4 体育祭・自主閉会

 たすきたすきと呪文のように繰り返しながら走り回っていた少女は、校舎からもグラウンドからも離れた体育館近くにまで来てしまった。


(タスキどこ~?あれなくしたらペナルティーだよ……)


 既に涙目である。きょろきょろしながら細長い布っ切れを探す。


「って、あったぁ!」

「ひとりで何騒いでんの、うるさいよ」


 体育館横に植林されている喬木に引っかかった目的のものを大げさに指差しながら叫んだら、まさかの応答があって仰天した。

 誰もいないと思ってひとり芝居がかった動作で騒いでいたのに見られていたとは恥ずかしい。


「は……あれ、緋上さん?」


 建物の陰に座り込んでいたのは、今いろんな意味で学院中の有名人であるクラスメイトだった。


   ○


 日除けもあるし涼しいし、このまま昼寝でもしてようかなと杏樹が半ば本気で横になろうとしていた頃。たすきたすきと謎な叫び声が聞こえてきた。

 首を傾げる杏樹がそのまま見ていたら、走ってきた少女がひとりでなんかやってたのでとりあえず突っ込みはしたのだが。


(この子、同じクラスの子だ。なんて名前だっけ、確かちょっと派手な名で……)


 明るい色の髪を揺らして振り返った少女のほうが、杏樹の名前を呼んだ。


「は……あれ、緋上さん?」

「ミナミさん……合ってる?」

「合ってるよ!美並みなみ玲於菜れおな!」

「あ、それそれ」


 名前と容姿、あと若干トロいタイプの子だということで覚えていた。目立つタイプというより目立つ容姿だ。

 どう見ても純日本人にはあり得ない金色の髪の持ち主だからだ。だが顔の造りは端正だがそこまで彫りが深いこともない。


「緋上さんこんなとこで何してたの?」

「普通に休憩。顔洗いに来てそのまま……そっちこそ、ひとりで騒いでなかった?」

「ぁあ!そうだった。タスキが引っかかっちゃったの。あそこ!」

「んん?」


 あれあれと指差す先は植樹の枝。確かに細長い布切れがひらひらしている。

 星聚学院は財のある学校なので、細々した備品にもそれなりのコストがかかっている。このタスキも一本一本に細かい刺繍がしてあって無駄に手が込んでいた。

 とは言っても、それが一本と言わずダース単位でなくなったところで学院の痛手になることはないだろう。

 だが物を大切にできない者は紳士淑女たりえない、という考え方により学校の備品をなくしたり壊したりしたらクラス単位の減点になるそうだ。

 よりによってというようなことをやらかす美並玲於菜という少女が、トロい上に運にも見放されていることがよくわかる。

 黙って座ってれば精巧なお人形さん。口を開けば残念な子。


(でもねぇ、せっかく体育祭のクラス成績がいい感じなのに、これで減点とかされたら水差すことになるし……ん、)


 杏樹が一瞬思案に耽ったタイミングで、足元から吹き上げるように空気が動いた。そして巻き起こった風により、枝に引っかかっていたタスキがふわりと落ちてくる。


「えっ、うそ!取れた?」

「あ、うん。はい」


 手元に落ちたタスキを玲於菜に差し出した後、風の流れを視線で追いかけて見送りゆっくりと瞬く。


「よかった~!ねぇ、今のもしかして風の加護のおかげ?」

「さぁ?どうでしょう」


 ここは星聚学院、エスタ教徒が集まる場所だ。だから今の一連の出来事を見ていればわかる人にはわかることではある。

 が、さっきに続いてその表現を聞くのが本日二度めだった杏樹は対応するのが若干ウザかった。

 というわけで適当に答えてその場を去ることにする。


「緋上さんどこに?お昼休みだけど休憩しないの?」

「わたしこの後も出番ないし、休憩と言えばむしろずっと休憩よ」

「あ、そっか1.5出たんだもんね……お、お疲れさま!」

「ん、」


 納得しているのを無視してスタスタ歩いていたら背後から声を投げかけられたが、杏樹は振り返ることなくひらりと手を振った。

 こうして、杏樹の自主閉会とともに今季の体育祭は幕を閉じた。

 ちなみに杏樹達のクラス成績は三位。優勝とはいかなかったが、一年生でこの成績は近年稀に見る快挙だった。

 いくら大半が中学からの持ち上がりだとは言えチームワークでも、当然体力でも上級生に劣る一年生がこれほどの好成績を修められたのは単なるラッキーではない。まだ高校の体育祭の勝手がわかっていない一年生にはあり得ない見事な戦略だったわけだが、そのことに気づいている者はあまりいない。

 


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