【KAC20205】温泉で用を足すと出られない部屋

五三六P・二四三・渡

第1話

 温泉があるというダンジョンに行きたいと、ギルドの酒場でラナが言い出した。

 王都から馬車に揺られて一日の場所にあるという。そしてそのダンジョン内の温泉の場所に入るには入り口からさらに一日ほど進む必要があるとか。


「こう、 命がけの死闘を潜り抜け、疲労が最高潮に達したときに見つけた秘湯! 天の恵みか!? くわー生き返るー! みたいな気分を味わいたい!」

「はあ……」


 疲労を極限にためてから入りたいのならいつものクエストを終えた後に、マリーの実家にでもよればいいと思ったがそうではないのだろう。

 マリーに視線を向けてみる。彼女は口に運んでいたジョッキを一旦てーぶりに置いて言った。


「いいんじゃないかなパール。私たちの実力的にはそこまで難しいダンジョンじゃないだろう。だからこそ命がけの死闘の後という願いは叶えられないが」

「それ、酷い目にあう前ぶりっぽくない?」

「確かにそうだな……」

「いやいや大丈夫だって!」


 あんまりラナが強く推すものだから、結局私たちのパーティは温泉に行くことになった。

 それがあんなことになるとは、私たちはまだこの時は思いもしなかったのである。


 ◇ ◇ ◇


 私たちのパーティのバランスは悪くない。

 私は魔法職で、ラナは剣士で、マリーは盾職。

 魔王を討伐するという大それた願いを持っていなければ、日銭を稼ぐには悪くないメンバーだ。

 温泉に到着する。

 途中一旦安全な地帯で野宿したものの、やはり疲労は限界まで溜まっていた。

 汗のにおいと血の臭いが、すっかり体の染みついていた。

 温泉は仰々しい扉を開いた場所にある。大体の円形の部屋で、ちょうどいい岩でできた地形に乳白色のお湯が溜まっている。温度も人が入るに適していた。

 身の安全を確認した後、私たち三人は服を脱いで温泉に入る。

 確かに。

 確かに「生き返る」という表現が的確な気持ちよさだった。

 自分自身が疲労という名の固体であったことを思い出し、温泉によって湯に溶けていくようだった。


「来てよかったでしょ~ほらいったじゃん」


 とラナがしたり顔で言ってくる。


「何も言ってないんだけど」

「顔が雄弁に語ってるよ」

「ぐぬぬ……」


 あまりの気持ちよさに言い返す気も起きない。あまり強くないとはいえ、モンスターに囲まれていて、先ほどまでに神経がピリピリしていたというのに、骨抜きにされている。これ罠だったらどうにもならないんじゃないかな、って思うんだけど、やっぱり身をゆだねたくなる。


「まあ安心してくれ、敵の警戒が私がしておくよ。このあたりであれば防具なしでも勝てる」


 マリーが剣を持って全身を湯に体をつけている。水属性耐性があるので、温泉につけても大丈夫な武器だった。


「ところで……ラナ」

「何? スライムみたいに溶けているパールちゃん」

「うう……この温泉のことどうやって知ったの? 秘境っぽい場所にあるけど」

「カリーの所のパーティーに聞いたの。気持ちよかったって」

「ああ、あそこ最近解散したって聞いたけど」

「そうなの? 確かに何か気まずそうにしてたけど」

「ええ……やっぱり何かあるんじゃないの? この温泉」


 という警戒心はあったけど、結局かなり長いこと入ってしまった。

 体がふやけて、指のあたりがしわしわになってる。


「ああ、もう終わりか……もっと入っていたかったな」


 マリーが名残惜しそうにしている。

 体を乾かして服を着て武器を構え、帰路に就く準備をする。

 ここからまた一日かかるのかといううんざりとした気持ちで荷物を持ち上げた。

 しかし扉を押した所で異変が起こる。


「あれ、開かない」


 おかしい。温泉に入る前にはしっかりと開閉が可能か確認したのに。ガチャガチャといろんなことを試しても反応はなかった。


「何か扉に文字が書かれてるけど」


 ラナが小さな模様のようなものを見ながら言った。その模様は光っており明らかに温泉に入る前にはなかったものだった。


「これは」マリーが顎に手をやり考えている。「これは古代文字だな。そういえば聞いたことがある。ある条件を満たさないと絶対に開かないという魔法扉があると」


 もしそうだとしたら、大抵の冒険者は古代文字が読めずにこのまま部屋に閉じ込められる結果となっただろう。だが私たちなら大丈夫だ。古代文字はマリーが読める。

 だからいつものように私は彼女に頼ることにした。


「なんて書いてあるのマリー?」

「……これは」

「まさか条件を満たせる人がいないとか?」

「いや、たぶん大丈夫だ……多分」

「だったらもったいぶってないで教えてよ」

「……わかった」


 マリーはいったん咳払いをして一歩進んだ。

 温泉を背に私たちに向き直る。


「えーとこの条件は本当にばかばかしいものだが……なんというか……」


 イライラしてきた。まだもったいぶるのか。

 私の表情を察したのか、マリーは再度咳払いをして、顔を少し赤くして言った。


「『温泉内に用を足したものがいると一日は脱出できないよ(^^)』だそうだ」


 三人がお互いの目を見た。


 ◇ ◇ ◇


 はあ~と私はため息をついて、ラナに向き直っていった。


「君いくつよ? 確かにね、私たち血みどろだし、汗とか垢もすごいし、温泉内でお花を摘んだって、『誤差じゃん?』ておもっちゃうかもしれないけどさあ。だからといって、こう人が入ってるところで普通やる?」

「ちょっ、ちょと待った! 何で私がやったって決定事項なわけ?!」


 ラナが大声を出す。 


「いやだって、ねえ? あんたんところの執事から聞いたんだけど。十五歳のころまでおねしょして大変だったって」

「あのバカっ! ばらしやがった! いやおねしょとお風呂でするのはまた別でしょ! というか先手を打って疑ってくるのポーラが怪しい!」

「ふーん、まあ条件はラナとマリーで半分かもしれないけど……」

「えっ、私も疑われているのか?」

「まあ私じゃないのは私だって一番知ってるからね」

「それは私だって同じだよ!」

「うーん」


 とマリーは極めて冷静に事を分析してるようにあたりを見回した。


「そういえば、ポーラは壺ラーだという噂を聞いたことがあるが」


 私は驚いて思わず友人の顔を見た。

 心臓が飛び跳ね、嫌な汗が流れ出た。温泉を見るが、そこは既に汚れた湯……


「おい! 誰に聞いた!? 誰がばらした!?」

「ねえマリー、壺ラーって何? ポーラがすごい狼狽えてるけど」

「壺ラーとは引きこもりの魔術師によく見られる傾向で、こう、何週間も部屋にこもって魔術の研究をしているので、厠に行くのが面倒くさくて、部屋内の壺でしてしまう人種のことだ」

「……決まったわね」


 ラナが目を細めてこちらを見てきた。


「やっぱりあなたじゃないの」

「違う! 確かに私は壺ラーだけど、人のいる風呂でやることはない! それは私が一番よくわかっている!」

「確かに嘘はついてないかもしれない、だが」とマリー。「ポーラが湯に入っていた時の、あの脱力した顔……無意識のうちにしていたかもしれない」

「ありえる」

「そんな……」


 本当にそうなのだろうか。

 違う、ともう一度断言したかった。

 しかし温泉に骨抜きにされていた時の記憶はあやふやだ。

 最高の体験だったのに、記憶が尿と疑心暗鬼によって壊されてしまった。

 よっぽど哀れになるほど、私は悲壮な顔をしていたのか、ラナとマリーが微笑んで近づいてくる。


「いや、まあ今更そんなことで見限ったりはしないわよ。毎日もっと汚い目にあってるし。ちゃんと流れてる温泉だし。まあ二度と一緒にお風呂には入りたくないけど」


 ラナが肩に手を置いた。


「一日ぐらい足止めされるのは痛手だが、トラップにかかったと思えば大したものではないさ。まあ二度と一緒にお風呂には入りたくないけど」


 マリーがもう片方の肩に手を置いた。

 私は落ち込んだまま、大丈夫だからと言いつつ部屋の隅でうずくまった。

 時折二人が食事をとろうだとか、明日の方針を話し合おうとか言ってきたが、どうも答える気にもならず、ずっと壁を見つめていた。

 ああ、私たちの仲間はいい奴だ。だがこれからずっと「一緒に入っている温泉でお花を摘んだ奴」という視線を私に向けてくるだろう。

 食事をしているときでも「そういえばこいつ、温泉で花を摘んだんだよな」と思い、実際にトイレに行くと「温泉んじゃなくても大丈夫?」というジョークを口に出さないまでも頭に浮かべられるんだ……。

 つらい。そんなものは耐えられない。

 ならばいっそ解散してしまおうか。

 そんなことを考えていたらようやく一日が経過する。

 気まずそうに仲間と顔を合わせ、扉に手をかけた。


「その、なんだ」


 マリーは少し口ごもった。


「実を言うと私がしたんだ」

「はっ?」

「いえ違うの。マリーは私をかばっている。実は私がしたの」


 ラナが言ってくる。

 ああそういうことか。

 思わず、涙が頬をしたたり落ちる。

 嘘だとわかっていても、仲間のやさしさが身に染みた。

 きっと私たちは大丈夫だ。解散なんてしない。

 これからもっとつらいことがあるかもしれない。それでも私たちはやっていける。

 大切な仲間だから。


「帰ろう」


 私は大きく言った。


「ああ、帰ろう」


 マリーが頷く。


「帰りましょう。私たちの家へ」


 ラナが足を踏み出した。

 私たちは大丈夫だ。


 ◇ ◇ ◇


「ん?」


 マリーがふと扉の隅に新しい古代文字を見つける。

 彼女の顔が見る見るうちに青くなっていった。

 何が書いてあるのかと私たちは詰め寄るが、答えようとしない。

 しかし必死の説得会って、ようやく文字の翻訳を彼女は開始した。


「冒険者さんたち、こんばんわ😆💗❗❗魔王だよ(⊙ꇴ⊙)❗魔王さまの用意した温泉♨️楽しんでくれたかな💗❗❗実を言うと、文字は冒険者さんたちを、混乱させるための嫌がらせだったんだけど、あんまりギスギスしすぎるの、嫌いだから、嘘だってバラしちゃった😜魔王様やさしいでしょエッヘン٩(ˊᗜˋ*)و💗❗でもこんな簡単な罠に引っかかるなんて、魔王様はとっても心配です😨💦💦そんなんじゃやっていけないよ😠💢」


 かくして私たちは帰宅後、魔王討伐をなしとげると誓い合ったのであった。

 

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