グレイログ

青木 咲人

グレイログ

 2020年、地球に隕石が飛来した。

 その隕石は決して大きくはなかった。だが大きさは問題ではなかった。その隕石は飛来した直後、謎の気体を放出し始めたのである。その気体は広がり続け、やがて地球全体を覆った。

 その気体を吸い込んだ人間は体の末端から壊死し始め、やがて内蔵の機能も失われ死へと至る。

 人類の八割はこの気体によって死亡、残された人々はこの気体のことを「ベノム」と呼んだ。

 「ベノム」が日本に来るまでには二週間程度かかった。その間に国はできるだけ人民にガスマスクと外気に耐えられる宇宙服に似た衣服を支給した。

 だがその行動もむなしく、人民のほとんどは死亡し、残ったのは十歳以下の子供たちだけだった。

 

 そして2030年 

 残された人類は荒廃した世界で居住区を探し求めていた。

 かつて東京と呼ばれた街にはただの鉄とコンクリートの箱と化したビルが立ち並び、道路はひび割れ、空気は常に濁り、霧のようになっていた。

 そんな街を塚原光つかはらみつるとその仲間は探索する。

「リーダー、一体どこまで行くつもりだ。もう十キロは歩いてるぞ」

 仲間の斎藤さいとうは塚原に対して不満を投げかける。

「ここ周辺のベノムの濃度は薄い、今のうちに探索しておいた方がいい。それに、昨日は十二キロ歩いても食料一つ見つからなかったんだ。今日は十五キロまで行くぞ。」

「そんなに歩いたら迷っちまうよ!」

「俺の能力があれば迷うことはない。帰りたかったら一人で帰れよ。」

「それこそほんとに迷っちまうよ!たくッ…いいよなぁー能力者ってのは、ベノムによる突然変異かなんか知んねえけどさ」

「リーダーの能力って何なんですか?」

 塚原と斎藤が話していると、割り込むように神城かみしろが質問する。

 塚原は少し間をおいて、その質問に答えた。

「俺の能力は千里眼だ。数キロ先まで建物などを透過して見ることができる。生物がいる場合は赤色でその生物のシルエットが見える。」

「すげえ!じゃあ探索で困ることないじゃないですか…あれっ数キロ先が見えるってことは十キロ先は見えないんじゃ…」

「人が歩いた足跡は黄色で見えるらしいぜ。ほんと羨ましいよ。」

「そんな言い方やめてくれ、こんなもの、ベノムに感染しなかった副産物みたいなものだ」

塚原が暗い表情で話すがガスマスクでその表情が見えることはなく、後ろを歩く斎藤たちが気付くことはない。

 そんな様子を見て、一番後ろについてきていた柚木ゆずきが塚原に声をかける。

「そんなことより塚原、まだ生体反応はないのか?」

「ああ、すまない。見てみる。」

 と言って、塚原は目に意識を集中させる。彼の視界はサーモグラフィーのように薄い黄緑色になり、建物は透過される。そして五十メートルほど先に赤い人型が見えた。

「お前ら、止まれ。」

 塚原がそう言うと、後ろにいた斎藤達は一斉に止まり、人影が見えもしないのに目を凝らす。

「どうした塚原、何か見えたか?」

「50mぐらい先だが、人がいる」

「何人だ」

「ここから見えるだけでも十人はいるな」

「そんなに⁉どうしましょう、逃げないと…」

「落ち着け神城、これだけ離れてたらあっちからは見えねえよ」

 焦る神城を斎藤が慰める。だが塚原と柚木は警戒を怠らなかった。相手が能力者である可能性を捨てきれなかったからだ。

「おい塚原、どうする?」

 柚木が塚原に行動の意思を問う。

 塚原は少し考え、間をおいてその問いに答える。

「…このまま接近する」

「え、マジですか⁉」

「あっちが敵意を持ってたらどうする」

 斎藤と神城が行動を揺らがせることを言ってくる。

だが塚原の意思が揺らぐことはない。これから生き残るためには他の生存者との協力体制が必要だからだ。あちらが食糧を持っている確証はない、だが人員はいる。捜索範囲を広げることはあちらにとってもこちらにとっても必要なことであり、大きな課題だ。それを持ち掛ければ交渉をすることができると塚原は考えていた。そしてその思考に至っていたのは柚木も同様だった。

「わかった、お前の意思に従おう」

 柚木が同意の意思を見せる。だが斎藤と神城はまだ戸惑ったままだ。

「斎藤、神城、お前らはどうする?強制はしない、ここで待機していてもかまわない。何よりも命が大事だ。」

 数秒悩んだ末に斎藤と神城は口を開いた。

「今更行かねえわけねえだろ。」

「お、俺も行きます!」

 皆の同意が集まる。

「よし、行くぞ」

 その言葉で塚原たちは前進する。



 ゆっくりとした足取りで塚原たちは生存者たちに近づく、塚原は千里眼を常に発動し、生存者たちの足取りを見ている。

「塚原、生存者たちとの距離は」

 柚木が状況を確認する。

「20mまでは近づいた。」

「あと少しですね…」

神城が声を震わせる。

「大丈夫だ神城、いざとなったら柚木の怪力がある。」

「人を秘密兵器みたいに言うな」

 歩きながら近づくと、霧の中から人影が見え始める。

「止まれ」

 塚原の言葉と同時に足を止める。

 生存者も塚原たちに気付き、足を止める。

 まだどちらとも姿は見えていない。

「誰だお前ら」

 人影から声が聞こえる。

塚原はまず日本語であることに安堵し、生存者からの問いかけに答える。

「俺たちは君たちと同じ生存者だ。こちらの人数は四人、全員日本人だ。千里眼の能力者が一人、怪力の能力者が一人、無能力者が二人だ。」

 塚原がそう言うと、少し間をおいて人影が返事をした。

「確認したい、そちらに近づいてもいいか?」

「ああ」

 塚原が返事をすると、霧からガスマスクをしていない男が現れた。

 男は後ろで髪を結んだ長髪長身の男だった。身長はおそらく二メートル、170㎝の塚原が見上げなければならない。

 だが塚原たちが驚いたのはそこではなく、男がガスマスクを着けていないことだった。

 いくらこの場のベノム濃度が薄くても大気中にベノムが蔓延しているこの日本、いやこの世界でガスマスクを着けていないのは自殺行為だ。

「君、ガスマスクはどうしたんだ⁉」

 塚原が慌てた様子で問いかける。

 だが男は落ち着いた表情をしていた。

「ああ…俺はベノムへの耐性が高くてな。こんな中でも普通に呼吸ができている」

 男の言葉にまた塚原は驚愕した。いくらベノムへの耐性が高くてもウイルスを吸い続ければ次第に体はむしばまれていくはずだからだ。しかし男にはその様子が全くない。身体自体がこの環境に完全に順応している。

「すごいな…そんな人間がいるとは…」

「同じことを前にも言われたことがあるよ」

「ほかの生存者と会ったことがあるのか?」

「ああ、そいつはたった一人で俺たちのアジトにたどり着き、間もなく死んでしまったがな」

「そうか…」

「それより、お前らは何なんだ?見たところ、さっきの発言に嘘はなかったようだが」

 男の眼が一瞬で警戒の眼に変わる。

 周囲を確認すると霧の中の人影が塚原たちを囲んでいた。

「なんだてめえら、やる気か?」

 柚木が喧嘩腰に男に向かって言葉を投げる。

 だが男がひるむことはない。

「お前らがそれを望むなら構わないがそっちにメリットはないぞ。」

「あ?どういう意味だ?」

「君たちが勝ったところで、負傷したメンバーとここで置き去りになり、目的地にも付けぬまま死ぬだけだ。もっとも、千里眼の能力者がわからなければ無意味だがな」

「それでなんで俺たちにメリットがないと言い切れる?」

「もう分っているからね、君たちの誰が能力者なのか」

「はあ?」

柚木は動揺した。この状況、この情報量で分かるわけがないと思っていたからだ。

「見たところ、お前は怪力の能力者だな」

 柚木が動揺している最中、さらに追い打ちをかけるように男は柚木の能力を的中させた。

「さっきの発言、行動は戦闘に自信を持っていなければ出てこない言葉だ。それに、突っかかってくるあたり、お前は戦闘要員としてチームに入っていると推測できる。交渉を持ち掛けてきたそっちの奴はリーダーであり、先頭に立っているところを見ると千里眼の能力者だろう」

 立て続けに能力をあてられ、塚原たちは圧巻した。

「こっちだって十年間、この環境で生き延びてきたんだ。なめるなよ」

 あまりの驚きで柚木たちは固まってしまう。しかし、塚原はこの状況の打開策を考えていた。

「どうした?固まっている暇があったら。何か言ってみたらどうだ。」

「…どうして、」

「ん?」

「どうして、自分たちが勝った時の想定を言わない?」

 塚原の発言に男は首をかしげる。

「何を言っている…」

「…さっき君が言ったように、俺たちが戦闘を行ったところでメリットはない。だが、こういう話を持ち掛けるときは自分たちのメリットを最初に話し、優位立場であることを相手に突きつけることをするはずだ。相手のデメリットなんて、戦意を喪失させるための駄目押しに使う。」

「…だからどうした?」

「…自分たちのメリットを言わないということは、戦闘での勝利のビジョンが見えていない。もしくは、メリットがあったとしても戦意を喪失させる決定打に欠けている。…ということじゃないのか?どうだ、俺の推理は?」

 塚原の言葉を聞き、男は沈黙し、顔を下げる。しかしそんな沈黙も長くは続かない。

 男は顔を上げ、塚原を称えるように拍手をした。

「いや、素晴らしい推理だな」

 一言そういった後、男は拍手を止め、再び警戒の表情を見せる。

「だがそんな推理をしたところで何になる?そっちに戦闘の意思がある限り、こちらも退く気はない。」

「待ってくれ、こっちも戦う気はない。それにどちらにもメリットがない戦いは不毛だ。君もそれはわかってるだろ。」

「ならなぜ俺たちに接近した?」

「…君たちと協力体制を組みたいからだ。」

「なぜだ。そちらに能力者は二人、対してこちらは能力者の数はたった一人だ。協力体制を組んだところでお前らにメリットはないだろ。」

「能力者の数だけで協力体制を組むわけじゃない。情報共有、探索範囲の拡大、食料の確保、お互いに利害は一致しているはずだ。」

「…」

 塚原の交渉に対し、男は黙り込む。そんな中、霧の中にいる人影の一人が男に向かって喋りだす。

「兄貴!何黙り込んでんだ、そんな奴らの話信じるな!」

 その言葉を聞いても、男は反応しない。

 しばらく間が空いたところで、とうとう男は口を開いた。

「…お前ら、この世界についてどう思う?」

 男から放たれた言葉は漠然とした質問だった。

 戸惑う塚原たち。男は続けて言葉を放つ

「謎の隕石が飛来してから、理不尽な死が世界を襲った。食物連鎖は崩れ、社会と常識はなくなり、世界に残った人類は十歳以下の子供と運良く生き残った二十歳以下の者たちだけ、それぞれがそれぞれの生存方法を見つけ、生き延びた者たちは集団を作り、細々と生きている。こんな世界についてどう思う?」

 漠然とした質問。

 塚原はまた固まってしまう。だがそれは質問に対する戸惑いではなく、これまでの男の印象からその漠然とした質問が出たことが意外だったからだ。

 しかし塚原の硬直は、男の質問に対する答えとともに解けた。

「…俺は、起こった過去に対して悲観し続けるつもりはない。少なくとも今生き残っている人間たちは悲観ではなく、前進するため試行錯誤している。なくなったものではなく、今ある問題に向き合うことが大切だと俺は思う。」

 塚原の返答に男は少し驚いた表情を見せた。

 そして驚きの顔は次第に優しい笑みへと変わった

「わかった、お前らと協力関係を結ぶ」

「兄貴!?何言ってんだ!」

 男の言葉に驚き、霧の人影は荒々しく言葉を放った。

 しかし男の意思は変わらない。

「こいつらには協力する価値がある。だから了承した。お前ら、俺を信じろ!」

 男は霧の人影たちに呼びかけると、少し間を空けて霧の中からガスマスクの集団が現れた。

 男は塚原に手を差し伸べ、協力の意思を見せた。

「俺の名前は、「東郷蓮とうごうれん」これからよろしく頼む。」

 塚原は東郷の手を取り、熱く握手を交わす。

「塚原光だ。こちらこそ、よろしく頼む。」

 お互い挨拶をした後、東郷はある提案をした。

「俺たちのアジトにこないか。お互い疲労しているし、アジトまではそこまで距離はない。」

「いいのか?」

「ああ、それに、お前に相談したいこともあるからな」

 東郷は少し深刻そうな顔を見せて、振り返り、「ついてきてくれ」と言ってアジトへと進行した。

 アジトまでは1キロもなかったが、疲労もあったからか、アジトまで三十分ほど時間がかかってしまった。

 ついた先は上が見えないほどの高層ビルだった。

 「ここだ」と言って、東郷は半壊した入り口からビルへと入った。塚原たちもそれに続いていく。

 エレベーターは当然使えないため、非常階段から地道に上の階へと向かっていく。

 すでに塚原たちの脚は悲鳴を上げていた。階段を一段一段上るごとに足の裏から膝にかけて痛みが走る。

「東郷君、まだつかないか?」

 二十階を超えたあたりから塚原が息を切らしながら東郷に問う。

「あと五階ほど上に行けば、ガスマスクも取っていい。俺たちが拠点にしているのはこの三十階建てのビルの二十五階から三十階までの階層だ。そこまでいけばベノムも入ってこない」

「あと五階も上るのかぁ…」

 神城は嘆くようにつぶやく。

「黙ってのぼれよ軟弱もの」

 先程東郷のことを「兄貴」と読んでいたガスマスクの一人が神城に対して厳しい言葉をかける。

 根をあげながらも塚原たちは無事、二十五階へとたどり着いた。

 階の扉を開け、廊下を進み、突き当たりにある扉を開くとひらけた広い部屋に四人の男と一人の女がいた。部屋の壁には、探索に必要な装備がズラリと並べてある。

「リーダー、その人たちは?」

 部屋にいた一人の男が東郷に訊ねた

「こいつらは探索途中に遭遇したチームだ。少しの間ここで休憩してもらう。塚原たちも装備はここに置くといい。」

 東郷の言葉を聞き、塚原たちはガスマスクと重い装備を脱いだ。

 気が楽になったところで塚原は顔を上げて東郷を見る

「まだ、メンバーのことを言ってなかったな。紹介するよ。この金髪のイケメンハーフが柚木海ゆずきかい、後ろにいる坊主の老け顔が斎藤浩二さいとうこうじ、細目でひょろ長いのが神城正かみしろただし。」

「説明雑だなおい!」

 斎藤がツッコミを入れると東郷から少し笑みが溢れた。

「おもしろかったか?」

「いやその、塚原は意外と普通の顔なんだなと思ってな」

「うっ」

 東郷の言葉で後ろの三人はクスクスと笑っていた。

 だがこんな状況をよく思わない者が一人いた。

「なんだか緩んでるみたいだが、俺はまだお前らのこと信用してないからな。」

 ガスマスクの一人が言葉を発しながら塚原の前に立つ。

 ガスマスクを脱ぐと明るい茶色の短髪と大きく丸い瞳で整った顔立ちが出てきた。

「えっと…君は…」

 塚原は戸惑いながら口を開いた。

天草あまくさだ。俺はお前らのことを信用してない。あんまり勝手な行動はするなよ」

「あ、ああ」

 塚原は不覚にも気圧されてしまった。

「すまないな、こいつは人一倍警戒心が強いんだ」

 東郷が落ち着かせるように天草の頭をなでる。

「やめてくれよ兄貴」

 天草は恥ずかしがりながら東郷の手を払った。

 そして東郷は塚原と目を合わせ、穏やかな表情から真剣な表情に変わった。

「塚原、少し相談があるんだが、いいか?」

「兄貴、もしかして」

天草が心配そうな表情で東郷を見る。

状況がよくわからない塚原は戸惑いながらも東郷の申し出を了承した。

「上の階まで来てくれ」

 東郷がそう言って歩き始め、塚原はそれについていった。護衛の意もあって柚木も同行する。遅れて天草がついてきた。

階段を上っていき、着いたのは最上階である三十階だった。

その階の廊下の一番奥に一つの扉があり、塚原はそこに案内された。

扉の前に四人が集まったところで東郷は塚原と向き合った。

「塚原、この扉の向こうには六畳ほどの狭い部屋がある。部屋の中には川島椿かわしまつばきという名前の女性がいる。彼女は二年前、恋人である木葉雅人このはまさとをベノムに侵されて亡くした。そのショックで彼女は精神を病み、今も恋人が生きていると錯覚している。部屋の中には恋人の遺体が棺桶にいれた状態で置かれてある。それから彼女はこの部屋に引きこもり、今も恋人の遺体と生活している。」

 東郷が部屋の中の説明をする。塚原は東郷が何を自分に頼もうとしているのかが分かった。

 そして塚原は間を開けず、「わかった」と言って、東郷の言葉も聞かないまま部屋へと入った。

 部屋の中には東郷の言った通り棺桶とおそらく川島と思われる女性が一人座っていた。

 川島は突然入ってきた塚原に対し驚きの表情を見せた。

 塚原は座り、彼女と同じ目線になる。

「少し、お話いいですか?」

「…ええ」

 塚原の問いかけに川島は戸惑いながらも返答した。

「三年前、俺は恋人を亡くした。彼女は明るく、優しく、リーダーである俺を支えてくれた。普段はアジトで子供たちを愛でている彼女がその日はなぜか探索に行くことを志願した。俺は軽い気持ちでそれを許し、いつも通りに探索を始めた。しかし、帰りの最中、ベノムによる突然変異で巨大化した犬に遭遇してしまった。彼女は俺を庇い、犬に喰われた。俺と仲間は何も出来ず、尻尾を巻いて逃げたんだ。」

悲しげな表情で俯きながら三年前の出来事を話す塚原を川島は不思議そうな表情で見ていた。東郷たちもその様子を扉の向こうで聞いている。

「俺はその一日、放心していた。何も考えられなかった。死のうとも思った。でも、次の日も俺は探索に向かった。何事もなかったように、恋人が死んだことなんて忘れたかのように…死にたかったのかもしれない。……前に進むしかなかった、彼女の死も、仲間の死も、家族の死も、踏み台にして、進むしかなかった。そうしなければ、この世界では生きていけない。」

  過去ではなく今を見る。塚原は辛い過去と、そこからの克服を語る。その言葉を聞いて、川島も悲しげな表情で塚原を見つめていた。

 塚原は顔を上げ、川島の目を真っ直ぐ見た。

「だから、川島さん。あなたも進まなければいけない。恋人の死を乗り越えて」

 塚原は躊躇なく、川島に対して恋人の死を告げた。外で聞いている天草が飛び出ようとするが、東郷がそれを止めた。

 川島は塚原の言葉を受けてもなお、恋人の死を認識していなかった。

「そうよね、前に進むべきだと思うわ。でも私にはまだ雅人さんがいるから。今は眠ったままだけど、いつか起き上がって、元気な姿を見せてくれるわ。そしたらまた二人で幸せに過ごせる。」

 川島の顔は希望と幸福で満ち溢れていた。

 対して塚原は少し沈黙していた。川島の更生を諦めたからではない。塚原の心にあったのは、ただ単純な怒りだった。

「…その人は…」

「え?」

「その人は、あんたの足枷になるために死んだんじゃねぇぞ!!」

 川島が首を傾げた瞬間、塚原は川島の胸ぐらを掴み、怒号を浴びせた。

「恋人の死が辛いのはわかる!耐えきれない絶望だろう、心臓が握られたように苦しいだろう…でもな、死んでいった奴らは決して俺たちの枷になるために死んだんじゃない。残った仲間に、次の世代に、希望を託すために死んだんだ!」

 その空間には塚原の怒号のみが響き渡っていた。

 先程飛び出そうとしていた天草も黙って塚原の話を聞いている。

「今はその棺桶がベノムウイルスを抑えているが、いつか必ずウイルスは棺桶から飛び出し、この建物を包む。そうなれば、全て終わる、無駄になる。東郷が培ってきたものも、君の命も、彼の死も…そうなりたくなければ、立て!進め!…彼もそれを望んでる。」

 塚原は言葉を言い終えると川島の胸ぐらから手を離した。

 川島は驚いた表情のまま硬直していた。

「俺から言えることはこれだけです。あとは、あなた次第だ」

 塚原はそう言って振り返り、扉へと向かう。

 塚原の耳には川島の咽び泣く声が微かに聞こえた。

 部屋の扉を開けると、外では東郷たちは重い表情で待っていた。

「すまないな」

 沈黙の中で東郷が一言そう言った。

「こっちだって余計なことをした。それに、これで状況が改善されるかはわからない。まだこの状況が続くようだったら、次は君がやれ」

「ああ、元はと言えば俺の仕事だしな」

「兄貴が落ち込むことじゃねぇよ。こいつが余計なことしただけだ。あんまり調子に乗るなよ、俺はまだお前らのこと信用してないんだからな!」

 塚原と東郷の会話に、天草は塚原を睨みながら割り込んできた。

「ああ、すまないな天草くん。」

 塚原が謝ると天草は面食らったようにひいてしまう。

「いや…まぁ…さっきのことは参考にさせてもらうよ」

 天草はそう言って、その場から逃げるように去っていった。

「避けられてるな…」

「いや、ああ言ってはいるが、しずくも感謝しているはずだ。」

「雫…天草くんの下の名前か?」

「ん、ああそうだが…」

「男なのに珍しい名前だな…」

「まぁ、キラキラネームよりかは全然マシだろ」

「確かにそうだが…」

 塚原と柚木が名前について話していると東郷はずっと首を傾げていた。

 少しすると東郷は何かに気づいたように顔を元に戻した。

「あぁ…そういえば言っていなかったか…」

「ん、何がだ?」

「雫は女だぞ」

「…………はぁ!?」

 塚原は大きく驚き、柚木は思考を停止させていた。

「おい柚木、大丈夫か?」

「驚きすぎて思考が止まってるな」

 そんな驚きの事実を知って、塚原たちはアジトのフロアを少し周り、休憩をした。

 子供たちは元気で、先程探索をしていた物たちは静かな時間を過ごしていた。

 そんな中、二十七階の東郷の部屋で塚原たちは東郷と協力体制のことについて話していた。

「俺たちは決して安定した生活を送れているわけではないが、食糧には恵まれている。だからこちらからはお前らに食糧の一部を提供したいと思っている」

 東郷は食糧の提供を提案した。

 その提案に塚原は安堵した。

「それは助かる。ちょうど食糧を探していたところなんだ。」

「だが、食糧を提供するにはお前らにもそれと同等の何かを提供してもらわなきゃいけない。できれば、探索に利用できるものがいい。」

「うーん、探索に利用できる何かか…」

 塚原が顎に手を当てて悩んでいると、柚木が横から肘打ちをした。

「痛っ!何すんだよ柚木…」

「ここでテメェの能力使わなくてどうすんだよ。妙なところでぬけてんな」

「あ、そうか」

 塚原は何かを思い出し、ズボンのポケットから折り畳んだ紙を取り出す。

 紙を広げるとそこには塚原のアジトを中心とした地図が描かれていた。

「これは…」

 東郷は少し驚きながら言葉を漏らす。

「これは、俺の能力「千里眼」を使って作った地図だ。今は食糧の調達とこの地図の拡大のために探索を行なっている。」

「すごいな、塚原の千里眼はどの範囲まで見えるんだ?」

「最大で約九キロまで見えた。かなり集中力を使うけどな。俺たちからはこの地図を提供しようと思っている。羅針盤がなければそれもやる。君の出した条件に見合っているといいが…」

「充分過ぎるぐらいだ。やはりお前と協力体制を組んで正解だった。」

「それは良かった。」

「兄貴!いい加減にしてくれ!」

 塚原と東郷が話していると突然扉を開けて天草が乗り込んできた。

「こいつらの話に乗りすぎだ。この地図が本物かどうかさえわからないんだぞ!」

「だがなぁ、雫。俺たちにとって、この地図は探索に活用できる。疑ってばかりでは前に進めない」

「そうだが…じゃあ、俺をお前らのアジトまで連れて行け」

「え」

 天草の提案に塚原は驚きを隠せなかった。

「何言ってんだ雫」

「俺がこいつらのアジトに行って、帰ってくることができたら、こいつらは信用できるって事になる。帰ってこなかったらそれまでだ」

「おい待て雫、なんでお前が行くって話になる。行くなら俺だろ」

「リーダーである兄貴を危険な場所に行かせらんねぇよ」

「えっと…ちょっといいかな」

 東郷と天草の言い合いに塚原が割り込む。

「じゃあ二人とも来ればいいんじゃないかな」

 塚原の発言に東郷と天草は首を傾げた。

「天草ちゃんは俺たちのことが信用できない。東郷は天草ちゃんだけでは心配。なら二人ともついて来ればいい。俺たちは騙すつもりはないし、君たちがどんな能力を持ってるか知らないから迂闊な真似はできない。これならどうかな」

 天草は少し考える。東郷はすでに決断していたため、迷うことなく塚原の意見に了承している様子だった。

「…気は乗らねぇが、それならいいぜ」

「よし、天草ちゃんの了承も得られたし、早速出発しよう!」

「は!?早速ってまた十キロ以上歩くつもりかよ」

「せめてもう少し休んでからに…」

 塚原の突然の提案を神城と斎藤が必死に止めようとする。

 しかし塚原の意思は揺らがない。

「だって、いち早く二人に信用してもらわないといけないだろ?」

「それはわかるが…」

「塚原、確かにそれは必要なことだが、疲労している今の状態では効率が悪い。お前と俺は平気でも神城と斎藤はついて来れるかわからないぞ」

「う~ん…」

 柚木のもっともな言葉を聞いて、塚原は少し悩んでいた。

 リーダーとしてチームメンバーのことを考えないのは一番の問題だ。だからと言って、このままだとアジトに戻る前に日が暮れてしまう。

夜は動物たちが活発になる。怪力の柚木がいたとしても、視界が完全に塞がれた夜では動物たちの格好の餌食だ。ここで一晩過ごすのもいいがそれではアジトのみんなが心配する。と塚原は考えていた。

塚原が悩ましい顔をしていると、東郷が閃いたように手を叩く。

「そうだ。柚木、お前は怪力の能力を持っているんだよな?」

「ん…ああそうだが」

「以前、食糧を運ぶために木製の荷台を作ったことがあってな。その荷台に俺たちが乗って、柚木が引いていけばいいんじゃないか」

「おお!それいいアイデア」

「ちょっと待て、人を馬みたいに使おうとしてんじゃねえ」

「いいじゃないか、柚木なら五人程度楽勝だろ?」

「お前なあ…」

「それとも自信がないのかぁ?」

「あ?なめんな、そのぐらい楽勝だ」

「よし、それじゃあ行こう」

 出発の決断をすると、塚原は素早く二十五階に向かい、置いた荷物を取りに行った。

 柚木たちも呆れた様子で二十五階に向かった。東郷と天草もそのあとに続く。

 装備を整え準備を終えると塚原たちは荷台が置いてある一階へと向かった。

 一階に着き、木製の荷台を見つけて塚原はテンションを上げる。

「おお!丈夫そうだなぁ。これなら五人で大丈夫そうだ」

「もともと食糧の調達用に作ったんだが、個々で運んだ方が効率が良くな、ずっと放置してる状態だった」

 塚原たちは次々と荷台に乗り込み、柚木が荷台の前で荷台の持ち手を持った。

「おい、もう全員乗ったか?」

「ああ、頼むぜ柚木」

「おう」

 柚木は返事すると荷台を引っ張り、アジトへ向かって発進した。

 怪力の能力を使い、五人が乗った荷台を難なく引っ張り走る。

「おお!速いな」

「この速度なら一時間程度で着くだろうな」

 揺れる荷台で呑気に喋る塚原と東郷。天草がいることもあってか神城と斎藤は気まずい雰囲気を感じていた。

 塚原たちは協力に関してのことを話しながらアジトに着くまでの時間を過ごす。

 アジトの輪郭が見えたところで塚原は何か違和感に気づく。

「見張りが、倒れてる」

 塚原が小さく呟くと神城と斎藤が反応した。柚木はそれを視認したところで停止する。

「おい!塚原」

「わかってる!」

 塚原は返事すると荷台から素早く飛び降りた。

 倒れている見張りの人間に駆け寄る。

「おい、何があった?」

 倒れている見張りが塚原に気づき、か細い声を出す。

「リーダー…香奈かなさんが、連れて行かれました」

 塚原はその言葉を聞くと見張りに致命傷が無いことを確認し、「待っていてくれ」と言って再び荷台へと戻った。

 千里眼を使って仲間の香奈を連れ去った犯人の足跡を確認した。

「柚木、南に二キロだ。全速力で行け!」

「わかってる!」

 先程とは比べてものにならない速度で走る柚木。荷台に乗っている五人は振り落とされそうになりながらも必死にしがみつく。

「おいどうした!?」

 突然の塚原たちの行動に戸惑う東郷と天草。

「うちの女が一人攫われた。すまないがこのまま犯人のところまで行かせてもらう!」

 千里眼を使って犯人の足取りを追う。南はまだ塚原たちが探索しきれていないため、どんな土地が広がっているのかがわからない。

 不安ながらも突き進む塚原たち。

 ビル街の中で十分程度経ったところでようやく塚原以外が人影を視認することができた。

 他の土地に比べて霧が薄く、目を凝らせば犯人の姿を見ることができた。

「おい!止まれ!」

 と犯人の男に対して塚原が言葉を放つ。

 犯人を視認したところで柚木も止まり、塚原たちは荷台から降りる。

「悪いことは言わない。うちの仲間をかえしてくれ」

「近寄るな!」

 塚原の方を向いて、香奈の首に腕をまわした状態で声を荒げた。男はガスマスクをつけておらず、服装はTシャツにジーパン姿だった。

 塚原たちは男の声と同時に足を止める。

 男の手をよく見ると、香奈のこめかみにハンドガンを突き付けていた。

 それを見た塚原と柚木は状況を把握し、冷静を保つ。

 しかし男は落ち着かない様子だった。

「お前ら全員マスクをとれ!俺の言う通りにしろ!」

 塚原たちは男をこれ以上逆上させないために言う通りにガスマスクを取った。

「これでいいか…」

「なんだ、女はいねぇのか?」

 塚原の問いに対して男は的外れなことを口にしていた。

「なんでそいつを攫った?」

 続けて柚木が問いかける。

「あぁ?うるせぇよてめーらには関係ねぇだろ」

「うちのチームの女攫っておいて何言ってやがる」

「うるせぇなぁ!てめーらも男ならわかるだろうがこんな世界になったんじゃ、たまるもんもたまるんだよ!オカズがねぇから発散もできねぇんだ」

 男の言葉に嫌悪感を覚える塚原たち。

「最低…」

 天草が一言呟いていた。口に出さないだけで、塚原たちは全員そう思っている。

「お前、ふざけてんじゃねぇぞ」

 柚木が鬼の形相で一歩前に出る。

「おい!近づくんじゃねぇ!こいつの頭がぶっ飛んでもいいのか」

「やってみろよ。その瞬間テメェを殺す」

「ひっ…」

 柚木の威圧に負けた男は銃口を香奈ではなく柚木に向けた。

「塚原、弾道を教えろ」

「ああ」

 銃口を向けられても柚木は歩みを止めない。

 男が引き金に指を添える。

「右」

 と塚原が呟くと柚木はから左に動かす。男が撃った弾丸は右に通り過ぎていった。

 男は驚くがまた柚木に標準を合わせる。

「左」

 塚原がまた弾道を教える。柚木はまたその通りに避けた。それを四回繰り返したところで、柚木は十分男に近づくことができた。

 また引き金に指を添えた時、柚木は瞬時に銃を持った腕ともう一方の腕を折る。

 男はうずくまり、痛みに悶えている。その隙に香奈は塚原たちの方に逃げ、地面に落ちた銃を柚木は塚原の方に蹴り飛ばす。

 うずくまっている男を柚木は見下す。

「おい」

「うぅぅ…」

「おい、どうした?もう終わりか?」

「くっ…ぅぅ」

「他人のものを奪おうとするからこうなる。一生そこでうずくまってろ」

「……しそんを…」

「あ?」

「しそんを…のこさな……ければ…」

「テメェ、まだそんなことを…」

 柚木は怒号を放とうとした時、男の異変に気づいた。

 男の体はありえない形に変形し、体からは無数の触手が生え始める。男の体はだんだんと大きくなり、先程見下していた柚木のこと見下すようになる。

 大きくなったところで男は奇声をあげて柚木に襲いかかろうとする。

「きええええええええええ!」

「くそっ、なんだこいつ」

 咄嗟に防御の構えをとる柚木だが、次の瞬間、後ろから「右に避けろ」と声が聞こえ、素早く柚木は右に避けた。

 柚木が右に避けたところで、銃声とともに男の動きが止まった。男は数秒止まったところで力尽きるように倒れる。

 まだかろうじて残っていた男の額に、落ちていた拳銃で塚原が弾丸を打ち込んだのである。

 突然のことで動揺する柚木。倒れた男がもう動かないことを確認する。

 その事に安堵する塚原たちだが、一人安堵していないものがいた。

「なんだ…あれ」

 震えた声で神城が呟く。塚原が神城を見ると、神城は上を見て驚愕していた。

 確認するために塚原もそこに視線を向ける。

 瞬間、塚原も驚愕した。そこにあったのはビル街を支えにして空中に固定されている巨大な繭だった。

「どうした?」

 と柚木が塚原のところに戻り状況を確認する。

「塚原。あれ、生き物か?」

 冷静に塚原に問いかける柚木。塚原は千里眼を使い繭の中身を確認する。

「生き物じゃないな。見たことがない色だ。動いているわけでもない。」

「んじゃ、確か見てみるか」

 と言って、柚木は地面に落ちていたコンクリート片を手にとる。

「おい柚木、まさかあれに投げるつもりか?」

「これまで、巨大な犬だとか猫だとか見てきたんだ。さっきだって得体の知れないものを見たし、今更何が出ても驚かねぇよ」

 柚木は塚原の忠告も聞かずに怪力を使ってコンクリート片を繭に投げた。

 コンクリート片がぶつかった部分がひび割れ、中身から光が漏れていた。

「なんだ?」

 繭のひびは次第に広がり、繭の全貌が見えそうになる。

「全員伏せろ!」

 塚原の言葉と同時に全員が一斉に目を瞑り、伏せる。

 次の瞬間、繭は割れ、中から激しい爆風が吹いた。

 吹き飛ばされないように耐える塚原たち。全員吹き飛ばされることはなくその場を耐えた。

 状況を確認するために塚原はゆっくりと目を開ける。すると周囲が異様なまでに明るい事に気づいた。

 周りを確認すると視界を塞いでいた霧が消えていた。もしやと思い、空を確認するとそこには一面の青空と眩い太陽があった。

「10年ぶりの、空…」


 後にわかった事だが、あの繭は地球に隕石を飛来させた異星人が地球の膨大なエネルギーを回収する際、回収しきれなかったものを保管するためのものだったらしい。

 繭の破壊により日本の霧は消え、空が見えるようになった。

 その事を知った塚原は地球を再生するための計画を立てる。

 その後、地球の再生を望む異星人とも交流し、塚原は地球再生にその生涯をかけた。



 2074年 現在

「というのが、英雄塚原が成し遂げた地球再生の第一歩ってわけだ」

「英雄ねぇ…」

「なんだよその反応。俺たちがこうやって青空を見れるのは英雄塚原のおかげなんだぜ」

「ま、どういいけどな。昔何があったかなんて興味ねぇし」

「かぁ〜、たくっ、お前みたいなやつがいるからチームの士気が下がるんだよ」

「それは関係ないだろ。それに俺が言いたいのは昔のことじゃなく今のことに目を向けるべきだってだけだ。塚原光さんの意思を否定してるわけじゃない」

「…わかってるよ、ちょっと言ってみたかっただけだ……だけどさぁ」

「ん?」

「俺たちも塚原さんみたいに、英雄になれっかなぁ」

「無理だろうな」

「即答かよ!」

「別に不可能と言ってるわけじゃない。だが、俺たちは「無理だろう」を「無理だ」と断言するようにしなくちゃいけない。英雄とは決まって何か危険なことに立ち向かい、そしてそれを乗り越えた者がつけられる称号だ。チームメンバーをそんな危険に晒すわけにはいかない。そのために探索兼異文化交流隊である俺たちがいるんだ」

「……」

「どうした?」

「…いや、さっきの言葉取り消そうと思って…お前のせいで士気が下がるとか言ってごめんな」

「はぁ、そんなことか。気にするな。こうやって、平和に会話できるだけでも良しとするさ」

「……なぁ神城」

「ん?」

「うまくいくのかなぁ…このままで」

「……」

「異星人と交流して、協力して、今や俺たちは不自由なく生活できてる。このままで、五十四年前のような地球に戻せんのかなぁ」

「…それはわからないな。日本だって、開国してからは異文化を取り入れ、和の色を失っていった。地球だって、木々はなくなり、海は枯れ、やがてそこら辺の水のない惑星と同じようになるかもしれない」

「……だよな」

「だが、そうさせないために、俺たちがいる。だから東郷、不安になることはない。」

「おう!そうだな」

「二人とも何話してるの?」

「おっ、光輝こうきさま!ご苦労様です!」

「その呼び方やめてよ東郷くん」

「英雄さまのお孫を呼び捨てになどできませんので〜、それにしゅうでいいって言ってんだろ、相変わらず固いな」

「お爺ちゃんが英雄だからって僕が偉いわけじゃないんだから、僕は東郷くん達より歳下だし…神城くんからも何か言ってよ」

「英雄さまのご子息を無我にはできません。それに俺も良太りょうたでいい」

「もう!二人ともからかわないでよ!」

「つうか、光輝はリーダーなんだからもっとドンと構えろよ」

「そんなので明日の会議は大丈夫なのか?」

「あっ、その事について二人を探してたんだ」

「おっ、なんだ?」

「明日の会議、よければ同行してくれないかな。二人がいれば心強いし」

「なんだそんなことかよ。言わなくたってついて行くよ」

「ありがとう東郷くん。神城くんは…」

「もちろん行く」

「ホント!二人ともありがとう」

「しかし条件が一つ」

「えっ、何?神城くん」

「今後、俺たちのことは下の名前で呼ぶこと」

「うっ」

「おお!そいつはいい」

「…じゃあ、良太くん、秀くん。よろしく!」


 三人の少年は青空の下で笑顔を交わす。

 この平和がいつまで続くかは誰もわからない。それは漠然としていてそれでいて不確定なぼやけた未来だ。

 だが彼らが辿る道筋はこれまでの過去が創造してくれるだろう。過去は知識で、過去は記憶で、過去は全てだ。

 塚原光とその仲間が残した記録は塚原光輝の背中を押し、漠然とした未来へと導いてくれるだろう。

 そして塚原光輝が残した記録も次の世代へと受け継がれる。

 これは、彼らが残した灰色の記録…


 『グレイ・ログ』である。

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グレイログ 青木 咲人 @hato1211

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