19.アークサンドの騎士

 リリアーシアの死の真相について王城のよりの書簡が届く少し前の事。

 ストロンシア王国フェリス公爵の元に隣国より来客が訪れていた。


「フェリス公爵殿、今日は急な申込みにも関わらずお会い頂き、有難う御座います。私はアークサンドの騎士ジャン・レイランと申します」


 アークサンド帝国の騎士ジャンと名乗った男は深々とお辞儀をした。

 この面会の申し込みがあった時、公爵は失意の中にあり、出来れば誰とも面会はしたくはなかった。

 しかしアークサンド帝国の騎士と聞き、会うことにしたのだった。

 可能性は低いだろうが、強国アークサンド帝国からの密使かも知れず、機嫌を損ねる事はしたくなかった。

 今日の予定は全てキャンセルにしていたので時間はある。

 だからアポ無し訪問に対し、即日面会という異例の対応になったのだった。

 公爵には誰とも会いたくない思いの一方で、気を紛らわしたい思いもあったのだ。

 やはり娘の死が堪えていた。

 娘を王都から呼び出した時、事情を察し思わず叱責してしまった。

 自慢の美しい娘の顔が爛れてしまい、公爵自身もショックだったし顔を見るのが辛かった。

 だから、娘が修道院で一生を過ごす選択をした後も顔を見たくなくて別邸に押し込めた。

 修道院に出立する日も屋敷から窓越しに見るにとどめ見送りはしなかった。

 そして娘を永遠に失った。

 どうして叱責してしまったのだろう?

 どうして、娘にイライラしてしまったのだろう?

 あの時優しく接していたら、娘は今も生きていたかもしれない。

 その想いが公爵を深い後悔に突き落とすのだった。

 

 尤もリリアーシアの受けた邪法の影響を公爵も受けていた。

 だから公爵も被害者とも言える。

 しかし、後で知ったとしてもそんなことは慰めにならないだろう。

 公爵が娘リリアーシアを突き放した事実はもう消えないのだ。

 娘にしたことは無くなってはくれないし、娘の自殺も無かったことには決してならない。

 この世界に復活の魔法なんて便利なものは無いのだから。



 


「それでジャン殿、はるばる当家にはどの様な用向きですかな」


 憔悴が浮かぶ公爵の表情に帝国の騎士ジャンは内心病気だろうかと思ったが、表情に出すような真似はしない。

 公爵は長く話すつもりもないのだろう、世間話は不要とばかりにいきなり本題に入ってきた。

 だからジャンも本題のみを話すことにした。 


「はい実は、折り入ってお願いがあります。フェリス公爵殿のご令嬢リリアーシア様は光属性魔術に高い素養があるとお聞きしまして、是非ともお会いしたいと思っておりました。差し支えなければご紹介願えないでしょうか」


 その申し出に公爵の顔が僅かに歪む。

 公爵は大声で叫びそうになる衝動を何とか理性で押し込めた。

 しかし、公爵の僅かな表情の変化をジャンは見逃さなかった。

 ご令嬢に関して何かが起こっただろう。

 そう感じたジャンは静かに公爵の言葉を待つ。


「それは………お受けできない申し出ですな」


「そうですか。不躾なお願いをしてしまいました。申し訳ございません」


 急に訪れた上にお願いまでしたのだから断られても仕方が無い。

 申し込んだ当日に会ってくれるだけ厚遇だと言えよう。

 ジャンは非礼を侘びる。


「頭を上げられよ。別にそういう事では無いのだよ」


 悲しみを帯びた静かな声だとジャンは思った。


「娘が元気だったなら紹介しただろう。しかし断念ながら2度とあれに会うことは叶わなくなってしまった」


「それは……」


 公爵の発言にジャンは言葉を詰まらせた。

 ジャンは自分が公爵の心の傷を抉ってしまったのだと思い知ったのだった。

 そんなジャンを寂しげな表情で見つめている公爵。

 その顔は公爵としての表情ではなく、娘を亡くした父親の表情だった。


「そういう事なのだよ。わかってくれたかね」


「知らぬ事だったとは言え、大変失礼な申し出をしてしまいました」


「判っている。いや、そうだ。もし謝意があると言うなら……ジャン殿、一つ頼まれてはくれまいか?」


「何なりと、とは申せませんが出来る限りの事はさせて頂きましょう」


「なに、難しいことではないのだ。花を、あの子に花を手向けて貰えないだろうか。儂には……その……資格が無いものでな」


 自嘲気味に公爵が笑う。

 詳しい事情は判らないが公爵は娘の死に責任を感じているようだ。

 娘に恨まれたまま、先立たれたのだろうか。

 ジャンはそれくらいならばと公爵の申し出に、頷いて応えた。


「そうか……感謝する。この都市より少し北に行った所に陥没湖があってな。娘はそこに眠っている」


 こうして公爵とジャンの面会は終了した。


 

◇◆◇



 公爵に面会した翌日、ジャンはお供の者を4名連れて公爵領都を出発。

 一路陥没湖を目指した。

 陥没湖は領都からさして遠くないと聞き、のんびりと馬で進む。

 天気も良く日差しは温かい、気持ちのいい風も吹いている。

 ジャンは馬の背で揺られながら、景色や日差し、風を楽しみつつも『これでまた一から探さねばならないな』などと考えていた。

 そのうちに思考に没頭してしまう。

 だから、馬が止まって目的地についたことに気付いた。

 ここからは馬を降り、歩きで陥没湖にへ向かわなければならない。

 お供の内の1人に馬の世話を頼み、残り3人を連れて湖面を目指した。

 しばらく歩くと直ぐに湖にはついた。

 そこは奇しくもリリアーシアが湖面に落とされたポイントだった。


 湖は澄んでいるが底は見えない不思議な地形だった。

 湖面に映る景色は美しく、夕暮れ時なら一層美しい景色を楽しめるだろう。

 ジャンはそんな感想を持った。

 が同時に寂しい場所だな、そんな感想も持った。

 それは全てを沈めてしまう、この湖の不思議な力と自殺の名所である事を宿屋の女将から聞かされていたからだ。

 公爵の言葉やご令嬢がここに眠っているという事から、おおよその事情は察せられる。

 だから尚更そう思ったのだろう、とジャンは考える。


 お付きの者たちはどこか緊張した面持ちだ。

 魔の湖の不気味さがそうさせているのかも知れない。

 陥没湖の不思議な力に関して、実際に湖をみるとジャンは不思議と不気味さを感じなかった。

 どちらかと言えば清浄な気が漂っていて陰湿な感じは無い。

 ただただ美しくも寂しい場所、ジャンが思ったのはそれだけだ。


「綺麗な景色ですね。是非貴女にお会いしてみたかったのですが残念です。どうぞ安らかにお眠り下さい」


 ジャンの言葉への返事はない。

 ジャンは黙祷を捧げた後、持参した花を湖に投げ入れる為に崖っぷちまで歩く。


 

 

 そしてその時、背後から剣が抜かれる音を聞いた。

 音は3つ。

 気配も3つ。

 敵の気配は無い。

 いや、敵の気配しか無いと言うべきか。


「お覚悟を」


 よく知っている声が背後より聞こえてきた。


「そういう事か」


「そういう事です」


「まさか全員とはな。人望が無いことだ」


「恨むなら生まれをお恨みになって下さい」


 ジャンは背後の気配が近づいてくるのを感じた。

 だから、ジャンは迷わず陥没湖に飛び込んだのだった。

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