だれでも夢の道具が作れる日

大幸望

第一話

「明日の月曜日から1週間、皆さんが想像した道具をひとつだけ生み出すことができます。ただし、1週間後の日曜日の正午に生み出した道具はなくなります。危険ですので、1週間自宅待機してください。」

アナウンサーあがりの大臣が、まるで駅のアナウンスのように淡々と読み上げている映像が、電車内のディスプレイや街角の大画面で何度も何度も流れている。


政府が三顧の礼で天才技術者を迎え入れた、というニュースが流れたのは、つい昨日だった。科学者たちが俗世のあれこれを嫌がり、数万人単位で南極に移住してから15年。南極が猛烈に発展したことを人工衛星で知った国連は、代表団を派遣して技術者の派遣を要請した。そして先月、各国に一人ずつ技術者が派遣されてきた。日本にやってきた天才技術者はあっという間にテレビの人気者になり、政府はその人気にあやかろうと大臣のポストを用意した。


SNSを開くと、皆アニメの世界がやってきた、と喜んでいる。

ただ、私はどうしても危険なので1週間自宅待機を、という部分が納得できない。

こんなみんなを煽るようなイベントを用意しておいて、危険なので自宅待機をなんてまるで災害のような言い方をするのはもやもやする。

それに、想像した道具をひとつ用意できるなら、政府が何が起きても安全を確保できる道具を用意すればいいじゃないか。


———————


月曜日。

いつも通り朝起きて制服を着てリビングに行くと、いつも朝早く仕事に行く父親がのんびりコーヒーを飲んでいた。そうか、今日から自宅待機なんだ。

「早速みんな飛んだらしいぞ」

とんだ?何が?と思いテレビを見ると、羽をはやした人たちが空を飛んでいる。

「ああ、鳥になっちゃったのね」

「お父さんは何になろうかな?」

「私はもぐらになりたいな。」

お母さんは一体どんな闇を抱えているのだろう。

「いやいや、動物になるイベントじゃないから」

「でも、鳥になった人たちは楽しそうだぞ。」

たしかにな、みんな空を飛びたい時もあるよな、と思いテレビに目を向けると、

ちょうど何かが真っ逆さまに落ちていく影が見えた。


———————


夕方になると、防災無線で自宅待機が強く呼びかけられるようになった。

なんでも、各地で空高く上がりすぎて、空気の薄さや温度の低さで意識を失い落下する事態が頻発したらしい。確認されているだけでこれまでに3千件。

それだけじゃない。

宇宙に行こうと思い、誤って地球に帰ってこれなくなった人たちが少なくとも30人。地球に戻る途中の大気圏で燃え尽きた人が少なくとも20人。少なくとも。

心配になってリビングに行くと、親は2人仲良く映画を見ていた。

お母さんには、地下までは探しにいけないよ、と言っておいた。

ともかく、映画でも見ながら1週間のんびり過ごすのがいいみたいだ。

食糧の配給もあるし。



———————


いい機会だ、と思い、テレビドラマを3つほど一気見した。

気づくともう水曜日の夜。

熱中しすぎて気付いていなかったけど、親友のみーちゃんからメッセージが届いていた。

「なんか、着ぐるみみたいな感覚で美人になれる道具を作った人がいるらしい」

「一緒にやろうよ」

やば、火曜日の昼から丸一日見逃してる。

「おーい」

「ひまだろー」

「いいや、ゆきちゃん誘う」

「ぐぁー、たすけてー」

いやいや、ゆきちゃん誘ってからその3時間の間に何があったんだ?

もう遅いだろうけど、電話してみる。

うん、繋がらない。

ゆきちゃんにメッセージ送って聞いてみよう。

「みーちゃんから連絡あった?助けてってメッセージ来てたんだけど」

「着ぐるみ着て美人になる、って言ってたけど。」

すぐに既読がついた。

「あー、ちーちゃんのところにも来てたんだ。えっと、美人の着ぐるみを着たのはよかったんだけど、脱げなかったんだよね。」

「いいじゃん、美人になれたんでしょ。日曜日まで来てればよかったじゃん」

「えっと、作りが甘くて口が開かなくて、会話もご飯もできなかったんだよね…」

「え… もしかしてだから電話に出なかった?」

「それは違うと思う。すぐに交番に運ばれて麻酔を打たれて特殊な道具で着ぐるみを剥がしてもらっていたから。今まだ麻酔で寝てるんじゃないかな?」

なんでも、道具関連のトラブルの対処は警察の仕事らしい。救急にかけると、自動音声で

「火事ですか、事故ですか、病気ですか?もし、道具関連の事故なら、もよりの交番もしくは警察署へお願いします」

というアナウンスが繰り返されるらしい。


————————


翌朝には、みーちゃんから連絡があった。

目が覚めたら自宅のベッドで、親が隣で泣いていたらしい。

そういえば、月曜日に鳴り響いていた防災無線が今は聞こえない。

気になってニュースを見てみると、想像以上に凄いことになっていた。


空を飛んだ人たちの遺体は市役所に並び、警察は道具が張り付いてまともに息ができない人たちから道具を引き剥がす作業に追われ、病院はどうしてそうなったかわからない患者で溢れている。

お祭り気分だった人たちの大半は何かトラブルを起こし、ニュースサイトには道具の正しい作り方というページへのリンクが目立つ。


どうやら、私たちが想像した道具ができる、というのは本当らしい。ただし、着ぐるみを作る際に着ぐるみを脱ぐところを想像しないと着ぐるみは脱げないし、空高くで空気が薄くなるときの対策を想像しなければただ飛ぶだけの道具ができる。宇宙に行こうとした人の半分ぐらいは地球に帰ってくるときのことを想像しなかったのでかえってこれず、スペースシャトルを再現して飛ばした人たちは過去のスペースシャトルの大事故を再現してしまった。


なるほど、危険だ。

自宅待機、というのも頷ける。だって、街中では空から人が降ってくるし、警察は道具関連のトラブルの解消で忙しい。どうやら警察も必死にトラブル解消に役立つ道具を作ったようだけど、想像力不足で対応し切れていない。

ショッピングモールには盗撮をするための“革新的な”道具で溢れていて、トイレでは透明な人間が用を足しているらしい。気持ち悪い。


まだあと丸2日以上ある。

みんな学んで自宅でゆっくりする、なんてことはないだろう。

うちの親もそろそろ映画やドラマに見飽きたようだし。


—————————


金曜日の朝。

折角なので今しかできないことをやろうという風潮は、世の中を支配していた。良い意味でも悪い意味でも。

テレビでは、折角なので料理に便利な道具を作ろう、と料理研究家が言っている。たしかこれ、料理番組だったよね。

お母さんはこれに決めたようだ。

「今日はラクレットだよ」

と言いながら、チーズを注文した。

お母さん、そのラクレットの道具、普通に通販で売っている。


ただ、みんながみんな、楽しもうという気分というわけではない。

空を飛んで亡くなった人たちの家族。

行方不明になってしまった人の家族。

大切な人が意識不明になってしまった人たち。

道具を作り出せるのがあと丸2日ほどなのは、彼らも同じなのだ。


ニュースでは、デモ行進の様子が写っている。

ある人は銃を。ある人は大砲を。ある人は見たこともない道具を持っている。

総理官邸の前には、見たこともないような装備を携えた自衛隊が並んでいる。

国会では、野党の人たちが拘束されいてる。

一触即発。

戦車が街を進み、デモ隊の人たちが素手で戦車に立ちはだかっている。

ニュースでは、全て政府が独裁するために仕組んだこと、みたいなことを叫んでいる人がいる。

テレビの中はこの世の終わりだ。


ただ、どうにもわからない。

政府は何がやりたかったのだろう?

あの天才科学者は何がやりたかったのだろう?

こんな手の込んだやり方で混乱を生まなくてもよかったはずだ。

独裁したいなら、月曜日にちゃっちゃと制圧して仕舞えばよかったはずだ。

なんなのだろう、これは。


———————


「お父さん、ちょっとお願いがあるのだけど。」

書斎を覗くと、お父さんはまだドラマを見ていた。

お父さんはまだ道具を作っていない。

天才科学者が何を考えているのか知るためには、

2つほど道具がいる。いや、道具を作る権利が要る。


そもそも、おかしいんだ。

なんでみんなに未熟な道具を作らせたか。

完成品を南極から持って来ればよかったじゃないか。

その方が、何をするにも安上がりだ。

それに、なんでも想像した道具が一つ作れる、というあたりもおかしい。

月曜日の空を飛ぶ人たち。みんな意識を失うほど高くまで行っていたけど、そんな素人の思いつき作った道具でそんな高さまでいけるものなのか?

数件ならわかる。数千件も起こるか?


日曜になれば、全てわかる。

でも折角だ、天才さんに挑戦してみよう。


まず、お父さんに道具を作ってもらう。

作ってもらう道具は、

“南極に存在するもしくは南極で作れる道具を一つ転送してもらえる道具”

早速できた。

想像してたよりわりと大きい。形は1.5メートルぐらいの電子レンジ。

そして、欲しい道具を打ち込む。

打ち込んだ道具は、まさに、いま自衛隊の人が使っている不思議な銃。

結果は、エラー。


なるほど。そんな意地悪ではなかったらしい。

では、私が作る道具は決まりだ。

“現実世界の天才科学者さんにメッセージを送る装置”

そして、打ち込んだ。

「みんな丸ごとバーチャル世界に再現するなんて、素晴らしいです。でも、道具に安全装置がないのは悪趣味ですね。」


—————————


月曜日は普通にやってきた。

1週間バーチャル世界にいた間はずっと寝ていたらしいので、運動がてら歩いて行くことにする。

お父さんと一緒に玄関を出ると、スーツを着た男の人が3人立っていた。

「水無月千佳さんですね、おめでとうございます。」

差し出された封筒には、南極国連大学入学手続き書類在中、と書かれていた。

裏返すと、こう書いてあった。

“夢だけでは、想像だけでは、できないことがある。”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だれでも夢の道具が作れる日 大幸望 @Non-Oosachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ