19 ミステイクに踊る
「「あれは手強いなぁ」」
自分が思っていたことと寸分違わない言葉が背後から聞こえて、泉水統吾は露骨に眉間に皺を寄せた。
「心読むんじゃねぇよ」
「あ、当たった?」
ほとんど気配をさせずに奥から現れたのは泉水にとっては見知った相手で、別段驚きはないが。今回に限って言えば、自分がとある頼み事をしたせいでもある。
「覗き見とは悪趣味だな。……と言いたいところだが。面倒をかけて悪かったな」
「別に?大した手間でもなかったし。でもあんまり役に立たなかったわね。結局返り討ちにしてたから」
「あぁ、」
昨日の時点で杏樹に手を出そうとしている者がいることは把握していた。だから泉水も手を回すつもりで水面下で情報を集めてもらっていたのだが。
そもそもあれには加護がついている。とはいえあんな形で撃退するとは思わなかった。
緋上杏樹、なかなかどうして予想の上を行く少女である。
だが今回は事なきを得たとはいえ同じようなことが起こっても困る。そう思って早々に余計な芽は摘んでおいた。
あとはあの、神の愛も神獣の加護も受けている少女に、どうやって心を開かせるかだが。
「「ま、精々根気よく攻めるか」?」
「だから心を読むな」
「いや、珍しくわかりやすい顔してるから。相当あの子のこと気に入ってるわね」
「……そうだな」
実際のところ気に入っているのかどうかは何とも言えないが、攻略しがいはありそうだ。
(気ィ抜いたら手痛いカウンターくらいそうな気もするがな)
○
杏樹と玲於菜が教室を出ていくのを見ていた目が何対かある。
実は今日の朝、生徒の多くが登校してくる時間帯を狙って数学教師が女子生徒を呼び止めていた。
『あ~、お前らちょっといいか?
悪いね、呼び止めて。
早速だが、昨日お前らが緋上にしたことだが。
あぁ、調べはついてるからとぼけても無駄だ。
女子同士のルールに口を挟みたくはないが、あまり目に余るようならこっちも考えなきゃならん。……わかるな?』
あの凶悪美しい顔面の数学教師に釘を刺されるのは、さすがに冷や汗ものだ。
今回は杏樹本人が自力で事なきを得たため不問とし、見逃すとも取れる言い方だった。
「確かに、品のないやり方だったのは明らかだものねぇ」
「調子に乗って馬鹿なことしちゃったな~」
杏樹を陥れようとした実行犯である口ぼくろと縦ロールは、今朝のやり取りを思い出してそれぞれ反省の言葉を吐く。
「ユリがちゃんと注意してくれてたのにねぇ」
「やっぱあたし達は所詮付け焼き刃だもんね~。加減がわからなくてすぐやりすぎちゃう。やっぱ本物のお嬢様みたくはできないや~」
うんうん、と自分達で勝手に納得しながら話を続ける彼女らの親元は確かに一代で財を築いたブルジョワである。
「別に私も言うほどお嬢様というわけではありませんのよ?」
「いやいや、それは謙遜でしょ~」
口を挟むと、縦ロールにすかさず返される。
百合の家、土浦家は確かに旧家だが……
(そんなの、何の意味もないことよ)
その肩書きがあったところで、自分が本当に欲しいものを得ることができないのなら。
それに彼女達を諌めるようなことを言いはしたが、あれは実際には事を起こせと誘導したに過ぎない。そうとわからないように、あくまで彼女達が主体になっての計画、自分は無関係を装って。
結局は失敗に終わったわけだけれど。
(しかもそれだけではなくて、)
『……わかるな?』と最後に念を押すように言った時、凶悪美しい顔面が自分にも視線を向けていたことには気づいている。つまり自分が無関係ではないと知られているのだ。
百合としても、あの数学教師に睨まれるのは穏やかでない。
教師に釘を刺された以上、冷静になった彼女達ももう馬鹿な気は起こさないだろう。
(となると、)
そもそも他人の手を使ったのが間違いだったのかもしれない。結局こういうことは自分で動かないと欲しい成果は得られないということか。
とはいえしっかり釘を刺された直後ではうかつに動けないが。
きゅっと唇を噛んだ百合は教室の窓から外を見た。声が聞こえて視線を下げると無駄に広い中庭に備えられているテラスで向き合うふたりの少女。
会話の内容まではわからないまでも、玲於菜が杏樹の顔を覗き込むようにして話している様子が見えた。あれは同性にしろ異性にしろ親密な関係でなければあり得ない距離感だ。
いつの間にじゃれ合うほど距離を縮めたのか。玲於菜が懐いているのは明らかだったが、それを軽くあしらっているようにしか見えなかった杏樹が受け入れたように見える。
玲於菜は百合が黒幕だと気づいているから、これまで以上に堂々と杏樹にくっついて回るだろう。
(番犬気取りかしらね)
眼鏡のレンズ越しにふたりを見下ろす冷ややかさな眼差しに、気づく者はいない。
○
「えっ、うそうそ!そうなの?」
「ホント。今は隠してるからわかりにくいと思うけど」
「うーん、確かに。ちょっとわかんないかも」
「ね。隠してるわたしが言うのもアレだけどさ。別に気にしなくていいんじゃないの。綺麗じゃない、あなた」
「そ……かな、ありがと」
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