忍見習いと古狐。

碧木 蓮

灯と神影。

「灯、修行が足らん。このままでは立派な忍にはなれんぞ!」

「じぃちゃんスパルタすぎるんだもん、ついていけないよ……」

「スパルタじゃと!?ワシが見習いの時は、もっとキツい修行じゃったぞ」

「……はいはい、そうですか。その話は聞き飽きました」


 忍の修行なんて、時代遅れだよ。

 この令和という時代に、そんな事をして何の役に立つのか。

 ここは山奥で何もないし。


 私、昔でいう女学生なのに……修行じゃなくて恋をしたい。

 恋愛漫画のようなイケメンが、爽やかに登場して……私と恋に落ちる。


 あぁ、なんて素敵なシチュエーション。

 考えただけでも、ヨダレが出そう。


***


「灯、このままではいつまで経っても上達しない。まずは基礎体力をつける為に、毎日ここから山頂まで往復二回する事。日が増す毎に回数を増やすからな」

「げぇ、酷いよそれは……」

「問答無用。これをもしサボりでもしたら、飯抜きじゃ!」

「えー!?」


 じぃちゃんたら、自分がやった修行を孫の私にまでやらせるって無謀だよ。

 本当は亡くなった両親がこの忍の里の頭領になる筈だった。

 いくら血筋で階級をつけていたとはいえ、全く能力が無い私を後継者にするなんて間違っている。

 私なんかより、もっと実力がある忍が沢山いるのに……。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 まだ山頂が見えない。 

 一往復でもこんなにキツいのに、二往復させるって……どSすぎる。


「……あれ?」


 じいちゃんから借りた地図通りに進んでいたのに、全く違うルートを登っていたらしい。

 小さな洞窟が目の前に現れた。

 休む所が無いし、少し休ませてもらおうかな……。


「……お邪魔します」


 洞窟の奥へ進むと祠があり、同じくらいの古びたお狐様がいた。


「誰も来ていないのかな……。お狐様、少し休ませてください」


 私はお狐様に休憩賃代わりに、お弁当として持ってきたいなり寿司をお供えし、少し休ませてもらうことにした。


「……おい、小娘。ここで寝るでない」

「……ん?誰?」


 誰かが私の体をゆさゆさと揺すり、強引に起こしてきた。

 しっかり目を開けて見てみると、色白の小さな男の子がいた。

 その男の子はこの辺りでは見たことがない銀髪で、とても綺麗な顔立ちをしている。


「やっと起きたか」

「君は誰?」

「我を君と呼ぶとは無礼な。これでも今年で歳が百になるのだぞ」

「百歳!?」

「そうだ」


 どんなに若作りしても、百歳には見えないけど。

 この子、修行中に頭でも打って変になったとか?


「あの……もうここから出ます。さようなら」

「おなごがこのような時間に出歩くものではない。せめて夜明けになってから出立してもよかろう」


 このような時間……?

 スマホの時計を見てみると、時間は19時を過ぎた頃。

 私、昼からずっと今まで寝ていたって事?


「でも、帰りが遅くなるとじぃちゃんが心配するので……」

「そうか、それなら……ここから帰るが良かろう」


 男の子は祠の奥へと進み、洞窟の岩壁をトンッと叩いた。

 すると、ゴゴゴゴ……という音共に、岩が扉のように開いた。


「何それ、凄い」

「ここから里まで帰れる。我は神影、そなたのじぃちゃんに宜しくな」

「はい、ありがとうございます」


 男の子が開いてくれた岩の扉から入ると、長いトンネルになっていた。

 そこをズンズン下っていくと、行き止まりになってしまった。

 でも、この壁は見覚えがある。

 私が小さい頃に落書きをして怒られた所だった。


「もしかして……」


 私は壁の足下にある小さな出っ張りを踏んだ。

 すると、クルッと一回転して外へと出られたのだ。


「やっぱり、ここはじいちゃんが教えてくれた『どんでん返し』だった」


 小さい頃からイタズラっ子の私が、隠れ場所として見つけたこの『どんでん返し』。

 でも出られなくなって、じいちゃんが仕掛けを押してくれて出られた。

 あれ以来怖くて来なくなっていたけど、まさかあの祠からここまで繋がっていたなんて……。


「はぁ……灯、やはりここから帰ってきたか」

「じぃちゃん!?」


 私がここから帰ってくるって予想していたようで、大きく溜め息を吐かれた。

 でも、何故ここから帰ってくるってわかったんだろう?


「灯、すまない。お前が方向音痴だということを忘れておった」

「じぃちゃん、でもちゃんと帰れたよ」

「それは運が良かっただけじゃな」

「運?」

「そうじゃ。この広い山の中、ここに辿り着くなど運が良くなければ出来なかった事じゃからな」

「……そうかなぁ?」


 運が良かったというより、神影のお陰だと思うけど。

 あ、そうだ。


「じぃちゃん、神影っていう男の子がじぃちゃんに宜しくって言ってた」

「……神影」

「うん、小さいのに百歳って冗談も言ってた」

「そうか……。あの方が、灯を助けて下さったのじゃな」


 じぃちゃんが言うには、神影があの祠にいるお狐様らしい。

 じぃちゃんは小さい頃に何度か会って、良く遊んだらしい。

 私には信じられないけれど、もし今度会えたら話をしてみよう。

 勿論、お稲荷さんを持って……。


「さぁ、また明日も修行じゃ!」

「じぃちゃん……元気すぎる」


 私は忍見習い、まだまだ前途多難です。

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