後ろにいる

瀬川

いる





 誰かがついてきている。

 仕事帰りの夜道、私は気配を感じて、顔を引きつらせた。

 この道は駅から家に帰るまでの最短ルートで、今まで何度も利用していた。

 しかし、この時間に誰かが歩いていることなんて、一度も無かったのだ。


 もしかして、ストーカー?

 私は一つの考えが頭に浮かんで、恐怖の感情を覚えた。

 自身に魅力があるとはお世辞にも言えないけど、今は街灯の明かりも頼りないぐらいに暗い。

 顔が見えなくて、ついてきた可能性もある。

 私みたいなおばさんをストーカーするなんて、私だと分かった時に逆ギレされそうだ。

 恐怖もあったが、それはそれで面倒だと、小さく息を吐く。


 そうしている間にも、後ろからの気配は未だに変わらず距離を置いて、ついてきている。

 ここで騒いだら、まだ自意識過剰のレベルなのだろうか。

 最近は冤罪にも厳しくなっているだろうし、もし今私が誰かに助けを求めたとしても、鼻で笑われて終わりそうだ。

 むしろ私の方が、名誉毀損で訴えられたりする可能性だってある。

 そんなニュースが明日流れた日には、街を歩けなくなってしまう。


 これは自分の名誉を守るためにも、慎重に判断して行動するしかない。

 色々と考えていたら恐怖も少し薄れてきて、私はさっさと家に帰ろうと気持ちを切り替える。


 まずは、後ろからついてきているように思える人が、全く関係の無いことを証明すればいいのだ。

 私はヒールで行動を少し制限されている中、歩くスピードを速めた。

 後ろの人がただの通行人であれば、これで置いていくことが出来るだろう。


 私はなんてことない風を装いながら、足を忙しなく動かす。

 こうすれば、数分もしないうちに後ろの存在は遠くなっていくと思ったのだが。


 まだ、後ろにいる。

 それも、一定の距離を保ったままだ。


 これは、やはりおかしいのかもしれない。

 私は薄れていた恐怖が、復活するのを感じた。

 後ろの人が私に興味がなかったとしたら、普通に考えて、こうはならないはずだ。

 前を歩く人が速足になれば、空気を呼んで間を開けてくれるだろう。


 それなのに同じ距離が変わらないということは、ストーカー説が濃厚になってくる。

 そうじゃなかったら、私に恨みのある人だろうか。

 よくよく考えてみても、そんな人は全く思い浮かばないので、やはりストーカーか。


 そうだとしたら、素直に家に帰るのは危険だ。

 ついてきている人に、家を教えてしまうことになる。

 これは、別の場所に行かなくては。

 私はそう考えて、家とは別の方向に進むことにした。



 そうして数分、家からは遠ざかったと思うが、見事に道に迷っていた。

 自分でも嫌になるぐらい、ここがどこだか分からない。

 景色も、どんどん木が多くなってきて、住宅地から外れてしまっている。


 とてもまずい。

 まっすぐしかない一本道、後ろにはストーカー。

 私は、勝手に追い込まれていた。


 一か八か、走って撒くしかない。

 できるかどうかなんて分からないけど、このままでは良くないことなんて、誰にでも分かる。

 覚悟を決め、聞こえないように深呼吸をすると、私は走り出す。








 目の前に誰かが立っていた。


「……は?」


 今まで誰もいなかったところに、突然現れた存在。

 後ろから消えた気配。

 それを合わせれば、自ずと答えは出る。


 目の前の存在は、私が何も言わないのをいいことに、ニタリと笑ってこちらに手を伸ばしてきた。

 手がありえない長さで伸びてきて、首にかかろうとしていたのを、ただただじっと眺めていた私は、













 その手を掴み、勢いよく背負い投げをした。


 ニタリと笑っていた存在が、驚くのを感じる。

 私はというと、物理攻撃が簡単に効いたので、今度はこちらから笑ってあげた。


「なんだ。ストーカーかと思って、怖がっちゃったじゃない。幽霊なら、遠慮する必要は無いわね」


 通じたかどうかは分からないが、逃げようとするので、手の力を強めた。

 完全に立場が逆転した今、回り道をさせられたことに、私はとても怒っているのだ。


「私を獲物にしたことを反省した方がいいかな。まあ反省したところで、もう遅いんだけど」


 苛立ちを込めて、私は大きく振りかぶった。

 ここが住宅地から外れていて、都合がいい。


 この世のものでは無い叫び声は、誰にも届くことは無かった。






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後ろにいる 瀬川 @segawa08

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