとてつもなく大きな

虚無。そんな目を彼女達はしていた。

 でもそんなこと考えてたらダメだと思った。自分のことだから。自分の将来のことだから。自分のために……。

 どんどん友達との時間は少なくなった。どんどん少なくなった。どんどん少なくなった。そして友達との時間なんて繋がりは完全になくなった。

 決めたのは私だから後悔なんてしてない。呆れられてるかもしれないし嫌われてるかも知れない。少しは怖かった。そりゃあ仲良しの友達だから。だから授業でグループ活動になったとき思ってることを伝えてみた。「みんなごめん。最近自分のことばっかでみんなとの時間が少なくなっちゃって。でもあの会社にどうしても勤めたいの。」と。

 そしたらすぐ「そんなん大丈夫だよ。りんちゃんはりんちゃんなりに頑張りたいことがあるのは分かってる。だからそんなこと言うなよー。」と笑って言われた。他のメンバーもそうだよそうだよと口を揃えて言った。

 私の思い違いだったんだとホッとして同時にやっぱり優しいなと心が暖かく泣きそうになった。ただやっぱりそんな事を言ってくれたメンバーの目には光がなかった。

 いやきっとそう感じてるだけなのだ。優しいみんなはそんなことない。きっと私が一人だから、不安だから、その不安のせいで私は勘違いしてるだけなのだ。そんな友達の目を見て私は。

 私は愚かになったのだ。

 できることなら絵の具の白みたいに混ざって前みたいに遊びに行ったりしたいというのもあった。でも将来のためには勉強の時間も割きたくはなかった。それとやはりいつもの目が気になった。自分の思い違いだと思う。思うけどやっぱりあの目は引っ掛かる。脳裏に焼き焦がされるようなあの目は。

 あの目を私は嫌いなのだ。

 そして割りきった。これ以上彼女達に勉強の時間を割いたり汚したりすることはない、と。執念深い魔女が持つような黒い意志だった。こんな決断をしたのはとても眩しく胸を焼き焦がすように暑く明るい日だったことを覚えている。

 それからは友達のことなんて考えなかった。その代償にあの辛さを響く抱えるようになった。ある日は四肢が焼けるような感覚がしたり、またある日は喉を太い槍で貫かれたような痛さがしたり。まるでかつて友達と呼んでいた人達が藁人形で私に複数呪いをかけたんじゃないか、と思うほどに。

 作った作品はなぜか黒と白に偏っていた。その時はただ黒と白が良かったのだ。黒と白以外は魅力的ではなかったから。


 全部全部思いだした。私が逃げていたことを、目を逸らしていた全てを、脳裏に焼き焦がされるようなあの目を。

 私が大嫌いなあの日を、目を、色を思い出した。

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