第6話 “優秀な魔法使い”
「俺の魔法とこいつの魔術を一緒にすんなっていつも言ってんだろうが!」
「なにが違うのかお母さん全然わかんない。高位魔法ならともかく、精霊さまや妖精さんのお力を借りる魔法は全部魔法でしょうが」
「自分のなかの魔力を渡すのが魔法! 魔力がねぇから触媒を介して精霊を従わせるのが魔術! 全っ然ちげぇんだよ」
リディアの眉間に皺が寄る。
おかみさんの言う通り、魔法を使えて魔術を学ぶ必要のない人びとからすれば、得られる結果が同じなのだからどちらも同じだという考えが一般的だ。
ただしイルザークという魔法使いから教えを受けている二人からすれば、魔法と魔術を区別するジャンの意見はけっして間違っていない。
「……間違ってないけど! なにいまの言い方!」
「はあ? 魔術も使えねぇやつは黙ってろ」
「うっ、どいつもこいつも本当のことをはっきりと……!」
アデルは「どいつもこいつも」のなかにさりげなーく自分が含まれている可能性に気づいてそっと顔を背けた。
「まるでアデルが無理やり精霊を使ってるような言い方しないでよ!」
「使ってんだろうがよ!〈妖精の目〉は精霊や妖精を屈服させる目だ! その証拠にこいつ祈詞を省略すんだろうが。意思を曲げさせて力を使わせるなんて〈魔王〉とやってること変わんねーよ!!」
ぶわ、とリディアの髪が逆立った。
即座におかみさんが四発目を、今度は拳でみぞおちに叩き込んだものだから、ジャンはまたうずくまる羽目になる。
「魔王と同じだなんて滅多なこと言うんじゃないよ! 全くこの子は」
余程いい位置に入ったらしく、ジャンはカウンターの向こうでしゃがみこんでぷるぷる震えていた。自ら叩かれるような言葉を吐いているから自業自得なのだが、侮辱された張本人のアデルもさすがに不憫そうな目つきになる。
一方のリディアはフンと鼻を鳴らして、おかみさんからパンを受け取るアデルの背中に隠れた。
おかみさんの横に、ひょこっとジャンのとげとげ金髪頭が生える。
まだなにか用かと身構えるリディアを今度は無視して、ジャンはアデルを睨んだ。
「澄ました顔してられんのもいまのうちだからな糞眼鏡……おれは《魔法学院》に入学して、いつかおまえなんか屁でもねぇくらいの偉大な魔法使いになるんだからな」
アデルが口を開く前に、その細い背中にひしっと抱きつきながらリディアは言い返す。
「ハイハイ昔から言ってるよねそれ!『こんな田舎のパン屋継ぐか』ってね。頑張ってねー」
「棒読みじゃねーか! ちげーよ入学許可証が届いたんだよ!」
「へー、そうなんだ。ふーん、頑張ってねー」
「心こもってねーぞバカリディア!」
「いつも意地悪してくるジャンの顔、見なくて済むなんてせーせーする」
「そっちが本音か……!」
《魔法学院》──王都に存在する、魔法使いを養成するための教育機関。
単に《学院》、あるいは創立者の名をとって《バルバディア》と呼ばれることもある。
一定程度の魔力を持った子どものうち、魔法使いや、魔法騎士を志す者が入学し、魔法の腕を磨くために寮生活を送る。魔力を持たないリディアとアデルには縁の薄い話だった。
アデルは小さく息を吐いて、ふんっと子どもみたいな仕草でそっぽを向いているリディアの後ろ頭を小突いた。
「……《学院》には色んなひとがいるだろうし、気をつけて」
「うるせぇんだよ! 陰険眼鏡に心配されるほうが幸先悪いわ」
「ジャンすぐそういうこと言うんだから。孤立しても知らないよ!」
「余計なお世話だわ! とっとと出ていけ!」
「言われなくてもお邪魔しましたー! いーっだ」
「リディア。子どもみたいなことしないの」
年頃の女の子だというのに歯を見せて威嚇しているリディアの襟首を掴み、アデルは心なしか歩幅を大きくして店の出入口に向かった。
「ジャンのばーか!」
「リディアのあほ! 入学して偉大な魔法使いになった俺様に平伏せ!!」
「ジャンに平伏すくらいならアデルに助けてもらうもん! ジャンなんかよりもアデルのほうがずっとずっと賢いんだから!」
「人間モドキなんかに俺が敗けるかよ!!」
「ああああっ! ジャンひどいこと言った! いけないんだ、ザジに言いつけてやるんだから!!」
「もー二人ともいい加減にして……」
二人の激しい言い合いにドアベルの音が掻き消される。
おかみさんは涼しい顔で「ありがとうございました~」と手を振っていた。
ぷくっと頬を膨らませたリディアは、角を曲がってお店が見えなくなったところでアデルをきっと振り返る。
「──もうっ! なんで毎回毎回言われっぱなしなの!」
「毎回毎回言ってるけど、ぼくが言い返す前にリディアが怒るからタイミングを逃してるだけだよ」
「でも! もうっ! ひどい!」
あまりの怒りに頭が真っ白になって、意味のない言葉ばかりが口をついて出た。
〈妖精の目〉の持ち主を指す言葉として、特に差別的なもので「人間モドキ」というものがある。普通の人よりも存在が精霊の側に寄っているということを指して、暗に人間ではないと蔑視する言葉だ。
あまりにひどい。――あまりにも。
「あんな言い方しなくても……。アデルは無理やり精霊さんを従わせているわけじゃないもん。目を見てお願いしてるだけなのに」
「いつものことじゃないか。体質に依るぼくと違って、ジャンはその身ひとつで本当に才能がある。気に食わないのも無理ないよ」
「そんなことない! アデルのほうがずっとずっと優秀な魔法使いになれるよ!」
声を荒げるリディアと対照的に、アデルは静かに瞬いていた。
彼はいつもそうだった。同い年の子が相手であれば、なにを言われたって動じない。リディアのほうが我慢できなくて周りと衝突してしまう。
例え本人が気にしていなくてもアデルに対する侮辱が許せない。
けれどたまに、彼の清々しいほど冷淡な態度を見ていると、相手に噛みつかずにいられない自分がひどく浅慮な生き物のように思えてくる。
「……ココおばぁちゃんのところ、行ってくる……」
肩を落としたリディアに、アデルはなにも言わなかった。
ただ静かにうなずいた。
「わかった。先に戻ってる」
「……ひとりで大丈夫?」
「大丈夫。疲れたらオルガを呼ぶよ」
右脚を引く歩き方のアデルはそのぶん左脚に体重をかけてしまうことが多く、長く歩くことができない。いつもなら二人一緒にのんびりと歩いて往復するのだが、頭に血が上ったリディアは少し一人になりたかったし、アデルは不思議とそのことを察してくれているようだった。
リディアから薬箱を受け取ると、ほっそりとした肩に紐をかけて、かすかに微笑む。
「じゃあ、あとでね」
「うん。……ごめんね」
謝らずにはいられなかった。
そんなリディアの罪悪感さえもすべて解っているとばかりにうなずき、アデルはきびすを返して、ベルトリカの森への帰路を辿りはじめる。
その背中が小さくなるまで見送ったリディアは、眦に浮かんだ涙を手の甲で乱暴に拭って、アデルと反対方向に歩いていった。
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