光は遠く、闇は此処に

@teromea

第1話 されど残酷なこの世界

都会の郊外に住む一家に秘事があった。

外から見れば、幸せで円満な家族。

しかし、一人息子の服の下には夥しい程の痣や切り傷。



切っ掛けは、本当に些細な事だった。

ピアノの練習中、間違って音を外してしまった彼を母親は軽い、そう、本当に軽い気持ちで頭を叩いた。

育児の疲れか、近所付き合いか、仕事のせいなのか

様々な要因もあったのかも知れないが、それは誰も、本人にもわからない。

わからない、が、当時5歳の息子に『手を挙げる』事に快楽を覚えてしまった。


それからは事あるごとに、段々とエスカレートしながら始まる虐待。

共働きの両親はお互いが居ない時、一人息子に虐待を繰り返した。


父親は最初に息子の虐待に気がついた時、笑った。

『なんだ、ストレス溜まって居たのは俺だけじゃないのか』と。


それに気持ちの悪い事に、それまでは普通に泣いて居た子供が泣かなくなった。

まるで気を使う様に、自分が悪いからと言う様に。

それがさらに器の小さい両親の癇癪に触った。触ってしまった。


「俺達が苦労して育ててやってるのにコイツがタダ飯食うのは間違っている」

等と、自分達に言い訳をしながら。


それは一人息子、、、立花 神居が11才まで続いた。



その日は、なんて事の無い日だった。



いつもの様に学校に行って、『身体』を見られ無い様に体育の授業等を休みながら、誰とも喋らず、帰る。

ずっと繰り返している機械化された様な日々の一日。


自分が何かしてしまうと、両親が困るから


彼は自分の境遇を理解していた。


幼少期から虐待を受けて居た事が起因するが、休み時間は図書室に篭るか、人が居なければ音楽室でピアノを弾いたりし、他者を避ける性格になっていた。

そんな中、図書室で読んだ本の中で、自分の境遇と似ている物語を見つけ、休み時間の度に集中して読んだ。


なんて事の無い、虐待された主人公が、最後は親と和解し、幸せな人生を送る物語り。


幼い彼は思った。


今、僕は両親に迷惑をかけているんだ、と。



善良な人が彼を見つけられれば、それは違うと救い出せたかも知れない。

けれど、現実は違い誰も彼には気が付かない。

彼は隠す事がとても上手だったから。


本で読んだ知識や、自分で考えた手段で、彼は周りから人見知りで他人嫌いな少年を上手く演じていた。

幸な事に学校でいじめに遭う事が無かったのは幸運だったであろうが、単に皆、近寄り難かったのかも知れない。

見た目よりずっと成熟した精神を持っていた為、何処か距離をとりたくなる少年だった。



学校を終え帰宅した神居


玄関を開けると、暗闇に包まれている。


共働きの両親がまだ帰って来てないのだろうと、自分の部屋へ向かった。


ピアノが一台置いてある部屋。



ピアノしか無い部屋。


それが神居に与えられた部屋だった。


所々、傷のあるピアノは何処か自分と似ていると思いつつ、椅子を引き、ピアノを弾き始める。



両親が居ないこの時間が神居は好きだった。

何も気にせずにピアノを弾けるこの時期は彼に許された数少ない娯楽。


幼少期より続け、一音でも外すと暴力を振られてしまう為、彼のピアノの腕は驚異的に上達している。


その事を両親は知らない。

何故なら、聞く前に彼が気を失うまで、虐待してしまうから。


そっと、優しい音色が響く


今日は月光を弾こうとずっと決めていた神居。


ゆっくりと、伸びやかに森を形成する音階。

第二小節から段々と悲しくも、、、!!



バン!と神居の部屋のドアが開かれる。



神居は慌てて演奏を止め、ドアへと振り向き、そして自分に落胆する。


今日は居る日だったのだ。


週の大半は帰って来ない両親。


そとで虐待を見つかると面倒だからと、カップ麺等を置いておき、それを神居は食べて居る。


そして、偶に、そう。本当に偶に両親は居る。


今日は二人だった。


「うるせえんだよ、せっかく寝てたのによぉ」

外では事務員をしている父親は、手に持って居たテレビのリモコンを投げつける。


「!」


コメカミに当たった。

頭の側面に強い衝撃と痛み、そして硬直する身体。


ずっとしてきた神居の癖とも言える反応。


目を閉じ、脱力する。


神居が一番最初に母親に叩かれてからしている行動。


恐怖心から、声も出せず、ただ嵐が過ぎ去るのを待つ

それしか、神居はこの嵐が終わる術をしない。


「おらぁ!なに血ぃ流してんだコラァ!」


成人の男が、11才の少年に蹴りを腹に入れる。


「うぐぅ」


思わず、声が出てしまう。


「あら、今日は声出るじゃない」


母親は嬉しそうにしながら何かを神居へ投げつける。


「っ!!」


熱い重たい何かが、腕に当たり、ジュッと焦げる様な臭いがした。


それからも、父親は蹴る事を止めず

母親は何かを持ち出しては神居に投げつける



5才から始まり、エスカレートし、8才の頃には今と変わらない程の暴力


着実に蓄積された痛みと疲労。


自然に身についていた演技力で、彼が隠せていたその衰弱した身体は、限界を迎えようとしていた。



(あれ?痛くなくなってきた。それと、、なんだか寒い、、、)


9月で残暑も厳しい中、寒い訳が無いが神居が知る由も無い。



耳の遠くで聞こえる罵声と、身体を揺さぶる暴力。



段々と神居の意識は暗闇に閉ざされて行った。

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