44.魔神の余裕
魔神の剣が振り落とされた正にその一瞬。
ジャンの剣を握る魔神の手首が弾け飛んだ。
剣が自由になったジャンは魔神の振り落とされた剣にを当て、鍔迫り合いの形に持ち込んだ。
が魔神の膂力は凄まじく魔神のひと押しでジャンは吹き飛ばされた。
見た目こそ華奢な侍女の姿だが中身は魔神。
見た目は全く当てにならない。
魔神は手首より先を失った自身の左手を見た。
そしてその原因が外部からでは無く内部より血が爆ぜたと理解した。
「猪口才なジジイだな」
「体を傷つけるは可愛そうじゃが、もう元に戻してやれんでのう」
「くく…既にこの体は我の物がからな」
魔神が嗤うと手首より先が失われた魔神の手より赤い霧が吹き出し、霧が収まった時には元通りに治っていた。
前と違う点は修復された部分の肌の色が赤黒くなったということか。
「もっと必死なれ。その方がより絶望が大きくなる」
ジャンは即座に立ち上がり剣を構え直した。
激しい剣戟の応酬。
その最中、ジジの魔法の援護が入る。
ジジが主につかっているのは水属性魔法だ。
ジジの頭上には水球が幾つも浮かび、そこから水弾を打ち出したり、水の膜を張って防御したりしたりしている。
激しいの剣戟の応酬をしながらジャンは内心舌打ちする。
魔神の持つ剣には生命力を奪う力が付与されている。
魂を食らう魔神らしい能力ではある。
ジャンの退魔の力を込めた剣で受ける分には問題はないが、体に少しでも掠ればじわじわと生命力を削っていく。
たった今。頬にできた一筋の切り傷。
浅い傷だが、付けられた一瞬凄い脱力感を感じた。
その一瞬は致命的な隙きを生んだが、魔神はニヤリとしただけで踏み込みんで来なかった。
(不味いな)
ジャンは内心の焦りを表には出すこと無く魔神に斬りかる。
ジャンは幾つかのパターンを考えていたが今の状況は最も最悪なパターンだった。
魔神本体が封印されたままだったら、眠ったナルシリスから魔神のペンダントを回収し、ペンダントごと再封印すれば済んだ。
また、封印が解けて間もなければ戦闘でここまで遊ばれることも無く封印できただろう。
(しかし負ける訳にはいかない)
ジャンは渾身の一撃を魔神に放った。
『うー、押されてるね』
『ええ、魔神があんなに強いなんて』
アーティアは少し離れた場で結界を貼って見守っているので戦況の不利がよく判った。
魔神にはあからさまな余裕があり、そして闘う二人の隙をついてアーティアに攻撃を飛ばしてくる。
黒い霧の様な塊を飛ばしてくるのだ。
その霧の塊が結界に弾かれる度に、ごっそり魔力を奪われる様な感覚を覚えていた。
本当なら光属性魔法の使い手として、闘う二人の補助をしたいのだが、アーティアもまた結界を維持するだけで精一杯だった。
ジジはアーティアより更に大きな防御結界を張り、更に眠りの魔法を維持しながら戦闘している。
流石にアーティアへの援護は望めない。
アーティアの背後には第二王子がいて、その後ろには第二王子に護られるようにミンティリスがいる。
アーティアの役目は2人を護る事であり、今はジャンとジジを信じるしか無い。
「義姉上、僕の魔力も使ってくれ」
第二王子は無属性魔法<魔力供与>を使ってアーティアの補助をしてくれた。
魔力に少し余裕ができたアーティアはまだまだ頑張れると決意を新たにした。
「つまらぬ」
魔神はこの戦闘に飽きてきた。
だから方針を変更することにした。
光の結界を張るアーティアに絶望を与えるより、目の前のアークサンドの皇子に絶望を与えるほうがやはり楽しそうと思った瞬間の魔神の行動は早かった。
ジャンの斬撃を躱し、ジャンに向かって息を吹きかけた。
ジャンは体全体に衝撃を受けて吹き飛んだ。
同時に魔神が剣をひと振りすれば、ジジの頭上に浮かぶ全ての水球が爆ぜた。
その衝撃にまともに受けたジジ。
厚底眼鏡にピシリとヒビが入りが、ガクリと膝をついた。
吹き飛ばされたジャンは立ち上がれずにいる。
ジジも同様だ。
その様子を満足げに見た魔神はアーティアの方を向きを変えた。
ジャンが何とか顔を上げた時、魔神はアーティア方に向かって左手を突き出していた。
その左手が黒い霧に変化していく。
「や、止めろ!」
ジャンの叫びと同時にその黒い霧と化した魔神の左手がアーティアに向かって一瞬で伸び、黒い霧の抜き手がその胸を貫いた。
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