貴女を射ち落とす

松平真

第1話

 引き絞っていた手を放す。

 弓は弦を解放された喜びを、運動エネルギーとして矢に託した。

 矢はその力のうち、ほんの少しだけを数瞬の飛翔のために費やし、残りを『それ』の脚の甲を貫き、地面に縫い付けることに専念した。


 悲鳴があがる。


『それ』は毛むくじゃらの身体を振り回し、矢という戒めから逃れようとした。


 その時には、二射目は番われていた。

 矢が放たれる。

 今度は逆の足を貫いた。

『それ』は姿勢を保てず、前のめりに転倒した。

 三本目の矢を番える狩人…まだ少女と呼べる背格好だ…の姿が月明りで露わになった。

 顔立ちは整っており、それなりの努力をするだけで少なくとも世の男どもが放っておかないことは明らかであった。

 だが、それらすべてをここ数日の山籠もりが台無しにしていた。

 乱雑に後ろで一つに纏められていた髪は、土と埃がまぶされていない処は無いような有様だったし、衣服は垢と…こちらも土と埃まみれだった。


 そして、何よりも男共が声をかけないであろう原因はその、能面のような表情だった。


 狩人…ターニャという名だった…は、指と腕に込めていた力を抜いた。

 矢がわずかな放物線を描いて『それ』の背中に突き刺さった。


 絶叫。


 悲鳴を聞き、ターニャの口元が何かを堪えるようにひきつった。

 のたうち回ろうとする『それ』に向け、四本目の狙いをつけながらターニャは過去へと意識を向けた。


 なんで、こんなことになってしまったの。わたしたちは。




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