白銀の龍の背に乗って

三木ゆう

序章

第0話 漆黒の馬に乗って

 額の汗を、指先のあいた手袋をはめている手の甲でぬぐい、見上げた。

 燦々と照り付ける真夏の太陽と雲ひとつない薄青い空。

 馬上から見上げる空は、地上から見上げるよりもほんの少しだけ近く感じる。


「がんばろっ」


 見上げたまま、誰にも聞こえないくらい小さく呟く。

 そうすることで集中できるのが皆神零士のルーティーンだ。

 集中はできてるし、周りもよく見えてる。

 ドバドバと出るアドレナリンによって、多少のことは何も気にならないハズだが。


「あっちぃな」


 かっこつけてないで、やっぱりジャケットは脱げばよかったと後悔する。

 乗馬用の黒いヘルメット、黒のジャッケットに白シャツ白ネクタイ、白いキュロットに黒いブーツ。

 白黒白黒とオセロの話じゃない。

 馬術の試合ではいたって普通の正装だ。

 日差しの熱が服の中にこもる……。サウナに長時間入っている感覚に近い。

 スタート直前でも、そんな雑念を感じる余裕があるのは悪くないと零士は思う。

 元々ポジティブな性格でもないし、この大会もそう簡単にはいかないと思っていた。


「ま、いこうか、シャーニット」


 跨る漆黒の愛馬に小さく呟く。

 シャーニットも暑そうだ。すでに発汗がすごい。

 全日本ジュニア馬術大会、障害飛越のジャンプオフ。

 ジャンプオフはいわば優勝決定戦だ。

 タイムトライアルとなっているため、いかに障害のバーを落とさず、そして速くゴールするかが鍵となる。

 軽く敬礼し、シャーニットと共に駆け出す。

 第一障害にはスピードを乗せつつ、高く飛べるように上体を起こす。

 シャーニットはそれに応えてバーに触れることもなく、華麗に跳んだ。

 跳んでいる時、本当に飛んでいる感覚になる。それが堪らなく気持ちいい。

 風を切り裂いて、人馬が一体となる瞬間だ。

 第二障害、第三障害も難なくクリアする。

 ここまでは思う通りの良いコース取りで進めている。

 今日のシャーニットは調子がいいし、零士自身も完歩(障害までの馬の歩数)がはっきりと見えている。

 第四障害は少し離れた場所にあり、鋭角に曲がった先にある障害だ。これは侵入経路がひどく難しい。

 本来なら曲がってから障害に向けて3歩分の余裕が欲しいところだ。

 でもジャンプオフでの3歩はタイムロスに繋がる。ここは1歩で合わせたい。

 障害間を速く移動するためにスピードをかなり上げる。

 それから零士は手綱を引き、体を起こしてシャーニットを早めに曲がるように指示を出す。

 強引に曲がり切ったその瞬間だった――


ボキボキボキッ!!


 シャーニットの足元からエゲツない音が耳に入り脳に届く。

 瞬間、手綱の感触はなくなり、天地が逆さまになった。


「はっ?」


 全く意味がわからず、素っ頓狂な声が出る。

 シャーニットは体勢を崩し、それによって絶賛落馬中の零士は、そのまま第四障害へ突っ込む。

 まるでスローモーションのように第四障害が眼前に近づいてくる。


 ……何が起きた? 

 人馬転……したのか?

 シャーニットに無理をさせてしまった?

 マジかよ、もうちょっとで三連覇だったのに……。


 走馬燈のようないくつかの思考の末、言い表しようのないひどい衝撃と共に一瞬で意識が飛ぶ。

 ……ごめんな……シャーニット……。

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