僕だけが気づかれない

鳥柄ささみ

僕だけが気づかれない

「おはよう」


朝の挨拶も。


「いただきます」


食事の挨拶も。


「おやすみなさい」


就寝の挨拶も。


僕が声をかけても、誰も返してはくれない。


彼らに僕が見えていないのか、声をかけようが触れようが、一切の反応がない。


寂しい。


僕はこの世界で1人ぼっちだった。


誰からも見向きもされず。


誰からも構ってもらえず。


みんな、無視。無視。無視。


僕はそんなに悪いことをしたのだろうか……?


思い返してみても、何もした覚えがない。


……心当たりがあるとすれば、先日井戸の中に落ちたくらいだ。


必死に、必死に、真っ暗で狭くて苦しい井戸の中を這いずり出してきた。


その日からだ。僕がみんなに無視されるようになったのは。


「僕は、何か悪いことをしてしまったのだろうか?」


この、ボロボロの身体がいけないのだろうか。ところどころ擦り切れ、打撲し、変色してしまった身体。


未だに軋み、動くたびに節々が痛い身体。


自分でどうにか治療を試みたものの、どうにもできず。かと言って、病院に行ったのにみんなから無視されてしまって、誰も僕のことを診てくれなかった。


思い出すと、再び鈍くじんわりと手足が痛み出す。もしかしたら、骨折していたのかもしれない。でもそれを調べることすらできず、僕には知る手段がなかった。


「痛い。痛い。痛いよぅ……」


身体の痛みだけでなく、無視される苦しみ、誰からも見向きもされないことの寂しさから自然と涙が溢れる。


けど、誰も僕のことを見てくれない。誰も僕のことに気づかない。


「う……、う……うぁああああああああ……っ!!!」


僕は狂ったように叫ぶ。叫んで、暴れて、走って……。


きっと、はたから見たら僕は気狂いだ。


でも、それでも人々は誰も僕に見向きもしなかった。


「つらいよぅ、苦しいよぅ、悲しいよぅ、寂しいよぅ、痛いよぅ。お父さん……、お母さん……っ!」


ぐすぐす、と年甲斐もなく泣く。すると……


「こっちへおいで……」


聴き慣れた声が聞こえる。


ハッと顔を上げると、そこにはお父さんとお母さんがいた。


「お父さん!お母さん!!」

「こっちへおいで。こっちへおいで」


呼ばれた方へ、お父さんとお母さんがいる方へ走っていく。


「お父さん!お母さん!!」

「キミ!何をしているんだ!!!」

「やめてくれ!離してくれ!!お父さん!お母さん!!」


あともう少しでお父さんとお母さんのところへ行けたのに、すんでのところで誰かに首根っこを掴まれる。そしてそのまま引き戻され、抱き締められるように拘束された。


「生存者確保。生存者確保。ただし、少々錯乱中。そのため応援を要請する。繰り返す、生存者確保……」


頭上で、どこかの誰かに通信している声が聞こえる。久々に自分が誰かから認識されていることに気づいて、ゆっくりと見上げた。


「もう大丈夫だ。長い間1人で頑張ったな。あぁ、怪我しているのか。怪我もすぐに治療しよう。お腹は減ってないかな?」

「……大丈夫、です」

「そうか。身体、痛かっただろう?すぐに手当てするからな」

「ありがとう、ございます……」

「むしろキミだけでも生きていてくれてよかったよ」


会話できる初めての人。それが、無性に嬉しかった。


ふと、先程までお父さんとお母さんがいたはずの場所を見る。


そこには既に誰もおらず、ただダムがそこにあるだけだった。

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僕だけが気づかれない 鳥柄ささみ @sasami8816

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