だった

 「結婚して式を挙げる」という報告を受けたのは、秋の昼下がりのカフェだった。

 「おめでとう」

 白々しいほどの満面の笑顔で私は二人を祝福した。二人は私から恨み言の一つや二つ言われるかと思っていたのは、どこか間抜けな表情で礼を言った。

 「別れてくれないか? 」

 目の前の男から別れを告げられたのが半年前。そろそろ結婚の二文字がちらつき始めた頃だった。相手は私の親友だった女。最初は浮気のつもりだったが、本気になったらしい。そんな事情をよく知る友人たちは私の気持ちを考えてくれたのか、二人をあからさまに非難し、「絶縁」とまではいかないが距離を置いた。その結果、披露宴に出てくれる友人がほとんどいないらしい。親友だった女は人付き合いがそんなに得意な方ではなかったから、このままでは新婦の友人席に誰もいない状況に陥ってしまったらしい。だからこそ、今回恥を忍んで、わざわざ私を呼び出したらしい。

 「……ちゃんなら、きっと参加してくれるって思って」

 上目遣いの弱々しい口調でそう懇願する、親友だった女。そして、そんな彼女の願いを叶えようとこちらに哀願するような視線を向ける、彼氏だった男。

 「…………」

 私は黙って目の前のティーカップを手に取り、紅茶を口にする。半年という月日で随分と冷静になったものだ。そうでもなければ、この熱々の紅茶をこの恥知らずの愚か者たちの顔面にぶっかけてやっていることだろう。

 「……お前の気持ちは判ってるつもりだよ。でも、俺たちも今回のことで随分傷ついて――」

 彼氏だった男が黙り込んだ私の気持ちを勝手に察して、ろくでもないことを言う。自分で選択した行動で招いた結果なのだから、そのことで同情を誘うなどもってのほかだ。自業自得だ。

 「……ねぇ、お願い。あたしたち、このままじゃ――」

 女が甘えるような口調で潤んだ視線を向けてきた。ああ、面の皮が厚いってこのことだろうか。何がどうして、自分たちが裏切った女が結婚式にきっと参加してくれるとでも思うのだろうか。

 「……祝福されたいの? 」

 私がそう尋ねると、女は何を勘違いしたのか。うれしそうにうなずいた。

 「うん……だって、親友だもの」

 「判った。いいよ、参加する。ついでに、スピーチもしてあげるよ。あと、他の子にも祝電を贈るように言っておくね」

 私は物わかりのいいフリをして、結婚式の参加とスピーチを引き受けた。女と男はそんな私に深々と頭を下げたから、本当に本当にこの二人は大馬鹿だと思った。

**************************************

 二人の結婚披露宴の私は新婦の友人代表としてスピーチをした。新婦への賛辞、そして新郎への賛辞……自分でも吐き気がするほど白々しいほどの嘘だったと思う。そして、話の締めとして最後にはっきりとした口調でこう付け加えた。

 「以上は全て過去の話です。二人が私を裏切る前まで、そう思っていました」

 その発言にざわつく来場者を横目に私は一礼をして、式場を後にした。背後で新郎と新婦が関係者に問い詰められている声が、様子が伝わってくる。友人たちに黒枠でいいから祝電を贈ってくれと頼んだり、祝儀袋の中にわざわざ香典袋を仕込んだり、その中身はわざと使い古しの紙幣を入れたり……嫌がらせをして、自分の品格が相当堕ちたのはよく理解ってる。けど、そうでもしなければ、私は過去と決別できないような気がした。だからこそ、実行した。

 「……せいぜいお幸せに」

 私はそう呟いて、彼氏だった男と親友だった女の幸せを祈った。

 まぁ、トラブルあってこそ、夫婦の結束って固まるでしょうから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る