花と乙女の輪舞曲

いもサラダ

第1話初めての女装

 俺は鏡の前で学園に行く準備をしていた。

ウィッグはずれてない。制服もバッチリだ。

「よし、これで完璧。どこからどうみても俺はーーいけない、いけない。ちゃんと一人の時でも私って言わなくちゃ。ボロが出たら大変だからね。これでどこからどうみても私は雅子ね」

この私、斎藤雅也がなぜ女装しているかと言うとーー

つい、先日のこと。

「えっ!?雅子が退学!?」

両親から話があると言われ、リビングに呼び出されていた。

「ああ、去年はほとんど学園に通えて無かった上に、新学期になった途端、雅子はまた入院してしまった・・・。そして、留年した生徒は大体退学してしまうそうだ。雅子も留年するなら退学すると言っている」

父が事情を説明してくれた。

「そんな、雅子のやつ、やっとのことで桜陵に入ったのに・・・それに、今度の手術で雅子は良くなるんだろ?」

「そうだな。しかし、手術までの間はどうしても入院しなくちゃならない。それでは出席日数が足りない」

「そんな・・・」

俺が落胆していると、母が口を開いた。

「そういえば雅也、あなた雅子にホントそっくりね〜」

「えっ?そりゃまあ双子だから・・・」

「あら、こんなところにウィッグが。これを着けてちょっとお化粧したらもう完全に雅子ね」

すると父も口を開く。

「そうだなぁ。誰も雅也だなんて思わないだろうなぁ。だけど雅也、間違っても雅子のかわりに桜陵に通おうなんて思っちゃ駄目だぞ?」

「そうよ、絶対にそんなことしようなんて思っちゃだめよ?ここに雅子の寮の部屋の鍵があるけど、退院まで雅子のかわりに通うなんてダメよ?」

両親の言いたいことはよくわかった。

雅子のためだもんな。

こうして俺は、週に1回、自分の学園『菊花学園』に通いながら、妹の学園『桜陵学園』に雅子として通うことになった。

あらかじめ、学園のこと、寮のこと、友人のことは詳しく聞いて頭に叩き込んでおいた。

登校初日、私は寮のお弁当を受け取り、学園に向かった。

そして桜陵学園に到着した。

私が今日から通う、この『桜陵学園』は伝統ある女子校である。もともと通っていた男子校である『菊花学園』とは姉妹校だ。

学園に入り教室を探しながら、しばらく歩くと、綺麗な薔薇園があった。

「完全に迷ったわね・・・誰か人がいないかしら」

そこで、言い争いをしている二人に遭遇した。

「もう時間がないってのにどうするつもりなの!?」

「だから、相応しい子がまだ見つからないのよ。しかたないじゃない」

とりあえず、ケンカをやめるよう仲裁に入ることにした。

「あの・・・」

私が話しかけると、二人が振り向く。

一人は長い黒髪のすらっとしたなんとも整った顔の女性。あまりの美しさに見惚れるほどだ。

もう一人は、ショートカットの髪のボーイッシュな女性。

「あら、あなたは。何かしら?」

黒髪の女性が答えた。

「ケンカはやめてくださいっ」

私は叫んだ。

「ん・・?ケンカ・・・?ぷっ、ふはははっ」

ショートカットの女性が突然笑いだした。

「あたしと麗華がケンカかぁ、そりゃあ面白いっ!」

「えっ?あのっ」

私が困惑していると、麗華さん?と呼ばれる女性が話しかけてきた。

「美鈴、そんなに笑っちゃ失礼じゃないの。あなた、見ない顔だけれど?」

「あっ、はい。私、斎藤雅子っていいます。あの、つかぬことを伺うのですが、2年3組の教室はどちらでしょう?」

「あら、あなた転校生なの?なら私が案内するわ。美鈴、そういうことだから」

「あっ、ちょっと麗華?話はまだーー」

「さあ、行きましょう」

そう言われ、教室まで案内してもらえることになった。

その道中・・・。

「あなた、どこの学園から転校してきたのかしら?」

麗華さんに話しかけられた。

「いえ、転校生じゃないんです。ただ迷ってしまっただけで・・・」

「えっ?転校生じゃないのに自分の教室がわからなかったの?面白い子ね。さあ、ついたわ」

「あ、ありがとうございます!あの、よかったらお名前を伺っても?」

「あら、私に聞いているの・・・?ますます面白い子・・・。3年の九条麗華よ。また会いましょう、雅子」

そう言うと、優雅に去っていった。

「九条・・麗華さま・・・」

この学園では上級生は様づけするのが慣習らしい。

そして、私は教室に入る。

幸い、雅子はほとんど学園に通っていないのでクラス内に友人はほぼいない。

しかし、仲の良い友人が二人いる。

活発なポニーテールの女の子、『白井みかさん』昔一度会ったことがある。それと大人しい長髪の女の子『佐藤院麗子さん』だ。

すると、さっそく話しかけられた。

大人しい長髪の女の子だ。

「おはようございます、やっと通えるようになったのですね」

たしかこの子の名前はーー

「おはようございます、佐藤院、麗子さん」

「はい、お元気になられたようでよかったです」

よかった、合っていた。

たしか、私の席は窓際の前から二番目・・・。

そして、私は自分の席に着く。

すると教室に誰か入ってきた。

「みんなおはよーって・・・あーっ!」

ポニーテールの女の子が私を見るなり駆け寄る。

「雅子〜っ!もうっ、退院したんなら教えてよねーっ!心配したんだからねっ!」

いきなり抱きついてきた。

ああ、女の子って柔らかい・・・そうじゃなくって!

「あの、おはようございますみかさん。あの、できれば少し離れてもらえると」

「え〜、なんでよぉ、いつものことじゃない」

いつもなんだ・・・。

すると麗子さんが口を開く。

「あの、みかさん、雅子さん病み上がりですから」

「あー、そうだったわね。雅子ごめんね」

そう言うとみかさんが離れる。

なんとかバレずに済んだみたいだ。


 そして、午前中の授業が終わり、お昼休み。

みかさんは同じ寮だからお弁当のはずだったんだけど、昨夜お弁当箱を返却するのを忘れたとかで学食らしく、授業が終わるとすぐに教室を出ていった。

麗子さんは実行委員会?があるとのことで、麗子さんも出ていった。

しかたなく、私はお弁当を持って中庭にでも出てみることにした。

中庭に出ると、円形の屋根のついたガーデンテラスのような場所があった。

「あそこがいいかな」

そして、そこに行くと先客がいた。

少し小柄で大人しそうな一年生らしい女の子が本を読んでいた。

「あの、ここ座ってもいいかしら?」

とりあえず話しかけてみる。

「はい、どうぞ」

女の子は返事をするとまた視線を本に向けた。

私はお弁当箱を開くと、食べ始める。

すると、女の子はちらちらとこちらを見てくる。

「あの、よかったらあなたも食べる?」

お腹空いてるのかと思って尋ねてみた。

「いえ、私は大丈夫です・・・」

空腹なわけではないらしい。

「あなた、いつもここで本を読んでいるの?」

「はい・・・私、友達いませんから」

「そう、なら私と同じね。私もあんまり友達っていないんだ。ずっと入院してたからね」

「・・・・」

返事がない。

「お話するの・・・苦手?」

「はい・・・だからお友達もできなくて」

そこで、私は一つ提案する。

「だったら、お友達ができるまで私とお話する練習してみない?」

「いいん・・ですか?」

「もちろん。私もお話したいって思ってたし。あ、自己紹介がまだだったね。私、2年の斎藤雅子」

「私は・・・黒峰水純です。1年です」

「水純・・・ね。よろしくね」

そして、お昼休みは水純と少しずつだけどお話することができた。

後から考えたら、雅子の知らないところで勝手に知り合いを増やしたのはまずかったかも。

キーンコーンカーンーー

余鈴がなる。

「じゃあ、またね。話せて楽しかったわ。よかったら明日もお話しましょう、水純」

「はい・・・ありがとうございました。雅子さま・・・」

そして、教室に戻る。

「もう、どこ行ってたのよ雅子。次は体育なんだから急いで着替えないとっ」

入るなりみかさんが話しかけてくる。

そうだった。次は体育だったーー

「体育ーっ!?」

「そうですよ。さあ、参りましょう」

思わず叫んでしまった。

体育ということは着替えなければならないわけで。

覚悟を決めて更衣室に向かった。

幸い、私達3人以外は着替えを済ませたみたいだった。

とりあえず、二人に背中を向けながらさっと着替える。

見られてはいないようだ。

「ちょっとみかさん、やめてくださいっ」

麗子さんの声が聞こえた。

「いいじゃないの〜、減るもんじゃないんだなら〜」

見ると、みかさんが麗子さんの胸を揉んでいた。

「ほら、雅子も触っちゃいなさい!雅子も大きくなるわよ?」

別のところが大きくなりそうだ。

「わ、私は結構です!てゆうか、急がないとっ。チャイムなっちゃいますよ!」

私がそう言うと、みかさんと麗子さんも着替えを済ませた。

そして、なんとか難関の着替えも乗り切り、放課後になった。

「雅子、今日部活でるでしょ?」

「あ、はい。いきます」

雅子は園芸部だ。花が昔から大好きで俺が見舞いにあげたチューリップの花も大事に病室に飾ってある。

とりあえず、花に水をあげているとーー

「ちょっと雅子、それじゃ足りないわよ?」

「へっ?」

「シャクヤクの鉢は乾かないようにもっと土に水をあげないと」

「あー、そうだったわね、ごめんなさい」

「・・・・??」

少しみかさんが不思議そうな表情をした。


 そして帰り道、薔薇園に麗華さまがいた。

どうやら下級生と話しているようだ。

「す、すみません麗華さま!今度は必ず時間までに終わらせますから!」

あれ・・・あの子泣いてるの?

仕事でミスでもしたのだろうか。女の子は目を真っ赤にして麗華さまに謝っている。

しかし、麗華さまは、そんなこと関心なさそうに、無表情で手元の書類を整理していた。

その冷淡な態度が、怖い・・・。

「あの、他にお仕事ありませんか?私、麗華さまのためなら何でもします!」

「そう・・・じゃあ今度はこの書類を18時までに処理してくれる?」

「え、この量をですか?」

「そうよ、至急お願いね」

そう言うと山のような書類を渡そうとする麗華さま。

だが女の子は、そのあまりの量に顔を青くさせ、書類を受け取らないまま固まっていた。

当然だ。18時まであと一時間しかないのに。もし、判子を押すだけだとしてもあの量は多すぎる。

麗華さまは本気であの子にやらせるつもりなのだろうか?

これじゃあまるで・・・イジメだよ。

「あの、流石にこの量は、その・・・」

「できないの?なら前期の予算について、書類の提出が遅れている部に催促してきて。従わない部があったら、部長に反省文を書かせなさい」

「えっ!そんな、1年の私が3年のお姉さま方に反省文を書かせるなんて・・・む、無理です」

「生徒会の仕事に学年なんて関係ないでしょ。そんなことも出来ないなら、あなたに仕事はないわ」

「え・・・」

「もういいから、今日は帰ってちょうだい」

「あ、あの!私、それ以外のことなら何でもしますからーー」

「あなたにできる仕事はないと言ったでしょう。私も忙しいの。今日は帰ってちょうだい」

「ーっ!」

麗華さまに冷たく言い捨てられ、女の子は涙をこらえながらその場を走り去る。

「麗華さま、酷い・・・」

一部始終を見ていた私は、思わずそう漏らしてしまった。

確かにあの子は、少し消極的で役に立たなかったかもしれない。

でも、必死で努力しようとしていたのに、役に立たないから帰れだなんて、酷すぎる。

麗華さまは迷子の私を助けてくれたから、もっと優しい人だと思ってたのに・・・。

「きゃあっ!」

その場で考え込んでいた私に、さっきの女の子がぶつかってきた。

お互いに気付かなかったため、派手に尻もちをついてしまう。

「い、いたたぁ・・・」

「あっ!す、すみません!私、前を見てなくて」

「い、いいのよ。私もぼーっとしてたから、おあいこね」

「でも、私が前を見てなかったから・・・あスカートが汚れちゃってる」

女の子は慌ててハンカチを取り出すと、私のスカートの汚れを払ってくれた。

「ありがとう。ごめんね、ハンカチ汚しちゃって」

「いえ、私はこんなことしかできませんから・・・」

女の子は深々とお辞儀をすると、寂しそうに庭園を後にした。

すごく・・・良い子だったな。思いやりがあるところが雅子に似てたかもしれない。

あんな優しい子に辛く当たるなんて・・・麗華さまはなんて冷たい人だろう。

私は女の子の背中を見送りながら、ふつふつとこみあげて来る怒りを抑えきれなかった。

私は今、斎藤雅子だから、余計なことに首を突っ込んじゃいけない。

それは分かってる。だけど・・・あんな顔を見たら!

「ごめんね、雅子」

足が自然と薔薇園へと向かっていく。

これから私がすることは、おせっかいで偽善的で、ただの自己満足かもしれない。

でも、私はあの人に、どうしても一言言わずにはいられなかった。

「麗華さま、失礼します」

「あら、あなたは確か、雅子だったわね」

「はい、失礼かと思いましたが、先ほどのやり取り、見させてもらいました」

「・・・・」

「酷いじゃないですか!どうしてあんな言い方したんですか!?あの子、一生懸命、麗華さまの役に立とうとしてたように見えました。それなのにあんな言葉で突き放すなんて・・・麗華さまは、酷いです!」

私は怒られるのを覚悟して、怒りを込めて麗華さまを睨んだ。

しかし、返ってきた反応は意外なものだった。

「あんな言葉?待って、どういう意味?あの子が泣いたのは私のせいなの?」

「な、何をそんなわかりきったことを!今更惚けないでください。麗華さまがあの子に、使えないから帰れなんて言ったからあの子はーー」

「待って!」

「えっ?」

「そこよ。そこがおかしいわ。私はあの子に一言も、使えないから帰れだなんて言ってないわよ」

「なっ、い、今更そんな言い訳ーー」

「私が言ったのは『仕事がないから帰って』よ。使えないなんて口にしてないわ」

「えっ?で、でもあの言い方じゃ、誰が聞いても『使えないから帰れ』にしか思えないんですけど・・・」

「・・・」

「・・・」

何故かしばらく沈黙が続いた。

おかしい・・・・何かがおかしい。

私はてっきり余計な口出しするなとか、下級生のくせに生意気だとか言い返されちゃうかと思ってたんだけど。

もしかして・・・もしかして麗華さま、本当に自分が原因であの子が泣いたことに気付いていない?

「ねぇ、雅子。実は私、以前から気になっていたことがあるんだけど、聞いていいかしら?」

「は、はい」

私は麗華さまに文句を言いにきたはずなのに、気付くと何故か直立不動で返事をしていた。

「もしかして・・・もしかして、なんだけど。私の言い方、ちょっときつかったかしら?」

「えっと、ちょっとどころか、かなりきつかったと思いますけど」

「じゃあ、あの子が泣いたのは私が原因?」

「き、気付いてなかったんですか!?」

「・・・・」

気まずそうに視線をそらした態度が、肯定を意味していた。

し、信じられない。あれで気付いていないなんて・・・。

私は脱力のあまり、危うく膝をつきかける。

「そうだったのね。だからあの子達は、いつも急に来なくなったのね」

麗華さま・・・今、あの子達って言ったの?

犠牲者は、あの子だけじゃなかったんだ。

「あの、私がこんなこと言うのは変ですけど、今度からもう少し柔らかい言い方をした方がいいですよ?さっきの子もすごく傷ついてましたし、麗華さまのためにもならないと思います」

「うっ・・・わ、わかってるわ!でも、私の言い方がきついと感じたなら、みんなそう言えばいいじゃない!」

「それは、多分ですけど。みんな麗華さまが怖かった・・・もとい、尊敬してたから言えなかったんだと思います」

「尊敬ねぇ・・・」

私の言葉に、明らかに不満気な麗華さま。

何だか思いもよらなかったが、麗華さまに悪意があったわけじゃなさそうだ。

何だか拍子抜けした。

でも、麗華さまが怖い人じゃなくてよかった。

「あら?それなら、ちょっと待って」

「はい?」

「尊敬してたから意見が言えなかったということは、今私に堂々と意見した雅子は、私を尊敬してないということね?」

「えっ!?そ、そんなことないですよ!私が言いたかったのは、つまりその・・・」

「ふふふ、冗談よ。どうやら私にも反省すべき点があるようね。あの子には後で謝っておくわ」

「そ、それならいいんですけど」

わざわざ私をからかわないで欲しいな。麗華さまの冗談は心臓に悪いよ。

すると、背後から話しかけられる。

「ま、雅子・・・?何してるの?」

「みかさん!?」

「あら・・・あなたたしか白井の」

「お、お久しぶりです麗華さま。白井みかです」

「久しぶりね。高柳家の茶話会で会って以来かしら」

「はい。あの時は満足な挨拶もできず、申し訳ありませんでした」

「いいのよ。私も忙しかったし・・・」

「みかさん・・・麗華さまとお知り合いなの?」

「え?雅子、あなた何をーー」

「ちょっと麗華、あんたこんなとこで何を油売ってるのよ!私一人に仕事させる気?」

ショートカットの女性、美鈴さまがやってきた。

「み、美鈴さま!」

みかさんが叫んだ。

「あら、そういえば私、仕事の途中だったわね?それじゃ二人とも、私はここ失礼させてもらうわね」

「は、はい。ごきげんよう、麗華さま」

「ごきげんよう。雅子も、貴重な意見ありがとう」

「いえ、私も生意気なこと言ってしまって、すみませんでした」

「雅子・・・」

みかさんが不審そうに見つめてくる。

「ねえ、雅子。今日はもう疲れたでしょ?部活も終わったし、一緒に帰りましょう」

「え、ええ!」

助かった。何だかわからないけど、みかさんの中で疑いは晴れたみたい。

あとはもうおとなしくしていよう。

そして私達は帰路につく。

みかさん、教室ではあんなにベタベタしてきたのに、帰り道はほとんど口を聞かなかった。

やっぱり怪しまれているんだろうか?


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