第9話 町
レージがこの世界で目覚めてから数日が経った。
ドラゴンの世話も少しずつ慣れてきたし、ドラゴンそれぞれの特徴もわかってきた。寝わらをどこに敷くと喜ぶのかとか、水をよく飲むやつ、よく食べるやつ、口笛が好きなやつ、絶対に懐かないやつ。ドラゴンは本当に賢く、人を見下すことなく向き合ってくれた。
「午後にさ、町に買い出しに行くんだけどレージも行く?」
「町?」
ずっとこの牧場で生活していたからか、ここ以外にも人が集まる場所があるということを忘れていた。
どんな文化レベルなのか、どんな生活をしているのか、結構興味がある。
「行く!」
レージはまだ慣れないドラゴンに跨った。当然、テルの後ろだ。
あれから、毎日ドラゴンに乗る練習をしているが、ようやく目を開けて乗っていられるようになったレベルで、自分一人で乗るなんてまだ想像もできない。
「また胸さわったら、二度と乗せてあげないからね」
「肝に命じておきます……」
何度かやらかしている事故を指摘され、殴られる記憶がトラウマになりそうだった。
「さ、いくよー」
テルの掛け声と共にドラゴンが飛び立った。
風を切って飛んでいく。
風が気持ちいい、というくらいに感じられるようになったのは大きな進歩だ。
「うちは田舎だからねー、大きな町までドラゴンでも30分はかかるんだよ」
テルの言う通り、空中から眺める大地は一面緑で溢れている。
一本道が見えるが、人っ子一人歩いていない。
その一本道のずいぶん先の方に石壁が見える。その壁のむこうにはたくさんの建物が見えた。どうやらあそこが町のようだ。
「市場がある町だから、けっこう人がいるんだよ。違う国から来た商人とかもいて、珍しいものとかも売ってるの」
へぇとレージは相槌を打ちつつ、この町ならもしかしたら元の世界につながる何か情報があるかもしれないと考えた。
元の世界に戻りたいと思っているわけじゃなく、こっちの世界で同じ境遇の人がいないかどうかの方が、今のレージには興味があった。
「じゃあ、そこの駐竜場に降りるね」
なにその駐輪場みたいな名前。最初の1時間は無料みたいなやつ?
想像するとちょっと面白くて、若干ニヤケながらレージはドラゴンの背から降りた。
「すごい人」
「でしょ? 活気あるでしょー」
ちょうど市場の横だったからか、人混みでごった返していた。
「じゃ、まずは武器屋さんからいこ」
「この子はここに置いておいていいの?」
「うん、ここで待っててもらうんだよ」
「盗まれたりとかってないの…?」
「ドラゴンを? それは聞いたことないかなぁ。ドラゴンって賢いから知らない人に簡単には付いて行かないし、町中でドラゴン相手に戦うってなったらけっこうな大事になるから、すぐに憲兵隊に捕まっちゃうよ」
なるほど、そういうものなのか。そりゃ自転車とは違うよね。鍵かけなくてもいいんだよね。
まだドラゴンや魔法を駆使した戦闘について、詳しく知らないレージにとって、あんまりピンとくる話じゃなかったが、それ以上突っ込む話でもないんだろうなと判断した。
そして、市場から南下したところにある一軒の武器屋に入る。
「あら、テルちゃんじゃない! 今日はどうしたの?」
出迎えてくれたのは、頭に手拭いを巻いて、チューブトップにショートパンツ、革のロングブーツを履いて、後ろで亜麻色の髪を束ねている綺麗な女性だった。
すごく元気の良い、それでいてめちゃめちゃセクシーな人だった。
いろんな意味で大迫力である。
「こんにちはロゼットさん。今日は新しい槍を見に来たんですよ」
「槍ね! そっちに置いてあるから手に取って見るといいよ!」
どうやらここの店主のようだ。
店内は所狭しといろんな武器が並んでいる。入り口から右側に、槍がたくさん飾られていた。無骨なものから、装飾がゴテゴテのものまで幅広い。
そこにテルが足を運ぶ。
たしかにテルの使っていた槍は、お世辞にも立派なものじゃなかった。鋒はただの鉛の塊みたいだったし。
手持ち無沙汰になったレージはふと思う。
よくよく考えたら、生まれて初めて女の子と2人で買い物しているな。まあ、それが武器屋ってのはなんか違うんだけど。
「ところで、そこのカワイイ男の子はどうしたの? 見ない顔だけど」
「確かにこの辺ではあんまり見ないような華奢な子ですよね」
え、嘘。カワイイとか初めて言われたし、ってか華奢じゃないでしょ。腹筋割れてるし、結構筋肉付いてると思ってたんだけど……。
「で、彼氏?」
「もー、からかわないでくださいよ! 最近うちの牧場で働きはじめたレージっていうんですよ」
「あ、レージです」
軽く会釈して、名乗る。
ロゼットはジロジロとレージを見つめ、そして艶っぽい声でレージに言う。
「ふーん、カワイイ顔しててアタシのタイプだわー」
「わかってると思うけど、からかってるだけなんだよレージ」
槍を選びながらも、間髪入れずに無感情なテルの言葉。
「も、もちろんわかってますとも」
女性と交際経験のないレージには刺激が強く、テルからの忠告に思わず声が裏返ってしまう。
「そ、ん、な、ことより! この槍にするんで!」
「それはちょっとテルちゃんには重すぎるんじゃない? こっちの軽めの方がいいと思うわよ?」
「じゃあそれで!」
なぜか急に不機嫌になったテルは、ロゼットから勧められた槍を即買いした。
いいのかそんな選び方で。
「はいはい毎度あり! こっちで王国訓練兵奨学金の申請しとくから」
「ありがとうございます。それにしても、ロゼットさんは誰彼構わず人をたぶらかしますよね」
「あら、アタシだって選んでるけどね。テルちゃんも、もう少しオトナになったらわかるものよ」
「えー、全然わかんない。わかりたくない。わかってたまるか」
なにその三段活用。
それよりも気になることが……。
「王国訓練なんたらってなに?」
「あら、レージくんもテルちゃんと同い年くらいでしょ? 知らないの?」
「レージは他国出身だからね」
すぐにテルがフォローしてくれる。
「王国訓練兵奨学金は、13〜18歳の王国軍に所属していない兵隊志望の子が、その訓練のために必要とする武器や道具の代金を全額負担してくれる制度のことなの」
「全額!?」
「そう全額。太っ腹でしょ? ただし、もちろんこの制度を受けるには条件があって、18歳までに王国軍に入隊できないと、負担分を全額返金しないといけないの。もちろん分割でオッケーなんだけどね」
うわ、入隊できないと借金生活ってことか。
「入隊すればいいだけ?」
「正確に言うと、Aランク評価以上で入隊しなきゃいけないのよ。入隊試験をAランク評価で受かるっていうのは結構大変なのよ。Bランク以下は毎月の給料から返済分を引いて支給されるってわけ」
「そうだよレージ。簡単なことじゃないの」
「王国の部隊には色々あって、魔導士隊、龍騎士隊、歩兵部隊、弓兵部隊、諜報部隊、医療部隊、研究隊、探検隊などなど様々な部隊があるの」
いや、最後の方の研究隊とか探検隊ってなによ。王国軍って感じじゃないぞ。
とはいえ、生半可な覚悟じゃなく、王国軍の兵士になることを目指しているのはよくわかった。
「ちなみにテルは龍騎士隊志望ってこと?」
「もっちろん!」
「15歳から試験を受けれるから、テルちゃんは今年からよね」
なるほど、だから毎朝頑張っているわけだ。
「レージくんも竜騎士志望なんじゃないの?」
「いや、そもそも王国軍に入るかどうかもよくわからないです……」
「あらそうなの。でも将来的に鍛えておいた方がモテるから、なんか買ってったら?」
途端に商売気を出してくるロゼット。
モテるからとか、ジムで筋肉付けたらモテるから入会しないかって言われているような感覚。
「モテたいのはやまやまなんですけど、お金ないしなぁ」
「素直な子でいいわねぇ。じゃあ、どんな武器が欲しいかくらいは考えておいたら? お姉さんが優しく教えてあげるわよ、奥の部屋で」
中腰の上目遣いで手招きするも、テルがすぐに間に入る。
「説明なら、ここでもできますよねー?」
「テルちゃん、やるわね。なかなかの速さよ」
なんのやりとりだよ……。
とはいえ、この世界で生きていくなら戦えることが必須なのかもしれない。
ドラゴンもいるってことは、他にも魔物とかいるんだろうし、そういうのと戦うってシチュエーションも考えておかないといけない。
「説明をここでお願いします」
「ふふ。レージくんは細身だから、大きくて重い武器は向かなそうね。大きな武器は、基本的に歩兵が得意とするのよ。大型の魔物にも傷をつけやすいし、肉弾戦には持ってこいってところね。テルちゃんのところで働いてるってことは、ドラゴンに乗れるんでしょ?」
「いや、まだ乗れないんですけど、いずれは乗れるようになりたいと思ってるんです」
「うんうん。竜騎士に人気があるのは槍ね。テルちゃんもそうだけど、竜騎士同士の戦いだと、リーチの差がすごく大事になってくるの。ドラゴンには翼があるから、どうしても接近戦は交差する一瞬か、ドラゴン同士が向かい合う形になるの。そうなると、剣とかだと届きにくいってわけ。まあ竜騎士の中には、剣を使ってる人もいるけどね。で、リーチが大事とは言っても、弓とかみたいな射的武器はドラゴンの上では揺れまくるから照準が合わなくて向いてないわ。使ってる人、知らないもの」
納得。という感想が率直に出てくる。
まだドラゴンに乗って数回だけど、すごくイメージのしやすい説明だ。
ロゼットは槍置き場に置いてある槍を一本レージに渡した。
「これなんか、重さ的にもレージくんに合うんじゃないかしら?」
渡された槍を握って「武器」というものを初めて体感する。
思っていた以上に重い。
これで人、魔物の命を奪うと考えると、いろんな意味で重いものだった。
「すごくわかりやすい説明ありがとうございます。でも、今はやっぱりいいです」
「あらそう? 私は押し売りはしないから、気が向いたら買いに来てね、レージくん」
レージはロゼットに一礼して槍を返した。
たぶん、来るんだろうな、武器が必要になる時が。
買った武器を受け取ったテルと一緒に、もう一度礼をして、武器屋を後にした。
ロゼットは店の外まで出てきてくれて、テルとレージにまたねーと手を振ってくれた。
「武器に関しては良いお店だったでしょ?」
「そうだね、武器の知識とかなかったから、すごくわかりやすかった」
「ロゼットさんが選んでくれる武器は間違いないから、もし買う気になったらまた来たらいいよ」
頷いて、食糧を買いに市場へ足を向けた。
活気に満ちた市場には、様々な人種の人たちが往来していた。
肌の色、髪の色、目の色。
本当に様々で、ここから元の世界の人を探すというのは現実的じゃないとレージは思った。
この世界に来る人が日本人とも限らない。
正直、どう聞いて回ればいいか思いつかなかったし、ヴィンセントドラゴンファームに変人が来たと思われたら迷惑かなとも思った。
結局なんの手掛かりもないまま、テルに先導されて様々な食材を買い込んだ。
帰りは、ドラゴンの尻尾の根本にロープで食糧の入った籠をくくりつけ、そのままぶら下げる形で飛んで帰ってきた。
この世界で初めて牧場以外を見たレージは、改めて元の世界とのギャップを不安に感じ、同時にそのギャップがおもしろいとも感じていた。
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