10、根拠がないのは予想ではなく思いつきだよな。その4

「本日は私たち化学部の化学パフォーマンスにお越しください」

「「「ありがとうございます」」」


司会である俺の緊張で上擦った声によって、俺たちのパフォーマンスの幕が上がった。


「本日は皆さんをめくるめく化学の世界にご招待します」


 そのあとは軽い自己紹介と俺と佐倉さんのプチ漫才によって場を温め、観客の注目が集まったことを確認してから一発目の実験を始めた。


「今、机の上には大きなビニール袋と謎の液体が入った金属の容器があります」


 ビニール袋に空気を入れ、観客が見やすいように頭上まで持ち上げる。


「みんな、見えるかな? 今袋の中には何が入っている?」


 口調を砕けさせ親近感を感じやすくした効果か、多くの子供たちが反応してくれた。


「なにもはいってないよ」

「空気、空気が入ってる」


 いろいろな意見が体育館内に響き渡った。

 化学パフォーマンスだが子供向けである以上、観客と会話をするように進めていく。


「うん、なかには何も入ってないように見えるよね。じゃあ、今から袋を閉じてこの容器の中に入れるよ。何が起きるか分かるひと~」

「え~わかんない」

「爆発する」

「袋がびちょびちょになる」


 観客の意見を聞きながら、先ほど述べた作業をしていく。


「正解は~袋の中に青い液体ができる、でした~。みんな分かった~」


 子供たちから驚きやなんで~という疑問の声が上がる。

 お母様方やお父様方も声には出さなかったが驚き、興味深そうに壇上を見てくる。

 子供向けではあるが何も子供だましのパフォーマンスをする気はない。

 ファミリー層にターゲットを絞る以上、大人も目が離せなくなるようなパフォーマンスを目指すべきだというのが俺たちの大前提だった。


「種明かしをすると、これはただ空気を冷やしただけなんだ」


 袋を軽く揺らすことによって液体の存在を確認しやすくする。


「この液体の正体は酸素。みんなが今吸っている酸素なんだ」


 酸素という言葉が少し難しかったかなと思ったが子供たちは変わらずに驚きを示し、中には前のめりになりすぎて椅子から落ちそうになっている子までいた。


「空気中にたくさんある酸素はね。この特殊な液体で冷やすと固まって液体になるんだよ。」


 袋を持ち上げるのをやめ、再び金属の容器の中に入れ取り出す。


「それにこの容器の中の液体の面白くてね。ほら、袋の表面が濡れてないでしょ」


 袋の表面をなでるように触り手のひらを観客の方へ向ける。


「実際は濡れてたんだけど、袋を容器から出すと乾いちゃうんだ」


 難しい内容だったので伝わっているか不安になり、心臓の鼓動を感じながら観客を見渡す。

 子供たちの反応はまばらだった。興味を示してくれた子もいれば、わかりづらくて退屈してしまっている子もいた。

 一人の母親の印象的な呟きが聞こえていた。


「それで洗濯物したら一瞬で乾くじゃん」


 いや、その前に液体窒素が全部蒸発して洗うこと自体ができないだろ。

 金属の容器内の謎の液体の正体は液体窒素だ。

 俺の出番はひとまず終わり、話し手を佐倉さんに譲る。


「じゃあ、次はみんなにも参加してもらおうとおもいま~す」


 佐倉さんは液体酸素が入った袋と磁石をもって壇上を下り、観客の前まで進み、先頭に座っていたひとりの男の子に磁石を渡す。


「この液体、もう一つ面白いとこがあるんだ。磁石を近づけてみて」


 男の子が恐る恐る磁石を近づける。


「わっ! くっついた!」


 周りの退屈そうにしていた子も同い年ぐらいの子の驚く声に反応して再び興味を示した。


「そうなんだよ。この液体、なんと磁石にくっつくんだよ」


 男の子から磁石を受け取り、観客の中に混じっては子供に磁石を渡して実際に体験させ、楽しませていた。

 後の実験では、ペットボトルに入れた水を少し衝撃を与えるだけで一瞬で凍らせる過冷却を使ったパフォーマンスや再び液体窒素を使いバナナを凍らせ、バナナで釘を打つ体験をしてもらったりと凍らせるをコンセプトの実験や特殊なジェルを塗り、塗った体の一部に火をつけるという炎をコンセプトにした実験を行った。

 途中、宝生先輩がテーブルの上に仕込んでいたカンペを読んでいることを子供に馬鹿にされしぶしぶ自分の言葉でたどたどしく説明したり、佐倉さんがジェルを塗る量を間違え俺の両腕が本当に燃やされそうになるハプニングが起こりすべてが順調だったとは言えなかったが、それでも俺たちのなかでは最高のパフォーマンスをすることが出来た。


「長い時間お付き合いいただき」

「「「ありがとうございました」」」


 結局、初めの予定よりも子供たちの食いつくがよく、実際に体験してもらう場面では体育館内を何度も歩きまわり、足が棒状態になっていた。

 耳に響く拍手の音によって疲れを思い出しながらも、それを飲み込むほどの満足感と手ごたえを感じていた。

 頭をあげ、左右に立っている二人の女子と顔を見合わせる。

 二人とも額に薄っすらと汗をにじませているが、それさえも魅力に変えるような清々しい笑顔を浮かべていた。

このひとときだけは来場者人気投票が気にならなくなるほどの達成感をかみしめていた。



俺たちは余韻を感じる暇なくすぐさま体育館から化学室に戻る。

 一番の目玉である化学パフォーマンスは終わったがまだ体験学習の午後の部がある。

 俺たちはすでに疲労困憊の体を引きずって体験学習の準備をした。

 そして、午後の部の開始時間。

 午前の部を大きく上回るほどの来場者が来た。

 一度に化学室に入らなかったことから時間を延ばして、二部に分けた。

 ほとんどの人が化学パフォーマンスを見たかその噂を聞いたと話してくれた。

 こうして、俺たち三人のはばたき祭は終わった。


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