第2話 いつものようなワンプレイ
アタシこと、
おねーさんと同じ高校に合格はした。しかし、いろいろやらかしてアタシは半年で不登校、同じ高校の定時制に編入して、今に至る。
自分自身に幻滅して見るのも嫌になって制服はクローゼットの奥深くにしまい込まれていた。定時制でも同じ制服を採用しているけど、次着るとしたら卒業式の時だけだろう。
こんなアタシとおねーさんの間に残った唯一の共通点はゲーム、この一点だけになってしまった。
今日も今日とてアタシは現実逃避するようにゲームに興じる。
画面に映っているのはホラー映画に出てきそうなグロテスクなクリーチャーと、逃げまどう洋画の俳優のような人々。
最近、オンラインプレイで有名になってきたマルチプレイサバイバルホラーゲーム。鬼ごっことかくれんぼを組み合わせたようなゲームだ。
クリーチャーも逃げる人々もプレイヤーで、クリーチャーはいかに人々が生き延びるのを阻止するか、プレイヤーはいかに協力もしくは他の人を蹴落として生き延びるか、という1対複数で遊ぶゲームである。
鬼ごっこといえば簡単そうだが、逃げ出すためにはクリーチャーの攻撃を躱す他、脱出路を開くためにヒューズなどのアイテムを探したり、電線を修理しなければいけない。中には誰か一人が犠牲になることで使える脱出路もあるところがこのゲームの嫌らしくて民度を下げ……、いや戦略的にさせる部分である。
あまり逃げる側が足の引っ張り合いにならないよう、運営がポイント配分してくれてはいるんだけど、信用できるプレイヤーにお目にかかれないと全員生存ルートで動こうという気にはなれない。
今回のマッチングも一人に出し抜かれて、脱出ルートをふさがれたアタシのキャラは無残にクリーチャーに切り裂かれてしまった。
間髪入れずにボタンを連打してリザルト画面からマッチング画面へ移動する。
「あー、悔しい」
ジュースを一口飲んで、イライラした気持ちを洗い流して気を取り直す。
待っていると、マッチングしたことを告げる効果音が鳴る。マッチングした面子を見て思わずガッツポーズした。
「よしっ、かぎっこさんとマッチングした」
OTLと書かれたプレイヤー名。“生かし屋”と掲示板に載ることがあるほど、献身的なプレイをすることで有名なプレイヤーだ。
そのアルファベットの並びから、土下座さん、と呼ばれることもあるがアタシは違う名前で呼んでいる。
文字が小さく表示されるこのゲームではアルファベットがぎゅっと凝縮されて表示されてしまう。その形が鍵のように見えたことからアタシはOTLさんのことをかぎっこさんと呼んでいた。
(かぎっこさん、今日も癒しプレイおなしゃす)
開始早々、かぎっこさんは早速率先して大胆に探索を開始。このゲームにおいて大胆に動き回って探索をする、というのはクリーチャーに位置がもろにバレてしまう。だが、かぎっこさんは逃げきれるようにアビリティ(技能)を調整しているので、逃げ切りやすかったり攻撃を受けても立て直しがしやすい。
で、これを誰かがやってくれるかどうかで逃げる側の生存率が大きく変わってくる。
通った箇所は他のプレイヤーにもマップで共有されるので、トラップの位置や逃走経路を把握することができる。つまり、アタシ達は安全に敵から逃げつつ、生存ルートに必要な行動をとることができるというわけだ。
間もなく、他のプレイヤーから脱出に必要なヒューズを見つけた、電線直した、と生存者にわかるサインが飛んできた。他のプレイヤーも明らかに全員生存ルートを目指すプレイヤーがいると知って、その方向性に動きだす。顔も知らないプレイヤー同士だが、方向性が決まったならその連携は固い。
(この流れからすると、脱出路の位置を探すのはアタシの役割かな)
何度かプレイして覚えたマップパターンから位置を予測し、心当たりのある場所を回る。二ヵ所に回った場所で、脱出路開放のレバーを見つけた。
電線は直っているのでこのレバーの側の回路にヒューズをはめ込めば脱出路の確保完了だ。
他のプレイヤーにサインを出して合流するのを待つ。
その時、かぎっこさんのステータスを示すアイコンが赤く変わった後、檻のような枠で囲まれるように表示された。
(まずい)
おとりをしているかぎっこさんがクリーチャーに致命傷を負わされた上、軟禁状態にされてしまったということだ。
この状態で置かれた場合、時間経過でかぎっこさんは死亡し、脱出失敗となってしまう。
アタシは他のプレイヤーにサインを出し、即座にかぎっこさん救出に向かうべく走り出した。途中でクリーチャーに出くわさないように祈る。
マップがランダムなゲームだが軟禁ポイントの位置だけは中央の部屋、と決まっているので、駆け付けるとかぎっこさんを見つけた。
中に入り、かぎっこさんに応急処置を施し、助け起こす。
ありがとう、とかぎっこさんからサインが飛ぶ。
(時間の無駄だからやらない、という人もいる中でホント律儀だわ、かぎっこさん)
下のアイコンを確認すると、かぎっこさんのアイコンが直ったのと同時に脱出マークがついた。それを見て、体勢を立て直したアタシとかぎっこさんは異なる方向へ駆け出す。
一緒に逃げた方がいい場合もあるが、他のプレイヤーが脱出してしまったということはクリーチャーは残ったアタシかかぎっこさんのどちらかを狙ってくる。
まとまった状態で見つかったら、共倒れになってしまう。どっちか見つかれば現状残っている生存者が2人しかいない以上、もう片方が助けることはほぼ不可能に近い。見つかったらもうあきらめよう、という暗黙の了解の上での別行動であった。
脱出ルート確保して味方も逃げてアタシはかぎっこさんを救出したことでポイント稼げたので、ここでつかまって脱出失敗になってもそこまで損はない。長い時間クリーチャーを引き付けたかぎっこさんも同様だ。
プレイヤー心理として全員生存で逃げたいという気持ちもあるが、ここはお祈りするしかない。
緊張しながら移動し、なんとか脱出まで数メートル、というところまでたどり着いた。
(全員生存、いけるか……?)
脱出路の白い光を見て気が緩む。
そんなアタシの操るキャラの目の前にクリーチャーが降ってきた。
マーカー。マーキングした場所に瞬時に移動できるという効果を持つ、クリーチャー側のプレイヤーが任意で装備できる強力なアビリティだ。マップに設置できる箇所は一か所まで、再使用に時間がかかる、といった制限はあるけれど今回のように局所的な場面では非常に有用だ。
「ちぃっ!」
思いっきり舌打ちしてアタシは脱出口から離れるように駆け出した。
幸運だったのは、かぎっこさんはまだ脱出路に到達してなかったことか。これならかぎっこさんは逃げることができる。アタシが外れくじを引いてしまっただけのことだ。
ただ、運が悪かったとしてもただで諦めてやる気はない。
時間を稼ぐためにマップを見ながらアタシはクリーチャーと決死の追いかけっこをはじめた。
スロー&ダッシュ、曲がり角すり抜け、窓枠とびぬけ、様々なプレイスキルを活用してつかまらないように足掻く。
その間に時間を稼ぎ、ある程度脱出路から引き離すことができた。
クリーチャーとの距離も狭まり、そろそろ追いかけっこをするのも限界になってきた。
(ここまで引き離せば……)
きっとこれでかぎっこさんは逃げることができるだろう。アタシがコントローラーのスティックから指を離そうとした瞬間。
アタシの進んでいた方向にかぎっこさんが操るキャラが現れた。
(なんで!?)
驚いていると、かぎっこさんの手元にある物に気づいて、アタシは条件反射でコントローラーのスティックを思いっきり右に倒した。
次の瞬間、かぎっこさんが黒い物体を投擲する。
クリーチャーの目の前で催涙弾が炸裂し、クリーチャーが憤怒の叫びをあげながら足止めされた。
催涙弾の余波から逃れたアタシとかぎっこさんは脱出路に向かって全力ダッシュ。
その後ろを行動停止から回復したクリーチャーが全力で追いかけてくる。
(間に合えええええ!)
クリーチャーが腕を振りかぶり、爪が2人のキャラに届こうかという寸前。
2人の人影が白く光る脱出路を抜けた。
全員脱出、というリザルト画面が表示されたところで、アタシはいっきに力が抜けた。
ここまで熱い
先に脱出していたプレイヤーに、そしてクリーチャーをプレイしていた人までが、ggと打ち込んでいた。
プレイヤー同士が全力で助け合い、かつそれをクリーチャー全力で阻止するような流れはそうそうない。
だまし合いも戦略のうちだが、こういう映画のようなハッピーエンドを目指すプレイをするのも気持ちがいいものである。
こんな熱いプレイができたのもかぎっこさんのおかげだ。
最後にかぎっこさんが使ったアイテム、催涙弾はゲットすれば次のマッチングでも使える代物で、できることならポイント2倍キャンペーンの時とかに使えるようとっておきたいアイテムである。それを平常マッチングで惜しみなく、しかも他のプレイヤーの生存のために使うから熱いのだ。
(いやあ、いいもの見れた)
そう、ほくほくしていると、ぴこん、と音が鳴った。
画面の端に音声チャットのお誘いが来ている。
見てみると、OTLというプレイヤーからだった。
(OTL、OTL……かぎっこさんんんんn!?)
驚いてコントローラーを落としかけたところを膝で受け止めて握りしめる。
(ど、どどど、どどど、どうしよう)
というか、なぜ。これは、もしかして最後のチェイスに関するダメ出しか。
あそこでお前が脱出路から離れすぎてなければ、危うくならなかったとかそういうことだろうか。
戸惑うアタシに、控えめにぴこん、と再び音声チャットを誘う効果音が鳴った。
音声チャットについては問題ない。他のゲームではよくやってるし、機材もある。
ただ、声にはいろんな情報が含まれている。年齢、性別。確定じゃないまでもいろんなものがバレてしまう。
(女子高生がこの時間にガチプレイしてるってドン引きされないかな……)
そんな懸念はある。
それでも話してみたい、という気持ちが勝った。
ヘッドセットを取り出し、接続すると音声チャットのボタンを押す。
「こ、こんばんは」
がちがちになりながら言葉をかける。かぎっこさんは日本サーバーの人間なので日本語で問題ないはずだ。
しばらく間があく。どうしたのだろう? 何かまずいことでも言ったのだろうか。
どきどきしながら待っていると。
「こ、こんばんは」
アタシの目が驚きで見開かれる。
ヘッドセットからアタシの耳に届いた声は、さらにアタシよりもか細くて緊張した、
小学生ぐらいの女の子かと思うほど幼い声だった。
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