8、最近、どれもこれも種類が細分化しすぎてる気がするわ。その6

大講堂に近づくにつれて耳を突く喧噪は激しくなり、人口密度も指数関数的に増えぶつからないように歩くのも一苦労だった。

 途中、歩く速度を緩めた宝生先輩と合流して、共に大講堂前に到着した。

途中、並んで歩き横顔を確認しようとしたがお互い人をよけながら歩いていたため叶わなかった。


「はぁ~ようやく着きましたね。なんでこんなにここに人が集まってるんでしょうね?」

「今、大講堂の中でダンスが披露されているそうよ。パンフレットに書いてあったわ」


 宝生先輩の凛とした声をかき消してくるこの音の正体はダンスのBGMだったのか。

 周りにぐるりと目を向けてみるとこの人混みの理由が見えた。


「あ~、これから演技する人とすでに演技を終えている人が大講堂前に出てるからこんなに人が多いんですね。アイドル風に言うと出待ちと入り待ちですね」

「みたいね、ここにいる人たちのほとんどが演者さんのと、友達というやつなんでしょう。そこかしこから鼓舞や労いの言葉が聞こえてくるわ」

「そうですね、遠くにいる時は騒々しいとしか感じませんでしたけど、近くに来て実際に具体的な内容も聞こえるようになってさらにやかましくなりましたね。ここにいると耳だけじゃなく頭も疲れますね」

「相変わらず、ものの見方がひねくれてるわね。せめて賑やかって言いなさい、耳が腐りそうなんて言ったら可哀そうだわ」


 顔を少し傾け頬に手を当て、も~お、しょうがないわねとでも言いそうな仕草で溜息混じりに言ってきた。

 なんでいきなり八方美人を演じ始めたんだよ! ……いや、全然演じれてなかったけどね! 

耳が腐るとか俺そこまで言ってないし、それ絶対に宝生先輩の本音だろ。

 そんな茶番を繰り広げながら、俺たちは大講堂の中に入った。

 入口付近にいた受付の人にプログラムをもらい、すこし進んだ先で大部分を赤いクッションで覆われ、見るからに分厚そうな扉を見つけた。

 大講堂と一括りで読んでいるが実際の講堂はこの扉の先なのだろう。

 俺はその重そうな扉を気合を入れてフンっと開けると中から鼓膜を突き破り体の奥にまで響いてくるほどの大音量でBGMが流されていた。

 俺は会場内の熱気に押され、少し後ずさってしまった。

 後ろを見ると宝生先輩は俺以上に体制を後ろにそらし、目を見開いていた。

 ここは男である俺が頑張らなければと思い、ままよ! と宝生先輩の手を取って導くように、実際には引っ張るように共に大講堂の中へ入った。

 実際に入ってみると会場全体が熱気を放っているのではなく、ステージに近い数列の人たちが物凄い熱気を放っていただけでステージから遠い後ろの方の席は比較的落ち着いていた。

 俺は今度こそ導くように目に入った二つ並んだ空席に宝生先輩をエスコートした。

 席に座ると、宝生先輩がもじもじと落ち着きがない様子だった。何事か? もしかしてトイレか? お花を摘みに行きたいのか? と思い顔を上げて確認してみると、宝生先輩は両足の膝をすり合わせるようにくねくねと動き、顔は照明の光を落とした空間でさえ分かるほど真っ赤に染まっていた。

 すると、俺の視線に気づいたのか顔を背けてしまった……が、そのあとも流し目でちらちらとこちらを見てきた。

 あれ、おかしいな? 俺は今、美術館にいるんだっけ?

 上気した頬、見ているだけで体の芯が熱くなってくるとろんとした目、ふっくらとして艶めいた誘うような半開きの唇、その唇から発せられる熱を持った生っぽさを感じると吐息、全てがオスの本能をかき乱して、目を離すことを許してくれない。

 こんな芸術品、ルーブル美術館にだって置いてない、ここだけの今だけのはかない芸術品だ。……いや、違う。芸術品ではないからこそここまで本能を刺激してくるんだ。見るだけのものではないからこそ、こんなにも目が離せないのだろう。

 思考回路などとっくに止まっている。

今は宝生先輩を感じることだけに全神経を使っているのだろう、先ほどまで耳を突いてきたBGMが一切聞こえない。

熱気によって生み出される独特の圧力も感じない。周りに人の目など頭の片隅にすらない。

 ただ、ただ宝生先輩の唇に引き込まれていく。

理性などとっくに捨てて、今あるには本能だけだ。

顔が近づくにつれて生っぽい吐息を肌で感じされるようになり、ますます本能が膨らんでいく、距離にして十センチ、一秒後には唇と唇が重なるというところで宝生先輩の唇が動くのを感じた。


「しゅ、朱染君、て、ててて、手がぁ~~ねぇ、あのぉ~その~」

「どうしました……って、え、えぇぇ、すっすいません」


 この言葉を聞いて少し理性が戻り、意識を自分の左手に向けてみるとそこには何故か宝生先輩の右手もあった。もっと正確に言うなら俺の左手と宝生先輩の右手が重なりあっていた。……手を繋いでいる!

 そう自覚するととっさに繋いでいた手を離して、ズボンで自分の手汗をぬぐおうかといたが何故かもったいない気がしてやめた。

 先ほどまでもっと先のことをしようとしていたのにおかしな話しである。

ただ、事実としてめちゃくちゃ恥ずかしかった。不意打ち、無自覚だったこともあり顔でお茶が湧かせるほど恥ずかしかった。

 先ほどかっこよく冷静さが大切とか言ってたのに早速取り乱した男がいるらしい……お巡りさん、こいつです!


「すいません、俺、無意識で、あの、えっと……」

「い、いえ、大丈夫、大丈夫だから気にしないで。嫌ではなかったから、むしろ……」


 顔を戻してみると、宝生先輩は手をもじもじ動かしながら、優しく微笑んできた。

 なんだ、この天使は! こんなにも可愛い健気アピールをされたら後輩系ヒロインである佐倉さんの立場がなくなるだろ! まぁ、あの人は後輩系というより女王様系だけどな。

 その後、お互いに気恥ずかしく、隣に意識をむけることができなくなり、そのせいか、おかげか披露されているダンスに集中することができた。

 俺はちょっぴり佐倉さんに感謝しながら別に場所から意識をそらすために全く詳しくないダンスを見ながら、何か参考になる所はないかなと本来の目的を探していた。

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