15.密室裁判

 ビニートスが酒に混ぜられた睡眠薬で昏睡している間に身柄を王宮側に引き渡された。

 殺人犯ビニートスはこれより罪を裁かれる事となる。


 平民の裁判の場合、通常は王立裁判所にて裁かれる。

 そして罪を犯したのが貴族の場合は、王城内にある宮廷裁判室にて裁判が行われる。

 どちらも法務省の管轄で、その長は国王に任命された法務大臣となる。


 さてビニートスの現在の身分はフェリス公爵家の騎士を辞しており、フェリス家の庇護化に無いことから平民扱いとなる。

 なので、前述の通り王立裁判所で裁かれるべきなのだがそうはならなかった。

 ビニートスの裁判は特別法が適用され、別の場所で裁かれる事となったのだった。

 

 王立裁判所でも宮廷裁判室でも無い、特別法による第三の裁判、それは御前裁判という。

 王の御前で法務大臣が直に裁判官を務める特別な裁判だ。

 政治的配慮が必要と国王が判断された件に対し開かれる法廷であり、今回10年以上ぶりに開かれる事となった。


 今回の件、国王が御前裁判を決めたのにはそれなりの事情が有る。

 被害者はフェリス公爵家令嬢のリリアーシア・ティアリ・フェリス。

 そして殺害犯は護衛騎士だった男、ビニートス・スラック。


 厳密に言えばは既にスラック家を出奔し平民扱いなのでスラック姓では無い。

 また、ビニートスは出奔時に書き置きをしたのでスラック家が法的に責任を負うことも無い。

 しかし、主家であるフェリス令嬢の殺害となれば、フェリス公爵がスラック家に対し何のペナルティを課さないのはあり得ない話だろう。


 スラック家はさておき、通常の王立裁判所での裁判となれば、情報統制が難しくフェリス公爵、もしくはその代理人が傍聴人として裁判に参加する可能性が高い。

 公爵は普段は領地にいるが、公爵程の人物が情報網を持っていない筈もなく、ビニートスの情報も直ぐに伝わるだろう。

 いや既にある程度の情報が入っているかも知れない。

 また来なかったとしても公平性の観点から傍聴人無しの裁判は原則禁止されている為、第三者を通じてフェリス公爵の耳に入る可能性がある。

 そこで御前裁判だ。

 唯一参加者を厳選出来る裁判、それが御前裁判だった。

 それは即ち、フェリス公爵の耳に入れたくない情報がある事を意味する。


 今回の事件の有力な物証はビニートスの会話が録音された魔道具だ。

 ビニートスの会話の相手は王太子の婚約者であるディアス侯爵家令嬢ナルシリス・サフリーヌ・ディアス。

 つまり今回の事件は王太子の婚約者が関わっているという事。

 そして、裁判の流れによってはナルシリスは法廷に呼ばれることになる。

 結果、フェリス公爵が、ナルシリスへ恨みを募らせるのではないか?それはやがて王太子アルドリヒにも向けられるではないか?

 フェリス公爵家とディアス侯爵家の争いが起こる可能性もある。

 国内だけの話で済めば良いが、最悪フェリス公爵が王国を見限り、アークサンド帝国と手を組むのではという懸念もあった。

 フェリス公爵領は広く、アークサンド帝国とも接しているので一笑に付すことは出来なかった。

 魔族の活動の活発化に対しアークサンド帝国が討伐軍を起こす可能性とそれに伴う小麦の高騰化の問題。

 現時点では可能性の話だが可能性としては低くはない。

 その様な時、国内の塩の生産の約30%を担うフェリス公爵家をこれ以上刺激したくはなかった。


 ストロンシア王国は絶対王政を敷き、王家の権力が絶対。

 王国の貴族家は基本的には王家に絶対服従している。

 しかしそれに胡座をかけばどうなるのか。

 軍事力で反乱は抑えられるかもしれない。

 しかし離反はどうか?

 しかもその相手が王国よりも強国だった場合はどうか。

 実はその可能性があるのがフェリス公爵家だった。

 というのもフェリス公爵家はアークサンド帝国帝室の遠縁に当たるのだ。

 

 元々フェリス公爵家の令嬢リリアーシアを第一王子(婚約時は王太子ではなかった)の婚約者にしたのは、王家とフェリス家の縁を強化するという政治的な意図があった。

 しかし婚約を一方的に破棄し、公爵の顔を潰したのはつい先日の事。

 その様な状況下だった為、この事件は丁寧に扱う必要があったのだった。

 だから、これらから行われる裁判にフェリス公爵は参加していない。

 それどころか参加者はたった5名、国王と王太子以外には裁判官と法務局の本件の担当役人1名、そして罪人ビニートスだけの密室裁判となったのだった。



 

「ルリ、呼ばれる事が無い様に頑張るが一応は此処で待っていてくれ」


「わかりましたアル。ここでお待ちしますわ。行ってらっしゃいまし」


 ここは王城にある貴賓室の内の一室。

 ナルシリスは国王に呼び出され、ここで待機する事になった。

 裁判の展開次第では呼び出される可能性があると国王が判断したのだ。

 御前裁判であっても国王の意のままならない存在がいた。

 それが裁判官を務める法務大臣だった。

 王国の勢力を、国王派、貴族派に分けるとすれば、法務大臣は中立派で決して国王に忖度する判決を出す人物では無かった。

 そしてその様な人物だからこそ、国王も法務大臣に採用していた。

 今回の裁判に関し、国王は事前に王太子から真相を聞いており、だからこそ御前裁判にすることを決定した。

 しかし同時に王太子にこうも言っている。


『もし法務大臣がそなたの婚約者を黒だと言ったら、すまぬが庇ってやれぬ。そなたらと大臣のどちらかを選べ言われたら間違いなく儂は大臣を選ぶだろう』


 それだけ国王は法務大臣を信頼していたのである。

 現在の国王は善政を敷き、国民からの信頼も高い。

 その信頼に、貴族だからと贔屓せず公平に判断する法務大臣は一役買っていたのである。


 余談だが、だからこそ選民意識の高い貴族の受けは良くはない。

 顔もどちらかといえばブサイクだった事もあり伴侶になってくれる貴族ご令嬢は居なかった。

 伯爵家の次男なので独身でも家が困ることはなかったし、幸いにも彼が法務大臣に任命された時既に伯爵家長男は結婚していた。

 色々と気苦労が多く、最近はすっかりハゲ上がっている。



「では行ってくる」


 アルドリヒは婚約者を軽く抱きしめたあと、裁判が行われる会議室に移動した。

 

 御前裁判は内容に応じて行う場所が変わる。

 今回はリリアーシアの死自体が世間に知られておらず、表面上は自殺となっているので秘密裏に会議室で行われる事になった。

 書類上は会議ということになっている。


 アルドリヒが会議室に入ると、中はすっかり様変わりしていた。

 会議室は裁判が行われる言うことで、会議様テーブルや椅子は片付けられていた。

 部屋の最奥である上座は一段高くなっていて国王が座る豪華な椅子が設置されている。 

 入り口側の下座は何も置かれおらず被告人の席となる様だ。

 上座より見て左側に裁判官席、右側に王太子の席が設置られていた。

 王太子と裁判長が向かい合う形になる。

 既に裁判長である法務大臣は席に座らず立って待っていた。

 また大臣の隣に一人、今回の裁判の進行役だろう法務省役人を一人立たせている。

 アルドリヒは大臣の礼を受けると頷き、自身も自分の席に座らずに横に立ち王の入場を待った。

 すると、法務大臣が隣に立たせている部下に何か指示を出した。

 役人は王太子に一礼すると部屋を出ていった。

 さあいよいよ裁判が始まる。

 王太子と大臣は王の入場を待つ。

 暫く待つと扉がノックされ、王城に務める文官の一人が入ってきて王の入場を告げた。





「ご苦労。そなたらも席に着くが良い」


「「はは」」


 王は座に着くと頭を下げている2人に着席を求めた。

 そして2人が席に着くと、大臣が入り口で控えていた文官に罪人を連れてくるよう伝えた。

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