本当のおともだち

理犬(りいぬ)

第1話

〇黒味


梵鐘の音が響いている。


〇白珠寺・納骨堂・前(夕)


境内に鐘の余韻。

カラスの鳴き声も被さって。

血のような赤色の濃い夕暮れ。

門から、地味なOL風の女が肩を震わせ出てくる。

主人公、赤石ヒカリ(28)である。

その顔、目には少しの涙を滲ませて――


〇ヒカリのマンション・部屋(夜)


――バッグをその辺に投げ、力なくベッドに倒れる。

ヒカリ「(放心状態)……」

間があり、

ヒカリ「(口の中で)くやしい」

とつぶやき、がばっと起き上がる。

ベッド脇にある本棚から日記帳を取って開く。

ヒカリ「(ページをめくるごとに)くやしいくやしいくやしいくやしい」

ヒカリ、ペンを握り日記を書き始める。

ヒカリ「今日の理不尽1。アヤミが契約者情報を間違ったのになすりつけてきた。今日の理不尽2。骨壺の取り扱いにケチをつけてくる(落着きなく頭をかき)あーっ」

と、日記を放り投げる。

同じ本棚から自己啓発本『イヤな人とうまくやる108の方法』という本を読もうとするが、首を傾げすぐ閉じ、『自己肯定力』という本を開く。

ヒカリ「あんなに言われたら、自分でも自分が信じれなくなっちゃうよ……(入り込むように熱心に)」


〇納骨堂・前(朝)


最初と同じ景色だが、朝の明るい陽が射している。


〇納骨堂・受付カウンター(朝)


濃紺のスーツ、白手袋をはめたヒカリ。

ほんわかした優しい顔立ちで、セミロングの髪を簡単に後ろで一本にまとめている。

出る所は出ている女らしい体型だが少しぽっちゃり目で隙がある。

法要客の対応中のヒカリ、

骨袋に入った骨壺を両手で受け、

ヒカリ「では御遺骨をお預かりいたします。お控室は(さっと手を伸ばし)あちらになります」

と、丁寧に長いお辞儀をし見送る。

法要客がその場から去って、ヒカリが頭を上げると、同職員の黒木アヤミ(34)がいつの間にか横にいる。

アヤミは目元がはっきりしたきつめの美人で、入念にセットされたボブは一本の乱れもない。

痩せ型でストイックな印象だ。

アヤミ、腕組みし不満げな様子。

ヒカリ「(びくっと)アヤミさん、何かありましたか」

アヤミ「広瀬様からのクレームの件聞いた?」

ヒカリ「え、いえ、そうなんですか」

アヤミ「前の人のお焼香の燃えカスが残ってたって、ちょうど赤石さんシフト入ってる時」

ヒカリ「私の時って……アヤミさんもノノカちゃんもどちらかは一緒ですよね」

アヤミ「何でそう責任逃れみたいな言い方するの、ていうか赤石さんでしょ、普段の動きから考えて」

ヒカリ「(腑に落ちないが)……だとしたら、すいません」

アヤミ「それだけじゃないの。(ドンと分厚いバインダーを台に置き)こ、れ」

アヤミ、顧客台帳の『あ行』を開き指さす。

アヤミ「秋山さんの後に何で相田さんが来てるのよ。こういうとこに姿勢ってものが出るんじゃない。受付変わるからバックでやり直してきてよ」

ヒカリ「……すいません」


○廊下


ヒカリ、ふてくされた様子で歩いている。

ヒカリ「細かすぎだろ……」


〇納骨堂・バックヤード


暗く冷たいコンクリート壁。

スタッカークレーンの起動音が反響する。

と、ローラーコースターのように厨子がレールをつたってやってきて、ぴたりと定位置で止まる。

ヒカリの声「田中家」

女の声「オッケーです」

ヒカリの声「安田家」

女の声「オッケーです」

自動搬送機のボタンを押しているヒカリ。

同職員のノノカ(24)は家名リストにチェックを入れている。

ノノカ「ぶっちゃけお骨取り違えても誰もわかんないっすよね」

ヒカリ「(ふっと笑うが)まあまあ」

ノノカ「にしてもアヤミさん、その言い方はないっスね。ヒカリさん全然仕事できてるのに、言われる筋合いないない」

ヒカリ「……正直限界。やっぱり思ってること直接伝えた方がいいのかな」

ノノカ「えーっ、それはやめときましょ。だってアヤミさんここの出資者の娘でしょ。ヒカリさんが抹殺されるだけっスよ」

ヒカリ「……でも、気持ち的に」

ノノカ「もっとノノカみたいに要領よくやんなきゃ。持ち上げないからやられちゃうんすよ」

ヒカリ「……でも」

ノノカ「だってアヤミさん常にイラついてますよ?(思い出して)あーこれはノノカの推理なんすけど、イライラの原因“男関係”だと踏んでます」

ヒカリ「そうなの?」

ノノカ「前は、『コンカツ登録した』とか教えてくれてたけど、段々言ってこなくなって、うまくいってないみたい。なまじ美人だから理想高いんでしょーね」

ヒカリ「そうだとしたら、アヤミさん八つ当たりしてるってこと」

ノノカ「(カラッと)決まってんじゃないすかー」

ヒカリ「(呆然として)」


〇納骨堂・寺務所(夕)


ヒカリ「おつかれさまです」

と、入ってくるヒカリ。

男性係長(48)とノノカがいる。

係 長「ねぇねぇ赤石さん見てこれ」

と、はしゃいでスマホの画像を見せる。

ヒカリ「(近づいて見るが)……」

係 長「(お茶目に)ばぁ! ねぇ驚いた驚いた? 今日洗骨出してきたとき業者さんに見せられちゃって」

係長のスマホに、土葬遺体の画像。

ヒカリ「……いえ、驚きは(反応薄)」

ノノカ「係長ぉ、ヒカリさんもここきて半年ですよ。女子の悲鳴欲しさにそういうのはもう無理でーす」

係 長「(しょぼんと)そっかー」

ヒカリ、机に置かれたのシフト表に目を留め、

ヒカリ「何これ、私9連勤になってるし、アヤミさんが明日休み?!」

係 長「(しれっと)あーそれねー」

ヒカリ「(ノノカに)ひどくない?」

ノノカ「あーでも、ノノカよくわかんないんで。アヤミさんは何て言ってました?」

係 長「それ黒木さん の一存で決まるから」

ヒカリ「一存って……おかしいじゃないですか」

アヤミ、入ってくる。

ヒカリ「アヤミさん、これ(と表を指し)いつ変更したんですか」

アヤミ「(淡々と)それ確定だけど、何」

ヒカリ「私、聞いてません」

アヤミ「あーもう! 言った言わないでもめられても困るから」

ヒカリ「……(思い切って)アヤミさん、この件だけじゃなくて前から私への接し方が気になっていて――」

ノノカ「あ、カウンターに忘れ物しちゃった」

ノノカ、空気を読みそそくさと出ていく。

アヤミ「(遮り)何? 結論から先に言って。このシフトで赤石さんは都合つかないの?」

ヒカリ「そういう問題じゃ」

アヤミ「そういう問題よ。何、明日、駄目なの?」

ヒカリ「(しどろもどろ)いえ……都合はつきますが……」

アヤミ「じゃ、いいじゃないの」

ヒカリ「(よくない)……(係長を見るが)」

係長、これみよがしにPCのキーボードをカタカタ。

見て見ぬふりをしている。

アヤミ「そんなことより、ペット納骨のパンフはいつになったら作るの。最近問い合わせ多いんだからすぐ欲しいのに」

ヒカリ「え、あ、それアヤミさんがやるって――」

アヤミ「言ってない! 赤石さんの仕事でしょ。赤石さんが口でちゃんと説明できないから作れっていってんの!」

アヤミ、ガミガミと説教を始める。

ヒカリ、「すいません」を繰り返している。

ヒカリ「(失望)……」


〇電車・車内(夕)


つり革につかまるヒカリ、疲弊した表情だ。

ヒカリ「(口の中で)やっぱりおかしい、おかしいおかしい……」

ヒカリの方に視線が行く数名の乗客。

ヒカリのM「なのにその一言が、出せない」

ヒカリ、車窓から夜空の星を見上げて――


○雑居ビル・一室(日替わり)


入口に『自己肯定セミナー』と書かれた看板。

円形に座ったセミナー参加者たち。

その中に『初』と書かれた名札をつけたヒカリ。

女性講師(40代)が司会している。

ヒカリ「前の会社も怖い人がいてやめたんです。でも今もやめたくなってて。平和に、穏やかにやっていけるなら何も望みません。なのに、何か私嫌われちゃうみたいで……」

黙って聞いている参加者たち。

講 師「(柔和な笑みで)赤石さんがちゃんと自分に向き合おうとしてることは良い事ですよ」

ヒカリ「(目を輝かせ)」

×      ×      ×

講師と参加者が掛け合いのように声を出している。

講 師「はいっリピートアフターミー?」

参加者「(高く拳を掲げ)イエー!」

講 師「自分を認めるために条件なんていらない!」

参加者「自分を認めるために条件なんていらない!」

講 師「自分の心がイエスと言えばそれが正義!」

参加者「自分の心がイエスと言えばそれが正義!」

ヒカリ「(異様な熱気にドン引き)……」

バッグを持って、そろりと出ていくヒカリ。

首をかしげる。


○ヒカリの部屋(夜)


PC画面を無表情に見つめるヒカリ。

ヒカリ「……」

画面には『明るくアットホームな職場です』など転職サイトの紹介文。


○納骨堂・中(日替わり)


ヒカリ、参拝口の墓石を磨き清掃している。

そこへアヤミがやってきて、

アヤミ「(明るく)赤石さん、おはよう」

ヒカリ、ビクッと肩を縮め、

ヒカリ「(怯えた表情で)アヤミさん、今日から出勤でしたね」

アヤミ「ありがとう、休みの間。おかげで助かったよ」

と、爽やかな笑顔。

ヒカリ「いいえ(とその場を離れようとする)」

アヤミ「あ、待って、おみやげ」

と、バッグから袋に入った菓子を取り出す。

袋にはディズニーリゾートと書かれている。

ヒカリ「(受け取り見て)アヤミさんディズニーいったんですか」

アヤミ「(嬉し気)そうなの友達と」

ヒカリ「へー……(顔色伺い)そういえばペットのパンフ作っときました」

アヤミ「わー助かる、ありがとう。後で見せてもらうね」

ヒカリ「(調子が狂う)……それと、報告になるんですが、実は厨子タイプの誤入力をやってしまって……(グッと目をつぶり)」

アヤミ「ああ、それ? 修正方法はわかってるよね」

ヒカリ「はい」

アヤミ「修正さえ完了してれば問題ないからやっといて。次気をつけてくれればいいから」

ヒカリ「(何か怒られないぞ?)……」

アヤミ「大丈夫。私もしょっちゅうやってるミスだし(笑)」

ヒカリ「(拍子抜けし)……そうですか、よかった(曖昧な笑み)」

アヤミ「これ和菓子だからお茶が合うと思うの。始業前だし淹れてくるね」

ヒカリ「えっ! えええ、いいですいいです悪いですよ」

アヤミ「遠慮しないで」

と、浮かれた足取りで去っていく。

ヒカリ「(口の中で)どうなってんの……」


○納骨堂付近の公園(昼)


ベンチで昼食を食べているヒカリとノノカ。

ノノカ、サンドイッチにぱくつきながら、

ノノカ「同感。あの連休以来、アヤミさんは変わった! ていうかお土産菓子もらったのも初めてっすよ」

ヒカリ「怖いくらいに優しいから不安だわ」

手作りのお弁当を食べるヒカリ、グリンピースを箸でうまくつまめない。

ノノカ「やっぱり”男”関係で何かあったとしか……」

ヒカリ「そうかな(笑)」

ノノカ「(もぐもぐしながら)ほおへひょ(そうでしょ)」

と、二人盛り上がっているとアヤミがやってくる。

アヤミ「なぁに、楽しそうだね」

ノノカ「はいっ楽しいです!(とお道化て立ち上がり)」

アヤミ「(笑って)ノノカちゃんたら……実は赤石さんとノノカちゃんに提案があるんだけど」

ヒカリ「(アヤミを見上げ)……」


続く

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