第29話:ハズレではなくチート

「あの、不正行為チートってどういうことですか?」


 フォルチュナが心配そうに尋ねてくる。

 ロストとの会話が気になったのだろう。

 だが、ぶっちゃけ疲れて説明するのは面倒だ。


「大した話じゃないわよ」


 だからかるく流そうとしたのに、ラキナが食いついてくる。


「レア様、ボクもそれは少し気になりますの。それにレア様があの剣を人に貸すなんて……」


「それは……」


 振りむくと、食いついてきたのはラキナだけではなかった。

 他のパーティーメンバーを始め、村人たちまでもレアに注目している。

 注目される、その視線は嫌いではない。

 むしろ大好きだ。

 説明するのは面倒だ……が、多くの者に注目されると、レアの性癖的にむしろ説明したくなってしまう。


「仕方ないわね。教えてあげる。……あなたたち、【ムーブ・ポジション】は知っているわよね?」


「もちろんですの。レア様も使えるレア度の高い空間転移スキルですの!」


 ラキナが我先にと答えたので、かるく頭を撫でてやる。


「そうね。このスキルは、発動後に転移先を視認して注視することで、そこに向かって空間転移できるのだけど、転移先の指定には条件があるのよ。まあ、当たり前なんだけど、転移先に壁とか障害物、それに別のキャラクター……人間や魔物がいないことね。特に半径2メートル以内に人間や魔物がいる場所は、転移先として指定することは不可能なの」


 それに実際は注視した正確な場所に現れるわけではない。

 注視した付近で、転移先として利用できる空間が自動的に指定されるのだ。


「ところでこの空間転移なんだけど、仕組み的には転移先の空間に、使を用意しているのね」


 一部の聞き耳を立てていた大人たちは、その時点でまったくついていけなくなっている。

 さらにブロシャとクリシュも、頭をひねりだしていた。

 ジュレとチュイルは、わかっているのかどうかわからないが真剣な眼差しで聞いている。

 ゲームとしてのWSDを知らなければ、当然そうなるだろう。


「ちなみに『いしのなかにいる事件』って知ってる?」


「あ、あのぉ、知っています、私……」


 答えたのはシニスタだった。

 彼女は体の前で手を合わせて、もじもじとしながら答える。


「あ、あれですよねぇ。バグでムーブ系を使ったときに座標がずれて、岩壁や家の壁の中に埋まってしまって出られなくなることが多発した事件……。わ、私ですね、始めた直後に目撃したことあってぇ……目の前の壁の中で、ちっ、窒息死してるって考えたら……なんかワクワクしてぇ……」


「あ、うん。あんた、本当に少し怖いから」


 レアは思わずシニスタから後ずさる。


「と、ともかく、あの事件で壁の中にはいると、転移する人間の形に壁がくりぬかれるということがわかったわ。ようするに、転移先にオブジェクトが存在すると、転移者の転移する空間分だけ空白になるの」


「つまりそれは、ということですか?」


 フォルチュナの確認に、レアは首肯する。


「そう。それが、システム的に転移する分の空間にある物が消え失せるわけ」


「でも、そのぐらいならボクも知っていますの。ただ、あれはバグですの」


「そうね。ところで、ロストもムーブ系スキルをいくつかもっているのだけど、その中でもとびっきり変なのがあってね」


「あ! それ知っているでご……ますミャ!」


 ジュレと呼ばれていたチャシャ族の女の子が、巻いている毛布の中から手を挙げる。


「ロスト様に見せてもらいましたミャ。確か、【ムーブ・ワンフィンガー】ですミャ」


「ああ。見せてもらったのね。一応、このスキルだけど」


 レアはフローティング・コンソールを開き、スキルデータベースから該当スキルを表示させた。

 それを作戦会議などに使う、プレゼンテーションモードに切り替える。

 すると、レアの横に大画面となって内容が表示された。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ムーブ・ワンフィンガー】

 レア度:★5/必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:-

 説明:自分の体をランダムな水平方向へ1センチメートルだけ転移させる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その場にいた多くの者が興味津々に画面を見る。


 だが、見たとたんにバニシャを始め数人が「酷いな」と鼻で嗤った。

 クリシュの両親などは、かける言葉を思いつかないのか苦笑だけで困惑する。


 一方で、パーティーメンバーたちは反応が違っていた。


「ああ、これですわですわ! これで空中からの落下をとめていたのですわ」


 デクスタにフォルチュナがうなずく。


「そうですね。ムーブ系の移動後の運動エネルギーが0になる機能を利用していました」


「まあ別にムーブ系ならば、珍しい使い方ではないの」


 先輩プレイヤーとしてなのか、ラキナがフォルチュナたちに解説し始める。


「とっさに使用するのは難易度が高いけど、上級者ならわりと使われるやり方なの。たとえば、超素敵なレア様なら、吹き飛ばされた最中に【ムーブ・ポジション】を使うことで相手の裏をとったりすることもできるの」


「そうね、わたしは超素敵だからできるけど! ……ただ、【ムーブ・ワンフィンガー】の最大のポイントはそこではないの。ああ、ほらやるみたいよ」


 レアはロストの方を指さした。

 すでにロストはハエの上に立ち、クリスタルの剣先を殻の表面に突き立てている。


「【ムーブ・ワンフィンガー】」


 ロストの体がピクリと動いた。

 すると、剣先が殻から少し離れているのがわかる。


「今のは、背後に向かって1センチだけ瞬間移動してしまったみたいね。つまり、ハズレ」


「ハズレ? それはどういう意味ですかニャン?」


 チュイルが淡々とした口調ながらも、興味津々そうに黒髪の頭を前のめりにする。


「【ムーブ・ワンフィンガー】の一番のポイントは、移動先がランダムだということ。自分で指定ができない」


「だから使いにくいんですミャ?」


 チュイルに続くように、ジュレも愛らしい顔を突きだす。

 耳をピクピクと動かすその2人を見ていると、レアは近所にいた猫を思いだして抱き上げて愛でたくなる。

 が、今はそういう場合じゃない。


「使いにくいけど、自分で指定しないからこそ発生するバグ……まあ、要するに仕組みの穴があるのよ」


 レアは思わず、かわいいジュレとチュイルにもわかるように説明する。


「簡単に言えば、さっき言っていた転移先のチェックが抜けているの。たぶん、転移先にオブジェクト……物体があるかどうか調べるのは、転移先を注視して決定するときなのだと考えられるわ。でも、【ムーブ・ワンフィンガー】はランダムに転移先が決まるから、そのプロセスがない」


「……ということはまさか、先のバグと同じで、と?」


 フォルチュナの答えに、レアは指をパチッとならす。


「せーかい! そして転移先の物体は、消滅する。防御力とか破壊不能とか関係なく、強制的にね。……ほら」


 そう言ってロストの方をレアは見る。

 どうやら今度は当たったようで、剣先が破壊不能であるはずの卵の殻にめりこんでいた。


「あの手の破壊不能オブジェクトって外側だけなのよね。簡単に言えば無敵のバリアがあるだけ。破壊不能というより侵入不能というべきかしら。だから、バリアを抜けてしまえば……」


 ロストがクリスタルの刃を思いっきり突き刺した。


 とたん、金属を擦り合わせたような音が鳴り響く。


 それはたぶん悲鳴なのだろうが、とても言葉に表せない。


「その光芒、一塁を抜き、一城を屠る!」


 それは一部の武器にある武器スキルを発動するための音声コマンド。

 使用者から大量のMPを吸収して、次々と魔紋を刃にまとわせる。

 魔紋が多いほど一般的に威力は上がるが、現れたのは7つ。

 刃は直視できないほど輝き、莫大なエネルギーを溜める。

 大きく位置を動かさず、コマンドを唱えてから、49秒。

 これで、やっと発動条件が整う大技だ。


「――制覇せよ、【光断ちのクリスタリア】!」


 剣先から一条の光が伸びる。

 それは進むほど広がっていき、空に広がる。

 破壊不能オブジェクトのバリアも内側からは働かないらしい。


 目の前にあった卵などひとたまりもなかった。

 一瞬で消滅してしまう。


 もちろん、そこまでやることもなかったのだろう。

 悪魔の卵の中身など基本的には攻撃を受けないことが前提だ。

 だから、強さ的にはレベル1と同じだったのではないだろうか。

 ならば、ロストのプラチナ・ロングソードでも十分にけりははついたはずだ。


(でも、ものね……)


 ロストが飛んで地面に降りる。

 すると、今まで彼が乗っていたハエの胴体部分も光の粒子となり分解されていく。

 キラキラと輝く粒子の前で、クリスタルの刃を鞘にしまうロスト。

 これで【光断ちのクリスタリア】は、3日間はなまくらとなる。

 ただ、は抜群だっただろう。


 その姿は、まさに勇者の帰還。

 さらに理由はわからないが、タイミングよく彼の背中に後光よろしく【支配者の紋章ドミネーター・クレスト】が発生する。

 偶然だが、効果はさらにパワーアップだ。


 斃せぬはずの悪魔を光の力で討ち滅ぼし、光をまとって歩く姿。

 恐怖を吹き飛ばす、圧倒的な力。

 彼がいれば安心だという、絶大なる存在感。

 それこそロストが示した、支配者ドミネーターの器。


「おっ……おお……ロスト様……」


 村人たちがそろって膝をつき頭をさげる。

 あの憎まれ口を利いていたバニシャも、子供達もそろって地に額をつける。

 これから始まる領土戦の確固たる下地作りとしては十分だろう。



ロスト≫ 少しやり過ぎましたかね……。


レア≫ むしろこのぐらいのがいいわよ。

レア≫ ところで、背中のクレストはどうやってだしたの?


ロスト≫ 予想ですが領土が増えたせいではないかと。

ロスト≫ クエスト【森の闇】を「とりあえずクリアした」と、あのふざけた神様が告げてきたのですが、その際にシャルフの土地の所有権を奪ったことになったようです。


レア≫ なにそれ……。クレストもちは、所有者を斃すと奪えるの?


ロスト≫ 領土戦がテーマならありえるかもしれませんね……。


レア≫ あ、それよりなんかレアアイテムとかドロップしてないの?


ロスト≫ ああ、なんか出ましたよ。ガチャのスキルエッグとか。


レア≫ ちょっと! クエストでガチャエッグとか今までなかったじゃない!

レア≫ ちゃんとわたしにもよこしなさいよ!


ロスト≫ ……あなたは相変わらずですね。


レア≫ わたしは変わらないわよ、ずっとこのまま……ね。

レア≫ 安心したでしょ?


ロスト≫ ……ええ。確かに。

ロスト≫ 安心しましたよ……。

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