Quest-004:森の闇
第22話:ハズレた悪魔の箍
短い茶髪にはめた柿渋色の鉢金は、彼女にとって防具でもあり、ヘアーバンドの代わりでもあった。
だから、訓練時以外もよくつけている。
今もつけていたのだが、ずれてしまっているのに気がついて、かるく位置をなおした。
髪型は崩れていないだろうか。
家に戻って鏡を見直したい。
「おい、ジュレ! 聞いてんのかよ!」
銀髪のブロシャが、ぼろいテーブルを挟んだ向こうでテーブルを叩いた。
その声と音に驚いて、彼女はピクンッとネコのような耳を震わせた。
「き、聞いてござるミャ」
ジュレは素の口調のままで慌てて答える。
ジュレのご先祖様は、大昔にどこかの王族に仕えていた諜報を司るシノビとかいうものだったらしい。
この口調も、先祖代々から「シノビはこう話すべし」と伝えられていたモノで、彼女もそう教えこまれていた。
しかし、こんな話し方をするのは自分以外にはいないため、普段はなるべく使わないようにしている。
使うのは、この場にいる仲のよい友人3人と家族に対してぐらいである。
「どう思う?」
ブロシャの質問は漠然としていたが、ジュレはなんのことかわかっている。
もちろん同じテーブルに着く他の2人も、彼の言うことは十分に理解していた。
なにしろ「それ」を話すため、ロストたちが王都オイコットに出かけた後、大人たちの目を盗んでブロシャの部屋に集まったのだ。
ブロシャは銀髪の間から出ている耳を少し掻いてから、全員の顔を見まわしてまた尋ねる。
「うさんくさいよな、アイツ」
同意を求める彼の言葉。
しかし、ジュレはそれを窘める。
「アイツなんて言ったらだめでござるミャ。これからお世話になる地主様なんだから、ちゃんとロスト様と呼ぶでござるミャ」
「なに言ってんだ、ジュレ! そんな風に呼べるかよ、あんなヘッポコハズレ男!」
「確かにハズレスキルばかりみたいだけど……実はロスト様って強いと思うでござるミャ」
ジュレは、ロストがシャルフの攻撃を受けたときの様子を思いだす。
陰から見ていたが、彼の反応速度は尋常ではなかった。
本人の言うとおり、
しかし、強いのはまちがいない。
(特に素手でシャルフの剣を弾き飛ばした動きはわからなかったでござるミャ)
「はんっ! なーにが。あんなやつ……」
だが、ブロシャはハズレスキルの説明を聞いたときからロストのことが気にいらないらしい。
ジュレもハズレスキルを見せられたときには呆れかえったものだが、今は少し見方が変わっていた。
「なら、ブロシャはシャルフのあの攻撃、捌く自信があるでござるかミャ?」
「そっ、それは……。それに強さってなら、よっぽどあの金色の女の方が強そうじゃんか」
「あの人も強そうでござるミャ。でも、ロスト様の身の捌きは、あの女より上だと思うでござるミャ」
「そ、それに……」
割ってはいったのは、黒髪のクリシュだった。
彼は、この仲間内で一番幼い。
そのために、いつも控え気味に意見を言う。
「ほ、ほら、ロスト様が地主になってくれたおかげで、ぼくたちもう重い地代に悩まなくていいんでしょ? お父さんとお母さん、すごく感謝していたよ!」
「クリシュ、おまえとおまえの両親は本当にお人好しだぜ。そんなの嘘かもしんねーだろうが」
「それを言うなら、本当かもしれないとも言えるニャン」
黒髪ボブカットのチュイルが抑揚なく、しかししっかりと発言した。
いつもどおりどこか虚ろな瞳の彼女に、ジュレは同意する。
「そうでござるミャ。チュイルの言うとおりでござるミャ。現実問題としてロスト様は、あのむかつくシャルフを撃退してくれたでござるミャ。今は信じるしかないでござるミャ」
ブロシャが言葉を詰まらせる。
彼は一番の年上だし気が強いのだが、女性に責められると弱い。
「ぐっ。そ、そうかもしれねーが……。で、でもよ、あいつがこの村を買う理由なんて、地代を取ることぐらいしかねーし!」
「いえ、それはないと思いますよ」
クリシュが、黒い耳をピクピクと動かしながら答える。
「地代が大してとれないことは、ロスト様自身がシャルフさんに仰っていたじゃないですか。地代を取るためなら2億ものお金、まず赤字ですよ」
「うぐっ……」
一番幼いとはいえ、クリシュは仲間内で一番頭がきれる。
たまに大人相手でも口論で打ち負かすぐらいなので、ブロシャではひとたまりもない。
その様子に苦笑しながらも、ジュレはここぞとばかりに畳みかける。
「それにこれでジュレたち、冒険者としてレベルを上げることができるようになるかもしれないでござるミャ? ロスト様たちがいれば、レベル上げにちょうどいい場所に連れて行ってもらえるかもしれないでござるミャ!」
そう。ここにいる4人は、強くなりたい理由がある。
ジュレとて、村に来ると言われていた歴戦の勇者様が現れなかったため、探しに行くという理由がある。
それには冒険者としてレベルを上げなければならないのだ。
「そりゃぁ~さぁ、確かにオレたちだけで模擬戦やってレベル上げしても、なかなか上がらないからなぁ。オレがやっとレベル5だし」
「ボク、レベル3。早く強くなってお金を稼いで父様と母様に楽させてあげたいニャン」
気合がはいっているのか、はいっていないのかわからない口調で、チュイルが握りこぶしを作る。
「ああ。オレだって、じーちゃんを楽させてやりたいぜ」
「そ、そうですね。それにぼくたちも、いろいろな場所へ冒険に行けば、現地のおいしい物をたくさん食べられるかもしれませんし!」
(そうなのでござるミャ……)
知識だけあるが味わったことのない「おいしい物」を想像して、ジュレは尻尾を振る。
ちらりと見れば、左右に座るクリシュとチュイルの尻尾も揺れている。
たぶん、正面に座るブロシャの尻尾も揺れていることだろう。
なにしろ、この村の食糧事情は乏しい上に種類も少ない。
養殖しているイストリア・ピッグと、村の中で作っている野菜類、それにキノコ類と川魚が1種類程度だ。
ジュレたちは生まれたときからそういう食生活ではあるものの、話や書物で見聞きする料理にはやはり興味があった。
「うまいものかぁ……いいな……って、まあそれはともかくだ! うさんくさいのはまちがいないだろう。特にさ、ラキナとかいう女のさっきの行動が気になる」
ブロシャにクリシュが、小さくコクリと頷く。
「確かに。あれはぼくも気になりました。ぼくたち4人は冒険者だからわかるんですけど」
「だろう? だいたいさ、村人全員を……あっ! わかったぜ! オレはピーンッときたね!」
妙に鼻高々にブロシャが前のめりになる。
「もしかしたらあいつら、オレたちを悪魔召喚の生け贄にするつもりじゃないのか? きっと、そのためのリスト作りに使うんだ!」
「まーた、突拍子もないこと言ってるでござるミャ」
ジュレはやれやれと頬杖をテーブルについて大きくため息をつく。
「ブロシャは、そういう陰謀みたいの大好きでござるミャ~」
「って、てめー! 年下のくせに馬鹿にしやがって! シャルフにもそういう噂があったんだぜ!」
「あっ、そう言えばありましたね」
クリシュが話にのってくる。
なんだかんだと言って、男の子はこういう話が好きなものだ。
仕方がないなと、ジュレは黙って話を聞いてやる。
「シャルフさんのところに行った人が帰ってこないのは、生け贄にされているからではないかと……」
「そうそう! きっとそのシャルフの儀式を横取りしようとしてたんじゃないか?」
確かに村人たちは、まことしやかにそのような噂をひろめていた。
シャルフに尋ねても「知らん」「来ていない」と突っぱねられたが、3人ほどが帰らぬ人となっていたからである。
「ミャ~ン? そんな噂話に振りまわされて。いくらシャルフの館へ続く道のりが安全とは言え、わかりにくい道ミャ。道を誤れば魔物に襲われることだってあるミャ」
ジュレはため息をついて頭を抱えるフリをする。
「やはり男の子は子供でござるミャ。そう思わないでござるミャ、チュイル?」
「ニャン。ところがそうとは言い切れないかもしれないニャン」
だが、意外にもチュイルは否定してくる。
ジュレが少し驚いて彼女を見ると、耳をピクピクとさせている。
その耳の動きは興奮している証拠なので、彼女は無表情ながらも語りたくてしかたがないのだろう。
「これは一部の人しか知らない話ニャン。我が家にあったおじいさまの日記で知ったことニャン。実はシャルフの家は、もともとこの辺りを治める貴族だったらしいニャン。先代のシュール様、さらに前の代のときに没落したらしく領土は一気になくなり、この辺り一帯のただの地主になったらしいニャン」
彼女がとうとうと語る口調は、あまりに淡々としていた。
そのためか場の空気が少し張りつめ、話を聞いているジュレたちの顔が強ばり始めていた。
「その先々代は、なんとか復興を図ろうと力を得るために禁忌の悪魔召喚に手をだしたらしいニャン。でもなかなか上手くいかなくて、何人も奴隷を買ってきては生け贄にしたらしいニャン。そのうち周囲へ悪影響が出てきて、もともと魔物なんていなかった村の周りのビスキュイの森が、今のように強い魔物が棲みつくようになったらしいニャン。だから、生け贄にされた者の怨念が、今もビスキュイの森には漂っているニャン」
ジュレは他の2人ともに、ゴクリと固唾を呑む。
幼い頃から、大人にさんざん言い聞かされてきただけに、森の怖ろしさはよく知っていた。
おかげで夜に怪しげな鳴き声が響き渡れば、恐ろしくて眠れぬ夜を過ごしたこともある。
それが怨霊の声だと言われれば、ジュレさえも信じてしまいそうになる。
「しかし先々代は結局、悪魔召喚ができずに死んだのニャン。その後、シュール様はその事実自体を封印したんだニャン。ここまでがおじいさまの日記に書いてあったことニャン」
「な、なんだよ。シャルフのことは関係な――」
「――ところがニャン!」
「ヒーィッ!」
3人の悲鳴が同時に重なった。
その尻尾はピンッと立ち、全身の毛が逆立っている。
ジュレも平静を保とうとするが、顔は引きつってしまう。
「シャルフはその封印された事実を見つけだし、悪魔召喚に挑戦したのではないかと言われているニャン」
「で、でも、ぼくも大人たちが話しているのを聞いただけですが、そもそもどんな根拠で言い始めたんでしょうかね」
なぜか小さく挙手して質問したクリシュに、チュイルは「いい質問ニャン」と応じる。
「根拠は、もちろんシャルフの元に行った者たちが帰ってこないことニャン。それから、ここ最近になって新しい魔物が森で見かけられるようになったことニャン」
ブロシャが「おお!」と手を打った。
「確かに最近、見張り台からでも新しい魔物を見ることがあったな!」
それはジュレも見張りに立ったときに気がついてはいた。
しかし、だからと言ってそれをシャルフとつなげるのは早計すぎる。
「ともかく、魔獣だけでも大変なのに悪魔まで出てき――っ!?」
激しい衝撃の音が鳴り響き、ジュレの言葉を遮った。
その後、なにかが崩れる音。
それは爆音となって、村中に響きわたる。
「な、なんなのでござるミャ!?」
全員、すぐさま席を立って音がした側の窓を覗きに行く。
すると、見えたのは崩れた正面門だ。
門は完全に破壊されて、サイドの塀を構成していた大木も崩れ落ちている。
「なっ、なんだありゃ……」
そして木くずや砂埃が立ちあがる中に何かいた。
夕日に照らされた4本の腕と4本の脚は、紫にテラテラとした光を返している。
その腕と脚は、小屋ぐらいの大きさがあるハエのような体に不格好についていた。
そして胴体の上部には、腕がない人間の上半身が生えている。
顔はよく見えないが、ジュレはそれが誰なのかすぐに察することができた。
「シャルフ……まさか、あれは悪魔!?」
この後ジュレと仲間たちは、惨劇の舞台にあがることになったのである。
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