天国へのあゆみ

耀

天国へのあゆみ

 「天国のあゆみ? 」

 「そうです、あなた今死のうと考えているでしょ? 」

 「そうですが」

 「そんなあなたのおともにと思いまして、こちらを」

 ある春の日、夜の公園でのこと。

 首を吊るロープを取り出して、木につりさげようとしていると突然話しかけられた。

 そして、先ほどの言葉を言ってきたのだった。

 話しかけてきたのは男で、黒っぽい服を着ていてこの闇の中に溶けてしまいそうだった。

 「こちらをって、言われても突然なんですか? 」

 俺は警戒を解かず、男に尋ねた。もしかしたら夜回り何とかみたいな人で俺が死ぬのを邪魔しようとしているのかもしれない。そんな人が何をしてくれるというのか、俺はもうあきらめていた。

 「そんな警戒なさらなくても」

 「いや、何ですか? 」

 男は天国のあゆみを見つめながら言う。

 「ですから、今死のうと思っているあなた、原因は学校でのいじめですか? ほう、ずいぶんひどいことをされていますね」

 「何で知っているんだよ」

 「それはこのあゆみに書いていますから」

 「それ何だよ」

 「ですから、あゆみです、まあ成績表ですね天国への、ほら書いてあるでしょここに」

 男は手に持っている紙の表紙を見せてきた。確かに「天国へのあゆみ」と書いてある。

 「これで何? 人を裁いている閻魔様だとでもお前は言うのか」

 「閻魔様だなんて恐れ多い、私は一介の天使ですよ」

 最初に聞いていたら頭がおかしい人に絡まれたとしか思えないこのセリフも不思議と納得できた。

 「その天使が何? 死ぬなとでも言いに来たのか? 」

 「いえいえ、人はいつか死ぬものですから。 でも死ぬ前に一つだけ協力してほしいことがあるんですよ」

 「協力?」

 「はい、いじめられるきっかけがクラスメイトへのいじめに加担しなかったからというよくあ、いえ、心優しい理由を持つあなた様にこそやっていただきたいことです」

 「お前、今よくあるって言いかけただろ? 」

 「細かいことは気になさらず、で、協力してくれますか? 」

 「内容も聞かすにはい、とは言えねえよ」

 と言いつつも最近の毎日は変化もなくしんどいことばかりであったので新たな刺激を求めるためにも俺はやってみたい気持ちに駆られていた。

 「そうですよね、内容はこの天国へのあゆみを使って天国に行く人間を選別してほしいのです」

 「選別? 」

 「そうです、あなたの周り、いやこの世界にはその優しさからつらい思いをしている人もたくさんいます。その人を見つけ出してここに記録してほしいのです」

 「お前がやればいいんじゃないの? 」

 「私はこの世界に長くおれませんので」

 「俺にそのために生きろと」

 「生きろとは言いません、この選別する人間の中にはあなたも入っているので、今すぐ天国へ行くこともできます。 ですがその前に人助けをしてみませんか? 」

 「クラスメートを助けていじめにあっている俺にはとんだ提案だな」

 「酷かもしれません、ですがこれは証拠は残りませんし、あなたの他には我々しか見ることができません」

 「少し都合がいい気もするが、いきなり天国にも送ることができるのか? 」

 「もちろん送った後こちらでも審査はありますがお望みとあらば、ほらここ」

 男が見せてきた天国へのあゆみには分かりやすく、送迎と書かれていた。いやそのまんま。

 「送った後この世界にいた人間は死ぬことになるのか? 」

 「はい、ただ審査に通らなければすぐに生き返りますが」

 「じゃあやってみるわ」

 「ありがとうございます、他に質問などは? 」

 「今はないかな。 後からできるの? 」

 「残念ながら私も頻繁にはこちらにはこれませんので会うことはできないかもしれません。もう一度聞きます。質問はありますか? 」

 「うーんじゃあいいわ、ありがとう」

 「そうですか、ではこれ」

 俺は天国へのあゆみを受け取ると、男は闇の中に溶けていった。


 その日から俺の人生は変わった。

 天国へのあゆみを対象生徒に向けると、その人物のこれまでや今の心境が映し出される。

 そして評価欄に様々な項目があり、手でなぞれば書き込めるようになっている。

 最初の方はたまに見て評価するくらいだったが、だんだんとそれは習慣化してきた。

 そしてついにその時は来た。その人は電車のホームで今まさに飛び込もうとしていた。俺はとっさに送迎にチェックを入れた。そうすると男は突然苦しみだして、その場で倒れこんだ。

 生き返ることもなくそのまま救急隊が来て運ばれていったのであの男は天国へと行ったのだろう。自分のせいで人が死んだと思うとすごい吐き気に襲われたが、どうせ死んでいたのだからと無理やり自分を納得させる。

 次に送迎を押したのは、女性だった。だがその女性は特に様子も変わることもなかった。まだ生きろということか。神様も酷なことをするなとあゆみを見ながら俺は思った。

 

 送迎できないことが何人か続いて俺は気が楽になった。もし間違えても神様がちゃんと戻してくれる。そう思ったからだった。

 次の標的は、学校でいじめを主導していた奴だった。そいつは死んだ。こんなやつでも天国に行けるんだと思うと少し残念に感じたが、これでいじめも少しはなくなるだろうと思うと良かったのかもしれない。

 クラスの中心的な奴がなくなって、少しは静かになったこのクラスだったがそれも学年が上がるころには何もなかったかのようになっていた。

 俺はそのころには完全に箍が外れていて、あまり見ずに送迎を押している。

 そんな日々が何年か続いて俺もそろそろこれに飽きてきた。

 俺は自分に向けて送迎を押す。

 あっという間に視界が暗くなり、声だけが聞こえる。

 「やっと来たか」

 これが審査か、何を聞かれるのだろうか。

 「お前は、たくさんの人間をこちらに送ってくれたそうだな」

 「そうです、天使に頼まれて」

 「そうか、でも送り過ぎだ。わしの仕事が大変だったぞ」

 そうかこの声は閻魔様か。俺は直感的にそう理解した。

 「すいません、でも私も仕事をしただけですから」

 「お前はここ何年もろくに見ずに送ってきただけではないか、まったくあいつも渡す人間はもっと選べよな」

 「あいつ? 」

 「お前にあゆみを渡した天使のことだ」

 「あの人、本当に天使だったんですね」

 「そうだ、いやそんなことよりお前の審査結果を言い渡す」

 「はい」

 「地獄行きだ」

 「何故ですか? 俺はただ天使の言うことに従って選別をしていただけですよ」

 「ろくに見ずにか? 」

 「そ、それは、でも審査がその後にあるんでしょ? 」

 「そう先ほども言ったがその審査は私の仕事だ。人のことを考えず自分のことだけに夢中になる人間を天国へと送るわけにはいかんな」

 そして俺は地獄行きになった。そこには俺が選抜したたくさんの人間がいた。

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天国へのあゆみ 耀 @you-kagami

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