忘れるという業
白野 音
第一話 求めるのは
ピカピカと光る街灯やビルに目をやる。今日もみんな明るい。自分はいつの日かこの綺麗な明るさというものを忘れてしまっていた。
外に出るのだって病院だけ。困ったらネット通販に頼って、どうしようもなければスーパーに行くくらい。だから分かる通り友達なんかいないし、陽の光を浴びることは滅多にない。
ネット通販というのはすごく便利で今は豆腐ですらネットで買える。ますます自分を引きこもらせる原因になっているが、あまりにも楽すぎるゆえ止めようとなんて思わない。
でもたまには外へ散歩に出るのはいい気もする。夜風は冷たくて涼しいし蛍光灯やライトの光もなんだか見てて心を安らげる。夜は散歩に良いかもしれない。昼は絶対に嫌だが。
病院で主治医に言われたことを思い出す。「りんちゃんはこれから長いんだからそんな引きこもってちゃダメよ?たまには散歩とかショッピングに行ってみなさい。そしたら新しい発見とかあるだろうから。」
自分はそんなことない、陽の光なんか眩しくて嫌だと答えた。太陽のせいで汗をかいてベタベタになるの嫌だしなによりあれがあったから嫌だ。でもあれってなんだっけ。
主治医はやれやれと言いたげな顔で、じゃあ夜に散歩とか出掛けるのはどう?と提案したのだった。それで今に至る。
あーあ、世の中化け物がいっぱいいてそれを殺した分だけレベルが上がったりすればいいな。そのレベルで人を敬う度合いが決まるみたいな。そしたら私だって社会に貢献できるのに、などと中学生じみたことを考えながら歩きながらふと前を見ると家のすぐ目の前まで来ていたことに気付く。
家に入る前にポストを見てみると一枚の封筒が来ていた。普通なら考えられない。あったとしても選挙の紙とかなんか分かんない勧誘の紙とか新聞とか。名前は封筒に書いてないけど中に書いてあるのだろうか。急いで手洗いとうがいを済ませ、ソファーに飛び乗り開いてみることにした。
そこのなかには薄い紙が一枚、こう書かれていた。
[色の中で自分は黒が好き。なぜならそれ以上汚れることはないから。
色の中で自分は白が好き。なぜならどんな色にも混ざることができるから。]
字は丸く、なんだか女性らしさのある字だった。どこか見たことあるような特徴的な”はね”。でも丸文字ってだけでほとんど同じか。問題や疑問があるとすればそれ以外はなにも書いてないということだろう。裏もなければ封筒の内側にも当たり前のようにない。今時宛名がない手紙なんてそうそう貰わないだろと思う。
なにも分からずじまいか、とため息をついてそこに寝転びテーブルの上にあるテレビのリモコンを取る。夜中なのに軽快なリズムが流れホップダンス教室番組すぐに消す。なにがポップンミュージックだよ。ゲームか。
病院でもらったレキサルティと不眠症治しの睡眠薬を飲んで寝ることにした。
光が見えた。一筋、いや、いくつもの線になっているようだ。掴もうとしてみる。当たり前のように掴めなければ、何度も起こる落ちるような感覚。気持ち悪い。寝させて欲しい。何度も寝る。何度も落ちる。何度も起きる。繰り返しだった。今日はただひたすら繰り返しだった。
うざい!!なんだこれ。テーブルの上にあった処方されたトローチを口のなかにいくつも放り投げ噛み砕く。落ち着かない。落ち着きたい。なにより怖かった。落ち着けないことが一番の恐怖だった。なにかして落ち着かないと、そう思ってテーブルの上にあったものを引っ張った。開封した手紙だった。それの下には寝る前に見えなかった字が月明かりで薄く反射し文字が見える。[ずっと透明じゃん]と。
見てるとどんどん色んな事が頭に流れてくる。送ったのは誰か。この見覚えある字は誰の字だ。送った理由は。そしてこの手紙の意味は。全部がわからない。分からなすぎて頭がこんがらがって痛くなってくる。
こんな字を書く人なんていくらでもいる。それなのになぜか引っ掛かる。知らない人かもしれないのに。ああ、嫌だ。思考がまとまらない。脳内で考えていたことはいくつも分散してネットワークのような広がりをしていく。どんどん重く痛くなってくる……
起きる。時計は昼12時を指していた。いつの間にか寝ていたんだと分かり、ホッとしたような逃げてしまったような複雑な気持ちになる。手元に目を凝らすと透明じゃんの文字が見える。
透明ってなんだよ。なぜか私に言われてるような気がした。この世界でいるようないないような存在の私。透明じゃんの言葉。
頭に流れ込んでくる。ズバッと頭を切り裂かれて他人の血をドバドバと流し込まれているような不快感、そして気持ちの悪さ。吐き気がしてくる。足先の方は鳥肌がたつ。怖いよ。助けて。
あの日のことがよみがえる。あかるくてまぶしい、あのひのことが。
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