賽を投げる人差し指

RinG

第1話

 シェリアはごく普通の女の子だ。一般的な家庭に生まれ贅沢はできないがなにひとつ不自由なく育ってきた。シェリアはそんな両親に感謝している。そのためか大きなわがままを言うことは無かった。

(なんで、こうなったの、、)

シェリアは路地裏で横たわりながらそんな事を考える。その視線の先には同じく横たわる父の姿があった。そしてその視界は少しずつぼやけて乾いた地面が徐々に湿っていくのが分かった。

「なんだ、こいつ?大した金も持ってねぇのに抵抗しやがってよぉ」

1人の男が父を蹴りながら呟く。

「でもこっちの女は可愛いぞ!今日は楽しみだなぁ。お!こいつ泣いてるぜ」

もう1人の男はシェリアの白い腰まで伸びた綺麗な髪を掴むとニヤリと笑った。身体に力が入らない。気持ちと裏腹に身体は逃げることをやめたようだった。その時初めてシェリアは父にぶつけようのない憤りを感じた。

「ちょっとー、道を教えてほしいんだけど」

シェリアの視界がぼやけてよく見えないが少し顔を上げる。

「なんだお前、そんなの役人に聞けよ。早く失せろ」

父に文句を投げていた男がその男に近寄り睨みをきかせながら手を払って見せた。

「争いは望んでねぇ。下がってろよ」

その男は全く怯まず言い返すと。私へと歩み寄った。その姿に嫌気がさしたのか後ろから男が殴りかかると吹き飛ばされたのは殴りかかった男。だった。

「な、なにしやがったんだ。てめぇぇ」

訳もわからないという風に見据えた目は怯えが見て取れた。その姿を見たもう1人の男はシェリアから急いで離れ倒れた仲間を背負いながらその場をあとにする。残った男はシェリアに手を伸ばしニコリと笑った。生まれたての子牛のように力の入らない足で踏ん張りなんとか立てたシェリアは「ありがとうございます」と小さくお辞儀した。すぐに父へと歩みを進めたがもう遅かったみたいだ。少しずつ体温が落ちていくのがその手から徐々に心に伝わってくる。気づくとシェリアは涙を流していた。その涙は頬を伝って父の手に置いたシェリアの手へと落ちて弾ける。

「ごめん、お父さん。」

シェリアは小さくつぶやいた。それは父への最後の感情が恨みだったということもあるが倒れ込むまで父はシェリアの前で身を挺して守ってくれた。そんな父へ何も恩を返せていないことに対しての謝罪であった。

「すまないな、もう少し俺が早く来ていれば、、」

その男はやるせない顔で少し俯く。

(貴方のせいではありません)

その言葉は声に出すことは出来なかった。シェリアはただ首を横に振りゆっくりと立ち上がり「お名前を教えてください」とだけ伝えた。その男は少し考える素振りを見せ静かに答えた。

「俺の名前はハーツ。お前は?」

ハーツと名乗る男はまたも笑顔でシェリアに聞き返す。少しの違和感を覚えながらシェリア俯きながら答える。

「私はシェリアです。こちらこそ、よろしくお願いします」

それを聞くとハーツは後ろを向きそのままどこかへ消えていった。シェリアはその時呼び止める事は出来なかった。もうその気力も無かったのだ。その後シェリアは街の警備隊を呼び警備所へ行くことになった。


母が警備所に来るまでにそんなに時間は掛からなかった。蒼白したその母の顔はいつまでも忘れられないだろう。

「シェ、シェリー!?お父さんは、、!?」

シェリーは両親が私を呼ぶ時に使う名前だ。他にも親戚からも呼ばれることもある。

その母の言葉にシェリアは首を横に振る。泣き崩れる母からはなんとも言い難い嗚咽が漏れていた。

「ほら、お母さん。お父さんすごいスッキリした顔してるよ。最後まで私を、、」

シェリアの声は涙を携えながら途中で途切れてしまう。その姿を見て母はシェリアを優しく抱きしめた。


その日母はこの世から姿を消した。

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