41.撃たれる前に

 王太子が片手を軽く上げた。

 それが沈黙せよという合図であることを知らぬ者などいない。

 一斉に鳴り止む拍手。

 場が静まったのを確認した皇太子が口を開ことうとした正にその瞬間のこと。


「兄上」


 王太子より早く、第二王子が仕掛けた。


「議会の承認を経て公示されたとは云え公示の時点では兄上はまだ未成年。本来参加権の無い兄上が何故議会に出れたのか、同じく未成年の私は何故出られなかったのか、正当性を欠く議会の決定には継承権第2位の王子として到底承服しかねる。故に兄上決闘を申し込む」


 第二王子ウィリアムの宣言により場は騒然となった。


「ウィリアム貴様」


「兄上が時には大人しく引き下がりましょうぞ」


 ウィリアムは更に王太子を煽った。

 これで理由は兎も角アリドリヒはこの決闘を受けざるを得なくなった。


  そもそも第二王子が王位継承の正当性に疑問を呈したがこれはいちゃもんの類だ。

 王太子には瑕疵がなく、王の補佐として仕事もしている。

 王太子が出席しようがしまいが、議会は王太子を、後継に指名しただろう。

 いや、そもそも世継ぎとして王が認めたからアルドリヒが王太子になったのだ。

 だが、そんなことは承知の上で難癖をつけた。

 全ては公衆の見守る中で決闘に持ち込む為。

 王位を継ぐ王太子が公衆面前で侮辱的な決闘を申し込まれた。

 第二王子は暗に王太子が不正に議会を味方につけたのではと言ってる。 

 王太子と議会の両方への侮辱だ。

 実際の事実は逆で、議会が王太子を呼んだのだが、もうその点は問題では無くなってしまった。

 侮蔑を含んだこの決闘を断れば王太子への、いや新王の威信は傷つく。

 これは最早貴人としてのプライドの問題だった。

 

 何しろ相手は中等部にいる弟だ。

 勝って当然の相手なのだ。


「…ウィリアム。いいだろうその決闘を受けようではないか」


 王太子は皆の拍手を受けた高揚感の最中、プライドを傷つけられ正常な判断が出来ずに決闘を了承してしまった。

 本来であれば今から 王族殺しの犯人として 第二王子、フェリス公爵家の断罪劇が始まる予定だったのだ。

 一度決闘を可とした以上、決着がつくまで断罪することは出来なくなった。


 ウィリアムは感づいていた。

 排除する名目までは判らないが、尊大な兄や女狐がこの日この時に何やら仕掛けてくるだろうという事に。

 だから嵌められる前に仕掛けると決めていた。

 こちらの名目は何でも良かった。

 兎も角決闘に持ち込む事が重要だったのだ。

 それにはこのタイミングはちょうど良かったし、このタイミングを逃せば逆に仕掛けられるだろう。

 直感でそう感じたウィリアムは決闘を申し込んだのだ。


 そしてこの場でこちらから仕掛ける事はジャン達にも相談済だった。

 相談した結果、決闘を申し込むという手段で先手を取るに至ったのだが、これはアーティア側としても魔神の手がかりを得る最後の賭けだった。

 

 気分が高揚しているアルドリヒはナルシリスの方に向くこと無く勝手に決闘を承諾した。

 3歳も年下の弟に負ける筈もないからだ。

 実際、剣術の稽古で何度も手合わせしていて弟の実力は知っている。

 弟を負かすだけで廃せるなら回りくどいことをせずに済むし、罪を着せて死罪にするより、後日病死に見せかけて暗殺する方が外聞が良い。

 ストロンシア王国を同盟一の強国に導き”賢王”と言われる予定なのだから、新たな王の門出を身内の粛清で飾るのは避けたいという気持ちがアルドリヒにはあったのだ。


 かくしてウィリアムの先制は成功した。

 先手を取られたナルシリスは煮えたぎるマグマの様な怒りをなんとか笑顔で隠すので精一杯だった。


(アルドリヒ! 勝手に受けやがって! 計画が台無しじゃない)


 ナルシリスの考えた断罪シナリオは王太子が決闘を受けた時点で使えなくなった。

 そもそも罪がある人物の決闘を受ける事は有りえない。

 だから受けた時点で第二王子は罪人とするのはもう出来ないのだ。

 こんな大衆の前で決闘を受けてしまったのだからアルドリヒが勝つにしてもその後の断罪は不自然になる。

 もし決闘後に断罪などすれば、それこそ陰謀だと思われてしまう。


 こうなっては勝つ事が重要で、害するのは後日改めてとするしか無い。

 そこまで考え、更に怒りが増したナルシリスだったがふと妙案がが浮かんだ。


(ふふ、私としたことが。決闘するのなら決闘の事故として亡くなって貰えばいいじゃない。公爵の方は後回しになるけどそちらは何とでもなるわ)


 そして確実に死んで貰うにはと方法を考え、背後に控える侍女を意識した。

 すると背後に居るはずの侍女が頷いたのが気配でわかった。


「皆、聞いての通りだ。今より決闘を行うので見届けよ」


 ナルシリスが計画の変更を決意し目を細めたその瞬間、王太子アルドリヒが威厳を込めて宣言した。




☆☆☆



 講堂の中央に決闘の為のスペースが開けられ、在学生、卒業生、そしてその保護者がこの決闘を見守るべく囲んでいる。

 決闘の場には3人男がいた。

 決闘を行う2人の王子と1人の老人。

 この老人はジジだ。

 決闘の場にするりと出てきてこの場に収まっていた。

 最初は王太子の背後に護衛として控えていた騎士団長が立会人をする筈だったが、ジジが出てきて公平性を期して学院の者が立ち会うと宣言してしまった。

 なによりここは学院の講堂だし学院内での出来事だからという理由も付け加えられたが、それを何故か周囲がすんなりと了承してしまった。

 王族の決闘に学院の一教員が出しゃばるなど不敬であるのにも関わらずだ。


 もっとも立ち会い人自体は誰が務めようが関係ない。

 ここに居る皆が立会人の様なものだからだ。


 さて決闘が始まるかと思われたが、そもそも対峙する2人の王子は帯剣していない。

 素手での決闘は王族貴族の決闘では有り得ず、必ず剣で行われる。

 するとナルシリスが侍女を連れて王太子の元にやって来た。

 侍女は剣をひと振り持っていた。

 王太子用の剣だ。

 ナルシリスは王太子を激励すると侍女に目配せする。

 侍女は王太子の前に跪かず、直接剣を王太子に手渡した。

 余りに無礼で無礼打ちにされても仕方がない態度だったが、王太子は怒るでも無く無言で受け取った。

 剣を無くとそのまま第二王子を睨みつけた。

 この不自然なやり取りを注意出来る者は居なかった。

 尤も国の未来に関わる決闘という特殊な状況で、皆の意識はそれどころでは無かった。


 ただ1人、立ち会い人を務めるジジだけが厚底眼鏡の下で目を細めたがそれに気付いた者は居ない。


 ナルシリスと侍女は決闘のスペースのより出ず決闘の邪魔にならない程度の位置に下がった。

 それは王太子の婚約者として見届けるという意思表示だった。

 

 さて王太子の方は準備が出来たが第二王子の方は手ぶらのままだ。

 第二王子側の方も婚約者に内定しているミンティリスが恭しく剣を持つ侍女に扮するアーティアを連れてやって来た。


 余談になるが公爵家の養女となったミンティリスは今日が初めてフェリス公爵に会った。

 実は書類上公爵家の養女になったその日に公爵家より侍女が付けられていた。

 今日はその侍女には眠って貰い、アーティアが侍女としてミンティリスの側に控えていたが、公爵は自分の付けた侍女と別人とは気付かなかった。

 侍女に扮するアーティアにとっては、侍女の身分で公爵の顔を見るのは不敬なので父の顔を見ずに済んだのは幸いだった。

 アーティアにとっては父親も心の傷を与えた者だからだ。 


『お姉ちゃん大丈夫?』


『ええ大丈夫。カロンちゃん、有難う』


 カロンの優しさと、カロンが側にいてくれる心強さでアーティアは何とか冷静に侍女になりきることが出来たのだった。


 

 余談は扠置き、今はお互い近くで婚約者に見守られ、決闘開始の合図を待つだけの状況となった。

 ジジは開始の合図を出さない。

 

 周囲も本人達も焦れてきたそんな中、1人場違いな男が乱入してきた。

 男は帯剣している。

 しかし余りに堂々と歩いてくるのと、見守る全ての者がそれが誰か判っているので止める者はいない。


 その乱入者はアークサンド帝国よりの留学生で第二皇子に扮したジャンだった。

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