第30話:ハズレの支配者

 シャルフを斃してから10日間ほどが過ぎた。

 その間、ロストは村を復興するために力を尽くしていた。

 自分の財産を使って、村人たちの衣食住をそろえるために王都とプニャイド村との間を何度も行き来したのだ。


 当座の食料は、アイテム・ポーチにいれて運び入れることで問題はなかった。

 これからの食料に関しては、養豚と農作物、それに川魚でなんとかなるだろう。

 あとは森のキノコだが、安全地帯付近のものしか採れないために収穫量はかなり少ない。

 奥まで行けば、もう少し多くの食材が手にはいるらしい。


 衣類に関しては、糸が問題だった。

 こちらも当座の服は、ロストが運び入れたのだが、それだけでは到底足らない。

 貧乏な村のため、今まで服はイストリア・ピッグの皮を使って、骨の針と腱の糸で作った物が多かった。

 また、森に生える【オチの木】の蔦を裂いて糸にしていたらしい。

 もちろん森はかなり危険なために、収穫で死人がでることもあり、使いやすい糸を手にいれるのは困難だった。


 これらの問題を解決するためにも、森の魔物退治に関しても考えなくてはならないだろう。

 それにアイテム・ストレージ等で荷物を運ぶにも限度がある。

 昔、森にあった街道を安全にし、他の村や町との流通を回復させる必要があるだろう。


 だが、なんだかんだといって一番の問題は、衣食住の「住」だった。

 建物は、さすがにアイテム・ストレージにいれることはできない。


 材料と道具さえあれば、単純なログハウスぐらいは普通に手作業で作成することができる。

 ただし、それなりに時間がかかる。


 そこで、この世界では建物を【建築師】と呼ばれる者たちが建てている。

 もちろん、この世界はスキルですべてが決まるため、建築師というジョブがあるわけではない。

 冒険者資質を持ちながらも、戦闘系のスキルを取得せず、建造物を建てるための【建築魔法スキル】ばかり専門的に取得している者たちを建築師と呼んでいるのだ。

 彼らは建築魔法スキルを使うことで、短時間で家を建てることが可能となる。

 たとえば3LDKほどの一軒家ならば、3日間ほどで立てることができるらしい。


 ちなみにこのような専門職は他に、裁縫師、彫金師、鍛治師、木工師、薬師、料理師などがある。

 そして各専門職を名のる者たちは、ゲーム時代にもNPCだけではなく、少数ながらプレイヤーにも存在していた。

 彼らは他のプレイヤーから依頼を受け、商売をしていたわけである。


 ただし建築魔法スキルは、ゲーム時代は未実装で、設定だけが存在していただけだった。

 しかし、WSDが現実になった後にマイハウスがもてるようになり、それと同時に神様により実装されたらしい。

 つまり現状、プレイヤーの建築師は皆無で、元NPCの建築師しかいない。


 その状態で王都では、ユニオンによる建築ラッシュが始まってしまっている。

 おかげで王都に数人しかいない建築師は大人気。

 予約でいっぱいとなり、このような辺境の村に呼ぶことなど不可能だった。


 しかたなく自由になるSPを大量にもつロストが、一時的に基本的な建築スキルのスキルエッグを購入して仮設住宅を建てることにしたのだ。

 しかし、30人ぐらいが眠ることができる大部屋だけのロッジを2軒と、ロスト自身が使う3LDKのロッジを1軒建てるのがやっとである。

 まだ家には入れず、簡易テントで野宿する者たちが約60人いる状態だ。

 季節的に夏の手前だからよかったが、冬だったら死者がでてしまうところだろう。


「夜はまだ少し冷えますし、やはりこの家を作らないで、もう1軒、仮設住宅を建てた方がよかった気がしますね……」


 木の香りがする真新しい一軒家の一室。

 そこでロストは、大きなテーブルの上に積まれた書類に囲まれながら頭を抱えた。

 前世で仕事をしていた頃を思いだすが、ここではアナログの資料ばかりである。

 この資料の整理だけで、大変すぎて頭が痛い。


「仮設住宅に入りたいという要望が凄いですし」


「それは仕方ないでしょう。レアさんの言うとおり、ロストさんは親しみはありながらも、村人と一線を引いて違う存在と認識させる必要はありますから」


 ロストとは別の机で書類整理をするフォルチュナが苦笑してから、話を続ける。


「しかし、意見書や誓約書、資産の申請、養豚や農作物の資料……こんな小さな村でも、まじめにやろうとすると大変ですね。まあ、日本語で書かれているだけましですけど。異世界としては違和感がありますが、これでわからない異世界語とかだったらお手上げですし」


 話しながらも、彼女の手はテキパキと動いている。

 前世はできるOLだったのかと、ロストは感心してしまう。

 フォルチュナが助けてくれるのは、本当に助かった。


 ちなみにフォルチュナとシニスタ、デクスタは話し合った結果、自分たちのユニオンを解散してロストのユニオン【ドミネート】に参加することになった。


 理由は2つ。


 ひとつは、今の自分たちの力だけで、この世界を生き残ることはできないと実感したかららしい。

 やはり強い者の元に身を寄せる必要があるが、それならロストの元がいいと言ってくれたのである。


 そしてもうひとつは、ロストの決心に賛同して、3人ともこの村を助けたいという気持ちがあったようだった。

 正直、これは非常に助かった。

 村の復興には人手がまったく足りていないからだ。

 とくに住居は大きな問題である。


「まあそれでも、土地の区画整理に全員が素直に同意してくれたのは助かりました」


 ロストは同意書の束を見ながら、そうつぶやいた。

 フォルチュナは、「そうですね」とうなずいてから、「でも」とつなげる。


「それは当たり前で、同意書なんてとらなくてもよかったのだと思いますよ」


「そうですかね……」


「なにしろ、彼らは財産のほとんどを失って、借地の地代も払えない状態ですから。土地を敷金礼金0円……ではなく、0ネイで借りられるだけで御の字。逆らうようなことはないでしょう。それにもう、ロストさんのこと崇めている状態ですからね」


「あ、あはは……」


 ロストは思わず乾いた笑いをこぼす。

 最近、村人たちはロストを下にも置かぬ態度を示す。

 姿を見れば頭をさげて、どこにいっても歓迎されていた。

 確かに威厳を見せようと演出したが、ロストはそこまで求めていたわけではなかったのだ。


「やはり、少しばかりやりすぎましたかね」


「いいえ。これもレアさんが言っていたではありませんか。このぐらいのがよいと。私もそう思いますよ」


 そう言いながらも、彼女は机の上にあった書類をほとんど仕分けし終わっていた。

 前世からだが、ロストはこの手の仕事が大の苦手だ。

 だからフォルチュナのキビキビとした動きに、感心して思わず見入ってしまう。


 ゲーム時代とかわらない、きれいな深緑のロングヘアーを今は後ろでひとつにまとめているので、エレファ族特有の長い耳がよく見えていた。

 もともとエレファ族は美形が多いという設定だったが、彼女の容姿は本当に好みだった。

 ラジオンが夢中になるのもうなずけてしまう。


「……どうしました?」


 あまりにも魅入ったせいか視線に気がつかれたらしい。

 彼女の蒼い双眸が、まっすぐにロストへ向けられた。


「あ、すいません。フォルチュナさん、かわいいなと思いまして」


「……えっ!?」


 フォルチュナの顔が一気に紅潮して真っ赤になる。

 それどころか、少し瞳が潤み始めている。


「……あっ……」


 それでやっと、ロストは言い方をまちがえたことに気がついてうろたえる。


「あ、違うのです! ええっとですね、言いたかったのは、キャラクターを作るのが非常にお上手だなと。全体のバランスとか、なんというか、非常に僕的に好みの造形でしたので……。僕なんて、キャラを作るのが面倒でキャラ作成の初期状態のままの見た目ですから。かわいいキャラクター作れて凄いですね……と……」


「……こ、好み……かわいい……」


「……あ……」


 言いたいことは違っていたが、今の彼女はフォルチュナ自身なのだから結果的に何も違っていない。

 さんざん言い訳してから、ロストはそのことにやっと気がつく。


「で、ですから、僕はキャラ造形の技術を賞賛――」


「――わ、私もっ!」


 うつむいて体を縮めながら、フォルチュナは言葉を続ける。


「つ、作るのが面倒そうなので、その……フォルチュナは……自分の顔をサンプリングして作っていまして……」


「え……」


「…………」


「…………」


 詰んだ。

 言い訳のしようがない。

 これでは仲間になったばかりの女性を口説く、軽薄な男みたいである。


「ロストさんは……」


 その気まずい空気を破ったのは、フォルチュナの方だった。

 彼女は相変わらずうつむいたまま口を動かす。


「レアさんとおつきあいなさっているのですよね?」


「いいえ。違います。全否定です。ありえません」


 ロストは気まずさを吹き飛ばし、きっぱりと真顔で答える。


「……へ?」


 あまりにハキハキと答えたせいか、フォルチュナの方まで目を丸くする。


「たとえ天地がひっくり返っても、異世界に転生することがあっても、それはないと思います」


「そ、そこまでですか!? でも、息ピッタリで……」


「確かに不本意ながら、バトルではいい相棒だとは思います。ですが、それとこれは別です」


「は、はあ……」


「だいたい、あの強欲なレアさんですよ。とてもではありませんが――」


「――わたしがなんだって?」


 扉が勢いよく開いた。

 そして現れたのは、お約束とばかりレアとラキナである。

 ロストの心臓が口から飛びだしそうになる。


「ノ、ノックぐらいしてくださいよ」


「そんなことより、わたしの話、してなかった?」


「い、いえ。レアアイテム……この前のスキルエッグの分配をそろそろしようかという話ですよ」


 聞いていないだろうと一縷の望みをかけ、ロストは惚けてみる。


「ああ。ガチャエッグね。……そうね。わたしとラキナは、明日には出発することにしたから、わけてもらった方がいいかも」


 そう言うと、レアはラキナとうなずきあう。

 やはり聞いていなかったらしい。

 ロストは安堵して、そのまま話をそらしていく。


「ああ、明日でしたね。でも、本当に2人で行くのですか?」


「だって、あんたは動けないでしょ、村のことがあって」


「まあ、そうですけど。あとしばらく待って頂ければ……」


「いやよ! どうしてわたしとラキナだけ損したまんまなのよ! ずるいじゃない!」


「そ、そんなこと言われてましても……」


「なによ、自分だけレベル51になって! フォルチュナたちだって5レベルもあがったじゃない! 大量の経験値がもらえたのに、わたしとラキナだけ50のままなのよ! こんなの泣けるし! 許せないじゃん!」


「ああ、はいはい。落ちついてくださいよ……」


 興奮しすぎて口調が崩れているが、確かにレアの言うとおり2人だけ経験値の恩恵を受けられていなかった。

 無論、2人は50レベル制限がかかったままだからである。


「ビスキュイの森の魔物はレベル60以上。そう考えれば、戦力的にもレアさんとラキナさんの強化は急務ですから、【リリース・リミットレベル60】の取得は早い方がいいとは思いますが、メンバーは大丈夫ですか?」


「ああ、それなら大丈夫。わたし、あんたと違ってフレがいるし。連絡をとったから、一緒に行ってくるわ」


「くっ……。でも、男の扱いには気をつけてくださいよ。ゲームとは違って襲われるかもしれませんから」


「平気だって。その辺は大丈夫そうなの選んでいるからさ」


 あまりの気楽さに、ロストはかるくため息をつくが、こればかりは仕方がない。

 冒険者は自己責任で動くのが基本なのだ。


「わかりました。では、やはり忘れないうちに、例のスキルエッグをひとつ持っていってください」


 ロストはアイテム・ポーチから6つのスキルエッグをとりだし、目の前の机に転がした。

 それは殻が真っ黒で、明らかに他のスキルエッグと異なるデザインをしている。


 通称【ガチャエッグ】。


 どんなスキルが入っているかわからないスキルエッグだ。

 ゲーム時代には、季節イベントでたまにくばられることがあった。

 しかし、クエストで報酬として出たことはない。

 当然、どんな特別なスキルが入っているのだろうと全員が期待した。

 だが、このスキルエッグの使用可能レベルが60に設定されていたのだ。

 つまり、誰1人として中にどんなスキルが入っているか見ていないのである。


「うーん。これさ、同じスキルが入っていると思う? 違うのだと思う?」


「レアさん、その質問は何回目ですか……。僕にわかるわけがないでしょう。ただ、6つというのはパーティーメンバーの人数だとも考えられます。そう考えれば同じような気もしますが、それならガチャエッグにする必要はありませんし」


「なによ、結局わからないじゃない!」


「ですから、そう言っているじゃないですか。いいから選んで持っていってくださいよ」


「だ、だから、ロストが選んでってば! わたしが選んだら絶対にハズレがくるに決まっているんだから! ロストならアタリでるでしょ!」


 彼女の中でも、物欲センサー信仰は根強い。

 というか、自分で引けばハズレが来ることが確定事項になっている。

 そのために彼女は、今までこのガチャエッグを選ぶことができないでいたのだ。


「レアさんが無心になればいいんですよ。または、『ハズレよこい』と思いながら選べばいいではないですか」


「そんなことできるわけないでしょ! アタリが欲しい心は隠せないんだから!」


「自分に正直な人ですね……」


「なら、あんたは『アタリが欲しい』と思って選べるの?」


「いえ、欲しくないので」


「同じじゃない! いいからわたしの選んで!」


「では、これで」


「簡単に選びすぎ! ハズレだったら恨むわよ!」


「ムチャクチャですよ……」


 ちょうどそのとき、かるいノック音が響く。


「失礼します、デクスタとシニスタですわ」


 レアにつきあいきれないと思っていたロストは、助け船とばかり招き入れる。

 天使と悪魔の姉妹は、仲良く並んでそろって入ってくる。


「ちょうど良かった。2人もこの報酬のガチャエッグを適当に持っていってください」


「い、いえ……私たちは……なくても……」


「そうですわ。ほとんど活躍できなかったのにもらうなんてできないですわ。レアさんにでもあげてくださいですわ」


「えっ? いいの!?」


「――ダメです!」


 ロストは、前のめりになるレアを止める。


「レアさんを甘やかすと図に乗ります」


「ちょっ! あんた、わたしのパパかなにか!?」


 ロストは見向きもせず、レアのツッコミをスルーする。


「それに、戦力を一点集中するより均等にして置いた方が安全ですから。みんなのためだと思ってもらってください。フォルチュナさんもラキナさんも受けとってくださいね」


 デクスタとシニスタ、そしてフォルチュナは一瞬だけ互いに目を合わせたから、かるくうなずきあって机に転がっていたガチャエッグを1つずつ適当に持っていった。


 そして机上に残ったのは、ガチャエッグが1つ。


「……ねぇねぇ、ロスト。それ、どうするの?」


 レアが猫なで声で、残った1つを指さした。

 彼女は、わかっているのだろう。

 ロストがこのスキルエッグを必要としていないことを。


 多少のアタリ、ハズレはあるだろうが、難しいクエストのクリア報酬である以上、このガチャエッグからはそれなりに強力なスキルが出るはずである。

 ならば確かに、ロストはポリシーとしてこれを必要としない。

 本当ならば売って村の復興資金にでも充てたいところだが、ガチャスキルでは中に何が入っているのかわからないためにオークションで値段を上げるのは難しい。

 それを見通して、レアはロストにすり寄ってくる。


「ねぇ、ロストォ~。それいらないならぁ……」


「僕、レアさんが無事に【リリース・リミットレベル60】をとって戻ってきたら、このガチャスキルをプレゼントするんだ……」


「ちょっ! いきなり死亡フラグ立てないでよ! わたしが死んだらどーすんのよ! ……まあ、もらえるならなんでもいいけど」


「死亡フラグを気にしない強欲さ……殺されても死にませんね、あなたは」


「うるさいわね。とにかく予約だからね。わたしはそろそろ買い物に行くから。ラキナ、行くわよ」


「は、はいですの。レア様」


 レアがとっとと扉に向かうと、ラキナもそれについていく。


「あ。そうだ、ロストさん」


 話が終わったタイミングを見て、フォルチュナが次の話題を口にする。


「ロストさん、【幻像の鏡】の件なんですけど……」


「……えっ?」


 そのフォルチュナの言葉に反応したのは、立ち去ろうとしていたラキナだった。

 彼女は何かビックリしたように、ぱっと振りむく。


「どうかしましたか?」


「い、いいえ。あの……」


「ラキナ、なにしてんの。行くわよ」


 たぶん、ラキナは何かを言おうとした。

 しかし、レアの呼び声に慌てて部屋を出ていった。


(……ん?)


 ロストはなにか引っかかるが、それを気にしている暇もなかった。

 入れ替わりに、今度はブロシャ、クリシュ、ジュレ、チュイルの4人の子供達が飛びこんできたのだ。


「ロスト様、訓練の時間だぜ!」


 初めて出会ったときに見せた、あの軽蔑した目の色は欠片も見せないブロシャが、尻尾を振りながら近づいてくる。

 というか、4人が全員とも尻尾を振っている。

 やはり、犬でもないのに尻尾を振るんだなと思いながら微笑すると、今度はジュレが机の横を回ってきて腕に抱きつく。


「ほら、ロスト様! 行くでご……行くミャ!」


「もう『ござる』って言うのわかっていますから、無理しなくてもいいですよ」


「うっ……。わかったでござるミャ」


 ロストは初めて会ったときのことを思いだす。

 あの時のジュレは、女を前にだして媚びるようにロストの腕にしがみついてきた。

 しかし、今は無邪気な子供が甘えてきているような気楽さがある。


「ロスト様、私にも魔術スキルを教えてニャン」


 反対サイドから、チュイルもしがみついてくる。

 彼女の瞳はどこか虚ろで、表情もほとんど変わらず、話し方も一本調子だ。

 そのため少しわかりにくいが、それでもやはり出会った時とは明らかに態度が違う。


「魔術スキルなら、僕よりフォルチュナさんに教えてもらった方が――」


「いやニャン。ロスト様がいいニャン」


「あ、ぼ、ぼくも教えて欲しいです!」


 クリシュもブロシャの横で挙手して主張してくる。

 そこで慌てたのは、デクスタだった。


「あ、あなたたち、待つのですわ! まだわたくしのシャルフ屋敷調査大作戦の相談が終わっていないのですわですわ! どうしますですわ、ロストさん!?」


「そ、それでしたら、もう少し全員のレベルを――」


「あ、あのぉ……わ、私も仮設住宅の件で……みんな死んじゃうと……埋めるの……困るし……」


「シニスタさん!? 怖い心配しないでください!」


「えーっと、ロストさん。私の【幻像の鏡】の話も途中で……」


「あれは、あなたがとったアイテムですから――」


「ちょっとロスト、さっきのガチャエッグ、誰にもあげないでよ! ちゃんとわたしがもらうんだからね!」


「戻ってこないでさっさと行ってくださいよ、レアさん!」


 ロストは頭を抱える。


(支配者というより、困った職場の支配人みたいじゃないですか……)


 これは、いろいろとハズレを引いたのかなと思うロストであった。




   §




 見た目は15~16才の少女だが、その明眸は凜と輝いている。

 黄金の冠が、負けぬほどの輝きをもつ金髪の上で王権を物語る。

 巻きあげられていた髪により姿を現している首筋、そして両肩、胸元まで白百合色。

 わずかな光を放つ純白のドレスは、父王の代わりに王座で気品と威厳を放っていた。

 彼女の名前は、イストリア王国の第一王女【シャルロット・オ・イストリア】。


「ご苦労でした。それで首尾は?」


 謁見の間に、その王女の声は響く。

 それは、さほど大きくもない声だった。

 しかし、その場で警備する数十人の兵士たちが、誰1人聞き逃すことはなかった。

 その左右に並ぶ兵士たちに挟まれて、2人の英雄が跪いている。


「はい。とりあえず王都オイコットから、悪い子はいなくなった。みんな、少し安心しはじめた」


 黒いフードをとって片膝をついたミミ・ナナが、頭をさげたまま告げる。

 同じように頭を垂れていたリーノ・ホーンが、顔をあげてつけくわえる。


「それによぉ、ジャストの奴らがわりとよしでな。今も治安維持に力を貸してくれているから、全体的によしって感じだ」


「ジャスト……ああ、ユニオン【ジャスティス・ストライク】の方々ですか。ユニオンマスターには改めてお礼を申し上げなければなりませんね。名前はなんと申しましたか?」


「確か、【朝飯は固ゆでタマゴだ】とかいう名前だったな」


「……え?」


「だから、【朝飯は固ゆでタマゴだ】とかいう変な名前だ。本人は『ハードボイルド・モーニングと呼んでくれ』とか言っていたけどよ」


「そ……そうですか」


 王女は額をかるく抑える。

 こういう名前のがいることはわかっているが、この状態で聞くと違和感が半端ない。


(まあ、人のことは言えないけど。この王女なんて名前はフランス語で、二つ名が【前線の王女フロイライン・フロントライン】で、ドイツ語と英語。本当に、キャラ設定担当しばいとけばよかった)


 がWSDのゲームプロデューサーとして就任したのは、運営開始後のことだった。

 あとから、この設定をいじることはできなかったのだから仕方がないのだが、自分がそのキャラクターになるのなら、いろいろと無理にでも設定をいじっておけばよかったと思ってしまう。

 もちろん、このようなことになるなんて想像もつかなかったわけだが。


「それで、その他の各巨大ユニオンの動向は?」


「はい。ユニオン【B・L】は穏健派で、問題も起こさずわりと協力的。ただ、美形男子ばかり勧誘して勢力を拡大している。問題は、なぜか突然、解散したユニオン【ライデン】のせいでパワーバランスが変わったこと。今は、ユニオン【歌舞伎揚げとおにぎりせんべいは別物】が合流したユニオン【グランドスラム】と、【ライデン】の残党が加わった【もふもふ愛好会】の力が均衡している」


「……緊張感があるのかないのかわからない勢力図ですね。他の八大英雄のみなさんと連絡はついているのですか?」


「一応。各地でみんながんばっているはず。ただ、連合国は8つ。八大英雄は8人で、そのうち2人を除き、2人ペアで行動。5箇所しか手配できない」


 ミミの報告にシャルロットは静かにうなずく。


「そうですね。残りの国家の内、北のアムナグ共和国の治安は酷いと連絡が来ています。お疲れのところ申し訳ございませんが、あなた方にアムナグに足を運んでいただきたい。アムナグからも正式に援助要請が来ています。今回の報奨と旅費は、のちほどお渡しいたします」


「はい。わかった」


「よしよし、任せとけ!」


「くれぐれも、ほうれんそう……ではなく、報告、連絡、相談はこまめにいれてください」


 個性豊かな八大英雄の2人は、シャルロットの言葉を受けとると謁見の間をあとにした。

 その後、シャルロットは兵士たちを人払いして、頭の中でフレンド会話に切り替える。



シャルロット≫ レイ、話はできますか?


レイ≫ すいません、いまちょっとヤバいっす……


シャルロット≫ まさか戦闘中ですか!?


レイ≫ ちゃいますよ。なんかいい感じのTSさんがいて、観察中なんっすけど、こう女の子の体に悩む姿がたまらんというか……たまらんっす!


シャルロット≫ ふざけないで、仕事しなさい!


レイ≫ 部長。わい、もう部下じゃないと思うんっす。


シャルロット≫ わたくしも、もう部長ではなく王女。

シャルロット≫ それにあなたは給料を受けとっているでしょう。

シャルロット≫ ならば部下みたいなものですから働きなさい! 減給しますよ!


レイ≫ わ、わかったす。で、なんか用っすか?


シャルロット≫ 街の様子は?


レイ≫ 英雄たちが報告したんじゃないっすか?


シャルロット≫ あなたしかわからない情報があるでしょう。

シャルロット≫ なんのために、運営キャラクターのレイにキャラクター情報閲覧特権があると思っているのです?


レイ≫ それは単にプレイヤーの現地動向調査のためっす。

レイ≫ プレイヤーが遊ぶバランスなどを調べるためであって、スパイみたいなことをやるためではないっす。

レイ≫ しかもわい、たまたま仕事でレイにログインしていただけっすから。


シャルロット≫ それも運命みたいものでしょう。

シャルロット≫ あきらめなさい。


レイ≫ あきらめなさいって……。

レイ≫ ってそーいや、聞きそびれていましたけど、部長はなんでシャルロットでログインしてたっすか?


シャルロット≫ えっ……。

シャルロット≫ そ、それはあれよ……。バグの確認とか……。


レイ≫ バグ報告なんてなかったすよね。


シャルロット≫ わ、わたくしも調査を……。


レイ≫ イベント時以外、シャルロットでログインする必要ないはずっす。


シャルロット≫ …………。


レイ≫ まさか、やり手のキャリアウーマンながら、仕事に明け暮れたせいで婚期を逃した34才独身だから、せめて仮想世界では若いお姫様気分を味わいたいなってログインしたら、そのまま転生してラッキーみたいな感じっすか?


シャルロット≫ ――はうっ!


レイ≫ あははは。

レイ≫ いい歳になっても乙女っすね。


シャルロット≫ ……今からイストリア全軍をもって、あなたを討伐することにします!


レイ≫ 国家権力を使ったパワハラ!?

レイ≫ そ、そんことなら、仕事なんてしてないで、いい男を探してとっとと結婚でもなんでもすればいいじゃないっすか。


シャルロット≫ あなたは前世の時から変わらず愚か者ですね。

シャルロット≫ この状態でかっこいい王子様と素敵な結婚をしても、国が乱れて反乱でも起きたら、幸せな老後なんて迎えられないでしょう。


レイ≫ 乙女チックなのか、現実的なのかわからない人っすね……。


シャルロット≫ わたくしはこのチャンスに、仕事に明け暮れた人生を絶対にやり直すのです!


レイ≫ ……そういいながら、すでにワーカホリックじゃないっすか。


シャルロット≫ うっ……うるさいわね。

シャルロット≫ とにかく報告しなさい。


レイ≫ へいへい。なら、少し面白い話をするっす。

レイ≫ 王都でレベル51のプレイヤーを見つけたっすよ。


シャルロット≫ レベル51? それってつまり【リリース・リミットレベル60】をすでに手にいれたプレイヤーがいるってことですか?


レイ≫ そう思うっすよね。でも、違うんっすよ。

レイ≫ そいつのスキルを覗き見たんっすけど、【リリース・リミットレベル60】をもっていなかったんす。


シャルロット≫ ……どういうことです?

シャルロット≫ こっちの世界でレベル50制限が解除されたわけではありませんよね。


レイ≫ そうっすね。制限は生きているっす。

レイ≫ 


シャルロット≫ そいつ以外? どーういうこ……と……ってまさか!?


レイ≫ ういっす。

レイ≫ もっていたんっすよ、そいつ。【支配者の印ドミネーター・クレスト】を。


シャルロット≫ そ、そんな馬鹿な。あれは未実装だったはず……。


レイ≫ プレイヤーハウスだって、本来は未実装なのに、ついでとばかりにこの世界で実装されちゃってるじゃないっすか。

レイ≫ ありえない話じゃないっすよ。


シャルロット≫ そ、それにしても早すぎではありませんか!

シャルロット≫ 今、レベル51ってことは、レベル50であの悪魔ボスを斃したってことですか!?

シャルロット≫ レベル65の第一形態はまだしも、第二形態は確かレベル75に設定していたはず。レベル50のパーティーなら4つあっても勝てるかどうか……。


レイ≫ そうっすね。

レイ≫ 勝つにはかなりの大人数が動いたことになるっす。

レイ≫ でも、そんな大規模な人数があの森に行く動きは見られなかったっす。

レア≫ ってか、ほとんどの人が自分の生活圏確保で、それどころじゃなかったはずっす。


シャルロット≫ あ。もしかして、第一形態だけしか斃していないのではないですか?

シャルロット≫ 支配者シリーズは、第一形態さえ斃せば……。


レイ≫ わいもそう思ったっす……けど、そいつ何度か見かけたんっすけど、【ムーブ・ホームポイント】で戻っていった先が、毎回プニャイド村だったんっすよ。

レイ≫ 第二形態を斃していなければ、そこには行けないはずっす。


シャルロット≫ ……そのプレイヤーネームはなんですか?


レイ≫ ロスト。あのハズレのロストっす。


シャルロット≫ ハズレの……ああ。なんか変な動きばかりしてマークされていた?


レイ≫ まあ、違反行為をしていたわけではないっすけどね。

レイ≫ スキルの使い方が上手いぐらいの話っすけど。


シャルロット≫ でも、今回のはそれではすまないですよ。

シャルロット≫ 支配者シリーズが開放されているとなると放置しておくわけにはいきません。

シャルロット≫ レイ、あなたプニャイド村に侵入して、状況を確認してきてください。


レイ≫ ええっ!? わいがっすか?

レイ≫ わい、キャラクター情報見られるだけで、戦闘力とか普通のレベル50なんっすよ!


シャルロット≫ レイには、調査用の特殊スキル【ステルス・パーフェクト】があるのですから、戦闘せずに村まで辿りつけるでしょう!


レイ≫ えーっ。いやっすよ。万が一にでも襲われたら怖いっす。


シャルロット≫ やらなければ、国家反逆罪。


レイ≫ だから、国家レベルのパワハラ禁止っす!


シャルロット≫ つべこべ言わず行きなさい。報告書は月末までに届けること。


レイ≫ へいへい……。


シャルロット≫ 場合よっては、早めに手を打たないとわたくしの幸せな結婚生……この世界の秩序が乱されることになるのですからね!




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「Quest-004:森の闇」クリア

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第1部・完

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