第18話園芸部の悩み


 放課後。私はお昼休みにひと仕事終えた達成感からか、少しだけ・・・いや、かなり疲れていた。

だから今日はもう帰りたい気分なんだけど・・・生徒会と園芸部のお手伝いができるのは、あと2日間しかない。

疲れたなんて言ってられないよね。

私の誠意を見せるためにも、今日も頑張らなきゃね!

そういえばみかさん・・・園芸部のみんなから嫌われて、あの後どうなったんだろう。

一人でも大丈夫だって言ってたけど、あれ絶対に強がりだよね。

心配だな・・・今日は園芸部のお手伝いに行ってみようかな。


 そして私は温室へ来た。

「あら雅子、今日も園芸部に来てくれたの?」

出迎えてくれたのはみかさんだった。

・・・と言うよりは。

「はい・・・あの、やっぱり部員はみかさんだけなんですか?」

私は温室に入ってからみかさん以外の人を探したが、誰もいなかった。

結局あの後も、園芸部の人たちは来ていないみたい。

「部長は来てるわよ。すぐどこか行っちゃったけど。でも他の部員の人たちはお休みみたいね。私に協力しないからって、部活まで休むことないのにね」

みかさん・・・顔は笑ってるけど、何だか痛々しい。

「さてと、せっかく雅子が来てくれたんだから、今日の作業を始めようかな。汚れ仕事になるから、体操服に着替えましょう。温室は暖かいから厚着はしないほうがいいわよ」

「わかりました。頑張りましょう!」

部員の方たちがどういう理由で協力を拒否したのか、それはわからない。

だけどきっかけが私なのは間違いないわけで、その分私がみかさんのお手伝いをして、穴埋めしなきゃ!

私は意気揚々と温室に設けられた小屋に入り、みかさんと一緒に着替えようとして、服を脱いだ。

ーーその時だった。

「きゃああああああっ!!!」

バシッバシッ!!

「い、痛いっ!何で殴るんですかみかさん!?」

「あ、あなた何でじゃないでしょ!どうして私と普通に着替えてるのよ!?」

「えっ?え?」

「えっじゃないっ!あなた男でしょ!!私の着替え堂々と覗かないでよ、この変態!!」

「あ・・・ああっ!そういえば!」

「そういえばって・・・」

「で、でも教室では一緒に着替えてるし、今さらじゃないですか。私は気にしません」

「あなたが気にしなくても私が気にするの!私、本当は教室でも一緒に着替えるの恥ずかしいんだからね。それなのに酷いよ、雅也さん・・・」

「うっ」

目に涙を浮かべながら抗議するみかさんを見て、オレは久しぶりにみかさんを女性だと強く意識した。

た、たしかに今のは酷いよな。みかさん、恥ずかしがってるのに、オレは・・・

「ご、ごめんみかさん!外で着替えてくる!」

そう言ってオレは慌てて小屋を後にした。

「もう。遅いわよ、バカ・・・」


 着替えを済ませた後、みかさんにシャベルを渡され、作業を開始した。

最初はギクシャクしてたけど、園芸中のみかさんは真剣そのもので、次第にいつもの関係に戻っていった。

「うんしょ、よいしょ・・・」

「んしょっ・・・雅子、そこの土は柔らかいから、根を傷めないように注意してね」

「はい、こんな感じですか?」

「そうそう、その調子。あっ、そこはあまり肥料まかなくていいから、別のとこに使って」

「了解です。んしょ・・・このぐらいかな?」

「んっしょ、よいしょ・・・」

「あの・・・みかさん。ちょっといいですか?」

「んしょっ、なに?根っこ傷つけちゃったの?」

「いえ。そうじゃなくて、この作業って園芸部としてのお仕事ですよね?」

「そうだけど、それがどうしたの?」

「園芸部の作業も重要なのはわかりますけど、桜花祭の準備はしなくていいんですか?」

「ああ、それならこれも作業の一環だから、気にせず続けていいわよ。桜花祭でどんな催しをするかも重要だけど、まずは綺麗なお庭を見せるのが一番だからね」

「それはそうでしょうけど、でも・・・」

「雅子は私が一人だから、準備が間に合うかどうか心配してくれてるのね。大丈夫よ。こっちは生徒会と違って余計な仕事はないんだから。それに部長もいるから何とかなるわよ」

けど実際に作業を体験して、園芸が意外と体力を使うのだと知った。

本当にこの先も一人で・・・いや、部長を入れてもたった二人。大丈夫なんだろうか?

その部長でさえ、姿が見えないっていうのに。

そしてやがて日が暮れた。

「ふぅ・・・今日はこのくらいでいいかな?お疲れさま雅子。汗びっしょりね」

「みかさんこそ。冷えるといけませんから、早く着替えて帰りましょう」

そこへ、部長がやってきた。

「あれ、もう終わっちゃったの?ごめんね遅くなっちゃって」

「部長!?」

いったい、今までどこで何をしてたんだろう?

「今日はどこへ行ってらしたんですか?」

みかさんが尋ねる。

「うん。ちょっとさぼってる部員たちを呼びにね。でもみんな桜花祭が終わるまでは来ないって。これを機会に園芸部をやめるって子もいて・・・まぁ、説得は難しそうね。彼女たちの協力は諦めた方がよさそう」

「そうですか。すみません、部長。私のせいでご迷惑をおかけしてしまって・・・」

「ん?」

「み、みかさんのせいじゃないですよ!元はといえば私が原因でこうなったんだから、悪いのは私です!」

「ちょ、ちょっと二人とも、そんなに謝らないでよ。今回の件は勝手に休んだ部員たちが悪いんだから。私は怒ってないわ」

「でも勝負のことがなければこんなことには・・・」

「何言ってるの。桜花祭のことなんてただのきっかけで、園芸部がバラバラになるのは時間の問題だったじゃない」

「えっ、時間の問題・・・だった?」

「ああ、雅子ちゃんは去年休んでたから、知らないんだっけ?去年の茶話会でね、ちょっとした事件があって、それから園芸部は上手くいかなくなってたのよ。だから部がバラバラになるのは時間の問題だった。それが今回の件で表面化しただけで、いつかはこうなる運命だったのよ」

「そ、そうだったんですか。去年の事件が原因で・・・」

去年、一体何があったんだろう?

説明を求めるようにみかさんに視線を向けるが、目を合わせてくれなかった。

どうして?私には話せない内容なのかな。

何だか園芸部って、知れば知るほど謎が増えていく気がする。

みかさん、本当に大丈夫かな・・・


 翌朝。私はベッドから体を起こすと、眠気まなこをこすり、カレンダーを確認した。

5月16日金曜日、今日は週末ーー。

生徒会か園芸部かを選べるのは今日で最後になる。

まだどっちを手伝うかなんて決めてないけど、後悔しない一日にしなきゃね。

そして教室に入る。

「ごきげんよう、みなさん」

私は入るなり元気に挨拶をする。

するともう顔なじみになったクラスメイトの方たちが、笑顔で挨拶を返してくれた。

でも・・・

みかさん、どうしたんだろう?

すぐ隣にいる私に気づかないで、机に突っ伏したままずっと頭を抱えて考え込んでいる。

「なにか悩みごとですか?」

「きゃっ!?ま、雅子、来てたんだ・・・」

「どうしたんですか、ずいぶん考え込んでたみたいですけど」

「うっ・・・いや、その・・・な、何でもないような。あるような・・・」

みかさんは言いにくそうに口をもごもごさせながら、困った顔をしている。

私はそれを不思議な気分で眺めていたが、しばらくしてみかさんは一度うなずくと、決意を固めて話し始めた。

「ええい!もう今さら気取っても仕方ない!雅子、お願いがあるんだけど、来週から園芸部を手伝ってくれそうな子、紹介してくれない?」

「ええっ!で、でもみかさん園芸部は大丈夫だって言ってたのに・・・やっぱり無理なんですか!?」 

「うっ・・・ち、違うのよ。最初は友達に手伝ってもらう予定だったんだけど、その子たちがみんな麗華さまと対立するの恐がって。やっぱり二人だけじゃあもう、どうしようもなくて・・・だからお願い!あなたにこんなこと頼むのは色んな意味で間違ってるけど、誰か紹介してくれない!?」

「そ、そんなこと言われても、私は“斎藤雅子”なんですよ?」

「それはわかってるけど、もう頼れる人があなたしかいなくて・・・」

「みかさん・・・」

みかさんがここまで必死に“私”に協力を頼むなんて、もう本当に協力者がいないんだろうな。

だけど、私が頼める子なんて、この学園のどこにも・・・

そこで中庭の2人が脳裏に浮かぶ。

あっ・・・いた。だけど・・・

「だ、ダメダメ!あの2人は巻き込めないよ」

「雅子、心当たりがあるの!?」

「い、いえ!私に心当たりなんて、全然ーー」

その時だった。

今日のドアが開き、誰か入ってきた。

「おほほほ!聞きましたわよ雅子さん。あなた園芸部の方たちに逃げられたそうですわね」

「げっ・・・天音さん、何しに来たんですか?」

「ふふふ、別に用はありませんわ。ただこのクラスに麗華さまに逆らったあげく、部員たちから見捨てられた憐れな方がいると聞いて見に来ましたの」

「うっ・・・」

「みかさん、馬鹿なことをしましたわね。くだらない意地のために麗華さまを敵に回すなんて、思慮が足りませんわ。まあ所詮雅子さんの友人ということですね。もっと人を見る目を養いませんと、白井家もあなたの代で潰れますわよ」

「天音さん!さっきから黙って聞いていれば、あなたって本当に失礼な人ですね!用がないなら帰ってください!」

「な、なんですの。今日はやけに反発しますわね。言っておきますけど、こうなったのは麗華さまと対立したみかさんが悪いんですのよ!ですからわたくしは、二度と同じ不幸が起きないよう、みなさんに啓蒙するためにこうしてーー」

「はいはい。もういいですから出てってください。私達、今とーっても大事な話をしてますから!」

「な、なんですのその態度!あなた次期会長に選ばれたからって、二条院の娘であるわたくしを馬鹿にしていいと思ってますの!?」

「天音さん・・・前から言おうと思ってたんですけど、そんなに私が気に入らないなら、ご自分で会長に立候補したらどうですか?」

「えっ」

「平民の私なんかより、天音さんの方がよっぽど会長にふさわしいんでしょう?だったらもっと堂々と戦いましょうよ。私、天音さんのネチネチした態度には、もううんざりです!」

「なっ・・・・くっ・・・」

今になって次期会長の座をかけて勝負するなんて、かなり面倒なことになりそうだけど、私は我慢の限界だった。

ただでさえ部活のことで困ってるみかさんを追い詰めるような真似をして、もう許せない!

いい加減、決着をつけてやる!

「わ、わたくしはその、会長になるなんて・・・そんな資格ありませんわ・・・」

「へ?」

「生徒会長なんて・・・わたくしには・・・」

あ、あれ?あそこまで言えば、天音さんならてっきり噛み付いてくると思ったけど・・・どうしたんだろう?

意気消沈、肩をがっくり下げて目もうつろになってる。

会長になる資格がないって、一体・・・そういえば麗華さまも、役員を断られたとき同じ理由をあげてた気がする。

「天音さん、資格がないってどういうこと?」

「そ、それは・・・な、なんでもありませんわ」

「でも、さっきまでやる気だったのに、急にーー」

「う、うるさいですわね!とにかくこれに懲りたら、園芸部は二度と麗華さまに逆らわないことね!わたくしはいつでも見てますわよ!生徒会に逆らった人は、酷い目にあうんですから!」

天音さんはそう言い残して教室を出て行った。

「あ・・・行っちゃった・・・」

相変わらず勢いばかりで、良くわからない人だ。

でも、あそこまで麗華さまに心酔してるなら、本当に次期会長になればいいのに・・・

資格がないって、どういう意味?

「はあ・・・誰かいないかしら」

「みかさん・・・」

普段あれだけ口喧しいみかさんが、天音さんに全く反論しなかった。

多分、そんなことする気力もないくらい、本気で悩んでるんだろうな。

私に何か協力できればいいんだけど・・・園芸部の協力者かぁ・・・

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